第4話 リズ師匠

 まずもって前世で神様だったことは口外していない。


 平穏に暮らしたいからってのもあるけど、


「オレって前世で神様だったんだ♪」


 ってヤツいたらどうする?


 そんな豪の者、オレなら天界出版の劇画マンガみたい顔してスルーだね。


 そもそもオレの下界転生って罰なわけだから、お上の意を酌んでちゃんとこっちでバカンスしないと。


 人生に苦労して立派になって神様として一皮むけちゃったら楽しくないじゃない。

 だからオレはただただ怠惰に人間界で過ごしたいの。


 十二歳までは色んな女の子から甘やかされて育ち、


 結婚までは上級貴族をかさに着て色んな女の子を味わって過ごし、


 結婚してからも上級貴族をかさに着て色んな女の子を味わって過ごし、


 隠居してからだって上級貴族をかさに着て色んな女の子を味わって過ごし、


 死ぬときは静かに色んな女の子に看取られるの。


 そんで天界に戻ったら言ってやるんだ。


 苦労したよ。ハーレム作るのも楽じゃないねって。


 完璧なオレの人生計画。死後のことまで思い描いてるやつなんてそういないでしょ。


 なのに、ガチめの家庭教師ってどう?


 初期の段階で、計画は早くも破綻の危機に陥っている。


 父上。


 いままでほったらかしだったのに、急に教育に目覚めるなんて……。


 なんかの本に影響でもされたのかな? 放任主義の父上って素敵だったのに。




「ふむ。体はなかなか頑丈だな」


 と、青い目で無感情にこちらを見つめるリズ師匠。


 そして丈夫さを褒められる程度には痛めつけられてるオレ。


 君は元神さまをいたぶってる自覚はあるかい? リアルバチ当たりだよ、チクショウ。


 父上に家庭教師を付けられて、早一か月。


 特にやっかいなのが剣の先生であるリズ師匠。


 この軍服女に、オレはまるでストレス解消に作られた打ち込み人形の如く、徹底的にブチのめされていた。ほぼ日課だよ。


「あの~、リズ師匠……。いまさらだけど質問いい?」


 中庭の芝生にはいつくばりながら、オレは悠然と風に髪を揺らすリズ師匠を見上げる。


「オレさ、思うんだよ。こういう剣とか武術の練習ってさあ、まずは型なんかの基本動作から身に付けていくのが上達への近道じゃないかなあって」


「なるほど。理には敵うかもな」


 リズ師匠は表情を変えない。


「なのにオレ、リズ師匠とは乱取りしかしてないよね? 一か月ずっと」


「かもしれん」


「なんで記憶がおぼろげなんだろ」


「お前に興味がないからな」


「ウソでしょ」


 女の子に興味ないと言われちゃったよ、なんてこった。


 ゾクゾクしちゃって新しい扉が開きそう。


「まあいい。このさい話しておこう。よく聞け」


 リズ師匠は冷たい目でオレを見下す。


「まず最初にホープバーン卿が仰ったように、時間がない。わたしは二か月後に結婚が決まっている。それまでにはお前を一端に仕上げておかねば、師を引き受けてしまった我が沽券に関わる」


「結婚ってマジで? 被害者は誰?」


「第二に」


 リズ師匠は足で器用にオレを蹴り上げ、無理やりに体を起こした。


 なんというか、人体を知り尽くしてるって感じ。合理的だけともちろん痛い。


「わたしは軽薄な輩が嫌いだ。軟弱な輩も。地位に胡坐をかいて惰性で生きる輩も。すぐに逃げようとする輩も好かんな。お前はいくつ当てはまる」


「リズ師匠に嫌われてるって意味じゃ、どれも当てはまらないと思うんだけどなあ」


「全部だ」


 木剣の殴打音が響き渡り、オレは中庭の中央まで吹き飛ばされた。


 距離的には新記録。草が口に入って気持ち悪い。


「ま、体が丈夫なやつは嫌いではないかな。唯一の取り柄だ。大事にしろ」


 フンと鼻を鳴らす音と共に去っていくリズ師匠。今日はここまでらしい。


 ああ、これ、マジで新しい扉開いちゃったらリズ師匠のせいだよ。


 責任とってくれるかな。結婚したあとでもいいからさ。

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師匠ならオレの隣で寝てるけど? 美波あおい @aoiminami787

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