第3話 下界転生
そんなやり取りが十二年前。
あのあと下界に生まれ落ちたわけだけど、誕生の瞬間は忘れられないね。
やっちまった、逃げりゃよかったって。
体にかかる重力やら命の限界を感じる鼓動、思うように動かない体やらで、トラベル気分で来るとこじゃないって痛感したんだ。
ま、それでも悪いことばっかじゃない。
パパりんやママりんや兄や姉がみんな温かく見守ってさ。
オレもちょっと嬉しくなってしまって、
「とりあえずビール!」
って言いたかったけど、まだ上手く喋れないの。
仕方なくオギャーオギャー泣いたら全員が喜んだ。赤ん坊が泣いて喜ぶとか鬼畜かって。
幸いにもティーダちゃんは願いを聞き遂げてくれていて、家はけっこう大きな国の上級貴族、ホープバーン家。それも五男ときた。
長男なんか英才教育で自由がないけど、オレくらいになると気楽なもんだ。
おいと呼べばメイドさんたちが集まってくる勝ち組ライフ。
人間との『お楽しみ』は成人するまでご法度らしくて未経験だけど、この国の成人は十二歳。覚えることも多い身としちゃ一瞬でしょ。
――と、思っていたのに。
※
壁を覆う本棚に足が沈む絨毯。
呼び出しを受けた父上の書斎である。
こういうのってさ、天界にいたときも経験あるよ。
ロクでもないこと言われるフラグよね。知ってる。
早く戻って、メイドさんにメシでも食わせてもらいたいなあ。
そう思いながら書斎に入ったら、
「今日はね、キュリに話があってね」
と、温厚そうな父上。ペンを置きオレを見つめる。
そのツラの裏でどんな悪だくみをしているのやら。
「えっとねえ。確かお前も来月で成人の儀だろう?」
「そうでしたっけ」
「なのにスキルの加護もまだ生まれていないからねえ。ワタシもねえ、ちょっとこのままではいかんと思い始めたんだよ。仮にもホープバーン家の一員だ」
「家族の間にお気遣いは無用ですよ、お父上」
「そうもいかん。妙に大人びておるが、剣も魔法もからっきしでは貴族の名折れだろ。いずれ婿に出すつもりだが、それじゃあねえ」
初めて聞いた。いつまでも無職でのんびりしていたいのに。
「だからそろそろ家庭教師でもと思ってね。探していたんだよ」
「ワタクシめにもったいないご配慮でございます。謹んで遠慮いたします」
一礼して書斎から出ようとしたけど、
「待ちなさい」
と、すんなりいかない。生きにくい世の中だよ。
「実はもう先生が来られている。お会いして」
「えー」
と、抗議を口にする間もなく、父上は手元の鈴を鳴らした。
それを合図にメイドに先導される形で、少女二人が書斎へ姿を見せた。
一人が薄い金色の髪に凛々しい顔立ち。軍服を着た少女。
もう一人が魔導士の黒いローブを着た優しい表情の少女だ。
「えっと、父上。この二人が……」
「どちらも名のある冒険者だよ」
父上はちょいちょいと女の子を手招き。
二人は表情を変えないまま父上の隣に立つと、姿勢よくオレを見据えた。
「紹介しよう。軍服の剣士がリズ・ワイン殿。魔法使いがミアナ・ドラクロス殿だ」
父上の紹介に、リズは小さく会釈し、ミアナはにっこりと笑ってオレに挨拶をする。
女の子は一人残らず好みだけど、この二人は中でもとびきりかも。天界の天使ちゃんたちにも負けてない。
「二人はね、この国のダンジョンを専門に攻略していくパーティーに入っとったんだけどね、都合で解散となったらしいんだ」
「それでワタクシの家庭教師に?」
「左様。二人とも次の予定まで間があるらしくてねえ。それまでの短期間だが、この国最高の剣士と魔法使いだ。キュリもいい勉強になるだろう」
父上は言う。
俺は二人の豊かな胸元を眺めて、大人の勉強を教えて欲しいと切に願っていた。
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