第3話 下界転生

 そんなやり取りが十二年前。


 あのあと下界に生まれ落ちたわけだけど、誕生の瞬間は忘れられないね。


 やっちまった、逃げりゃよかったって。


 体にかかる重力やら命の限界を感じる鼓動、思うように動かない体やらで、トラベル気分で来るとこじゃないって痛感したんだ。


 ま、それでも悪いことばっかじゃない。


 パパりんやママりんや兄や姉がみんな温かく見守ってさ。


 オレもちょっと嬉しくなってしまって、


「とりあえずビール!」


 って言いたかったけど、まだ上手く喋れないの。


 仕方なくオギャーオギャー泣いたら全員が喜んだ。赤ん坊が泣いて喜ぶとか鬼畜かって。


 幸いにもティーダちゃんは願いを聞き遂げてくれていて、家はけっこう大きな国の上級貴族、ホープバーン家。それも五男ときた。


 長男なんか英才教育で自由がないけど、オレくらいになると気楽なもんだ。


おいと呼べばメイドさんたちが集まってくる勝ち組ライフ。


 人間との『お楽しみ』は成人するまでご法度らしくて未経験だけど、この国の成人は十二歳。覚えることも多い身としちゃ一瞬でしょ。


 ――と、思っていたのに。



 壁を覆う本棚に足が沈む絨毯。


 呼び出しを受けた父上の書斎である。


 こういうのってさ、天界にいたときも経験あるよ。


 ロクでもないこと言われるフラグよね。知ってる。


 早く戻って、メイドさんにメシでも食わせてもらいたいなあ。


 そう思いながら書斎に入ったら、


「今日はね、キュリに話があってね」


 と、温厚そうな父上。ペンを置きオレを見つめる。


 そのツラの裏でどんな悪だくみをしているのやら。


「えっとねえ。確かお前も来月で成人の儀だろう?」


「そうでしたっけ」


「なのにスキルの加護もまだ生まれていないからねえ。ワタシもねえ、ちょっとこのままではいかんと思い始めたんだよ。仮にもホープバーン家の一員だ」


「家族の間にお気遣いは無用ですよ、お父上」


「そうもいかん。妙に大人びておるが、剣も魔法もからっきしでは貴族の名折れだろ。いずれ婿に出すつもりだが、それじゃあねえ」


 初めて聞いた。いつまでも無職でのんびりしていたいのに。


「だからそろそろ家庭教師でもと思ってね。探していたんだよ」


「ワタクシめにもったいないご配慮でございます。謹んで遠慮いたします」


 一礼して書斎から出ようとしたけど、


「待ちなさい」


 と、すんなりいかない。生きにくい世の中だよ。


「実はもう先生が来られている。お会いして」


「えー」


 と、抗議を口にする間もなく、父上は手元の鈴を鳴らした。


 それを合図にメイドに先導される形で、少女二人が書斎へ姿を見せた。


 一人が薄い金色の髪に凛々しい顔立ち。軍服を着た少女。


 もう一人が魔導士の黒いローブを着た優しい表情の少女だ。


「えっと、父上。この二人が……」


「どちらも名のある冒険者だよ」


 父上はちょいちょいと女の子を手招き。


 二人は表情を変えないまま父上の隣に立つと、姿勢よくオレを見据えた。


「紹介しよう。軍服の剣士がリズ・ワイン殿。魔法使いがミアナ・ドラクロス殿だ」


 父上の紹介に、リズは小さく会釈し、ミアナはにっこりと笑ってオレに挨拶をする。


 女の子は一人残らず好みだけど、この二人は中でもとびきりかも。天界の天使ちゃんたちにも負けてない。


「二人はね、この国のダンジョンを専門に攻略していくパーティーに入っとったんだけどね、都合で解散となったらしいんだ」


「それでワタクシの家庭教師に?」


「左様。二人とも次の予定まで間があるらしくてねえ。それまでの短期間だが、この国最高の剣士と魔法使いだ。キュリもいい勉強になるだろう」


 父上は言う。


 俺は二人の豊かな胸元を眺めて、大人の勉強を教えて欲しいと切に願っていた。

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