第9話 決断と後悔

風間が蓮たちと過ごして数年の時が過ぎたある頃、世論は連邦国との開戦を巡って二つの思想で分断されていた。中でも政府は、大陸国との戦争における講和条約をめぐる問題で連邦国への怒りが膨れ上がり、開戦の方向で動いており、非戦論者を取り締まる強硬策を踏んでいた。


 「蒼熾! ここら辺一帯はもう平気そうだ! 次の場所へ!」

 「そうだな信! 行こう!」


開戦論者の強硬的な取り締まりの手は、蓮や風間たちが暮らす街にも伸びて来ていた。風間と蒼熾の2人は街の守護者として住人たちの絶大な信頼をされており、それに応えるべく懸命に戦っていた。


 「なぁ蒼熾。別行動をとろう!」

 「いや危険だ!」

 「分かってるだけど! 俺らが別々に動いた方が!」

 「…。分かった! 気を付けろ!」


2人は分かれ、別の場所へ向かう。

風間が向かった先には、大勢の住人が負傷し倒れている。そしてその真ん中には、倫道が手負いの住人の胸倉を掴み立ち尽くしている。


 「この街の奴らは一人ひとりが強いって聞いたのに…虫けらは虫けらか」

 「あ? 何ていった?」

 「虫けらって言ったんだよ」

 「お前…もう一回言ってみろ!」

 「何? お前ましな虫けらかなのかよ?」


倫道は風間の敵意を感じながらも、それを気にすることも無く神経を逆撫でするようなことを言い放つ。風間は、倫道の挑発で冷静でいられるほど、大人では無かった。

風間は倫道に向かって切り掛かる。しかし、倫道は住人を風間に向け投げ飛ばすことで、それを防ぐ。するとすぐさま風間に接近する。その動きはまるで忍者の様であった。


 「何だその動き!」


見たことのない動きに困惑する風間だが、その動きに見事反応することができた。


 「意外とこいつ…素質があるな」


見事な身のこなしに関心の表情を浮かべる。

だが、風間の倫道の動きへの適応も長くは持たなかった。懸命に剣を振るうも、身軽な動きについていくことすら敵わない。いとも簡単に刀を弾かれその場に崩れる。


 「何でだよ! 何で勝てない!」

 「お前がまだまだ弱いからだ」

 「クソ! こんなところで…」

 「だがお前には素質が感じられる。なぁ、取引といこう」

 「取引…?」

 「徴兵令に従え。そうすれば、この街から撤退してやる」


風間は即断ができなかった。もちろん、徴兵令に従いたい訳では無かったが、目の前にいる住人たちの姿を見るとどうしても、直ぐに断ることができなかった。


 「悪い話では無いだろ? 俺だって人を傷つけたい訳じゃない」


風間が決断を決めかねていたその時だった。


 「風間!」


蓮の声が後ろから聞こえた。蓮は風間を飛び越え倫道に飛び蹴りを喰らわせる。


 「蓮…!」

 「平気か風間? まだ動けるか?」

 「あぁ…。平気だよ」


蓮の掛け声に、痛みに堪えながらも、ゆっくりと立ち上がる。


 「こいつが…この街の守護神…流石の気迫。確かに兄さんが恐れるだけのことはあるな…」

 「お前はこの街の大勢の家族を傷つけた。償ってもらうぞ?」


蓮、風間は同時に攻撃を仕掛ける。倫道は先程と変わらぬ身軽な動きで、それを受けきり、反撃を行う。風間は着いていくことは叶わないが、それを蓮が上手くカバーして戦っている。


 「手負いを庇いながらでもこれか…。これじゃ分が悪いな。引き上げるとしよう。そこのお前! 再侵攻されたくなかったら分かるな」


そう言い残し、部隊を引き連れその街を後にする警察部隊。蓮は逃がすまいと追おうとするが、酷い咳払いによってその場から動くことができない。風間は蓮に駆け寄り身体を支える。


 「蓮! 大丈夫か!」

 「平気だ…。」


心配させまいと、口元を覆っていた手を隠そうとするが、風間はその異変に気付き強引にその手を見る。するとそこには血が付着していたのだ。


 「まさか…お前結核なのか?!」


結核は、結核菌という細菌によって引き起こされる慢性の感染症で、症状には長期間の咳や咳の際に血が混じるなどがあり、当時致死率が高く不治の病と言われていた。蓮が親に捨てられた理由はそこにあったのだ。


 「誰にも言うな。心配をかけたくはない」

 「だけど…」


蓮は一人で歩き出し、風間はその姿を見てながら倫道の言葉を思い返した。蓮にこれ以上の無理をさせる訳にはいかない。自分が徴兵令に従えば、蓮やこの街の住人が警察の脅威に怯える必要がなくなるというのであれば、従うべきなのでは無いか。そして、風間は軍に入隊する決意をしたのだ。しかし、その事情を朝顔は知らない。



 「貴方が私たちを裏切って! 挙句蓮を殺して! 私は…私は!」

 「俺だって殺したくて蓮を殺したんじゃない! あれは、仕方なかったんだ」

 「仕方なかったって何! 蓮は貴方を何度も助けてたじゃない!」

 「そんなことわかってる!」

 「いくら上司が怖いからって! 何で蓮を殺せるのよ! 貴方はただ自分がかわいいだけ。蓮のことも自分の保身のための尊い犠牲って…貴方の行動はそうとしか思えない!」

 「うるさいうるさい! 何が分かる! あぁ気分悪い! 帰る!」


朝顔はずっと風間に、どうして軍に入隊したのか、どうして蓮を殺したのか、そのことをどう思っているか、聞きたかったことが山の様にあった。それにも関わらずやり場のなかった想いが、伝えたい言葉を心の奥底にある潜めてしまい、ただ、撤退する風間の姿を見送る事しか出来なかった。


 「信! まって!」

 「そんな状態じゃ無理だ。またの機会にしよう」

 「でも…」

 「平気だ。なんとかなる」

 「うん。そうだね」


そして、万年青は朝顔に肩を貸し、その場から離れた。

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