The Devil of Spring

城華兄 京矢

全1話 浸食せし悪魔

それは、学年末が迫る三月上旬の事だった。

俺達は、高校一年という青春の一ページの一幕を終えようとしているのだ。


その日は春の陽気も際立ち、未練がましく羽織っていたコートも少々邪魔になりつつある。


オレは、学び舎と続くなだらかな坂道を親友の昌樹と何時ものように歩いていた。

だが、その日正直オレはどうも、朝から身体に違和感を感じていたのだ。


何の変哲も無い日常。

それが唐突に終わる時が来る。

そんな映画のような瞬間が、まさかオレにも訪れようとは思いもしなかった。


目が疼く。


なんだこれは……。この疼きは……。

 オレは違和感を感じる視界に目を抑え、そして次の瞬間、制御出来ない体液が、オレの顔面から溢れ出すのだ。

 そして、オレは噎せ返る。明らかにオレは何かに侵されている。

 

 「ふふ……ふは……フハハハハハ!」

 その時、並んでいた親友が急に、芝居がかった大げさな笑いを、宙に向かってぶちまけるのである。

 「昌樹?」

オレはその壊れた笑いに戦きながら、空を見上げて笑っている昌樹を見上げる。

彼はマスクをしたまま唯々笑う。

「待っていた。待っていたんだこの時を!」

腹の底から邪悪さを感じるその声は、本当に温厚な昌樹なのかと思えるほどの、低く作り込まれたその声に、オレは彼がまるで別人かのように思えた。


「琢己……、明日朝、我が根城へ来い。待っているぞ、フフ……ハハ!ハハハハハ!」


昌樹は、違和感に襲われながらその場で蹲るオレを置いて、背中を向け歩き始めるのだった。




翌日――――――。



「よく来たな……具合はどうだ?」

彼は、かれの根城の前で、というよりか自宅の前で、腕組みをして俺を待ちわびていた。

「最悪だ……」

オレの状態は昨日から何も変わってはいなかった。

「では入れ……、特別だぞ?我がマッドドクターが、お前に儀式を施す……」


昌樹は、踵を翻し、颯爽と扉の向こうへとおレオを導くのだ。


屋内へ導かれたオレは、まるで被検体のように椅子に座らされ、眩しいライトに照らされる。


「止めろ!何をする!」

ドクターは、鈍く尖った切っ先で幾度もオレの腕を引っ掻くのだ。


「案ずるな。貴様の適性を見極めているのだ」


暫くすると、引っ掻かれた俺の腕のいくつかは、薄らと赤く腫れ上がり始める。

「こ……これは!?」


 「どうやら、君も息子と同じ悪魔に侵されているようだ。長く辛い……戦いの日々が始まるのだ」

 

 ドクターはニヤリと不気味に笑い。オレをネットリと見やってくる。

 

 「悪……魔……」

 オレの額から、タラリと一粒の汗が流れ落ちるのである。

 

 「まぁ方法はある……赤き光によってその肉を焼ききるか、奴らから抽出した液体を、身体に流し込むか……」

 ドクターにはなにかプランがあるようだ。その悪魔に対抗するための手段。

 

 だがオレは愕然とする。

 まさか自分かこんな運命に巻き込まれるとは……。

 もう戻れないのか?なんの制約も無く自由に日の光を浴びて歩いたあの日々に……。

 

 オレはそのあと、絶望の中、様々な器具にでいじり回され、最後に特殊な薬品を吸わされることになる。

 

 そして、ドクターから解放された俺は、全てはこれから始まるのだと言い聞かせながら、ドクターの部屋を後にするのだ。

 

 そして、扉の外で待っていた昌樹が言うのだ。

 「本当なら今日は、休診だったけど、特別なんだからな?」

 「チクショウ……、マジかよ……ヘックシン!」

 

 そう。オレはついに掛かってしまったのだ。

 

 春の悪魔……。

 

 その名は――――――――――――花粉症。

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