第2話 天界
十二年前、オレは神だった。
自然、動物、人、動作、芸術とかさ、見惚れちゃうことってあるでしょ?
そういうのを司るのがオレ。
神界のスキル『魅了』持ち。もちろん魅力の頂点には自分を置く。
弱そう? 役に立たなさそう? そうかもしれない。
確かに神の中にはさ、想像できないような破壊的なスキルを持つやつもいる。
けどね、『好きなことを好きなようにできる』って意味じゃ、なまじそういう攻撃的な力を持った神より、たぶんオレの方が上だよ。
だってどんな力を持ってても、オレの魅力に傅いちゃうんだから。
でも、あいつだけは違ったんだよね。それが全てを狂わす元凶になっちゃった。
※
「あんたは~!」
と、見るからに激おこなのは道徳の神であるティーデちゃん。
いきなりオレの神殿に突撃してくると、
「いい加減にしてよねっ!」
と、広間を支える大理石の柱を拳で破壊。
いい加減にするのそっちだと思ったし、オレの神殿の破壊は君の道徳には反しないの? 反しないんだね、別にいいけど。
ま、怒りの原因は分かってるよ。
君に仕える天使ちゃんに、オレのスキル使ったアレでしょう?
あ、もちろん済。だって可愛かったから。
「あんた、ちょっとマジで頭大丈夫っ? あの子、来年にはゼンド様の天使と結婚が決まってたのよ! 大神ゼンド様よ? 下半身の都合でスキル使わないでよね!」
「嫁なら代わりにオレんとこに来ればよくない?」
「あんた何人娶るつもりよっ! コタツから出ろっ!」
目尻を釣り上げるティーデちゃん。
ベリーショートに白いローブは好みだけど、いかんせん気が強すぎる。
倫理スキルが鉄壁で、オレの魅了も通じないし。
こういう子には物理的な攻撃スキルの方が効くんだよなあ。
まあ、そんなもん持っていても手荒なマネはしないけど。
「とにかく今回はゼンド様もお怒りだからね! 覚悟しなさいよ」
「いいよ。あの爺さんにスキル使えば済む話だし」
「ぜんぜん懲りてない。もう手加減しない。これ、ゼンド様から」
ティーダは帯に差していた巻物を、コタツで寝転ぶオレに投げてよこした。
あれ。これはちょっとイヤな予感。
天界出版のマンガの場合、このあとでだいたいひどい目に遭うんだよ。オレは詳しいんだ。
「ね、ティーダちゃん。これ開かなきゃダメ?」
「当たり前でしょっ!」
怒鳴られて渋々、寝転がったまま巻物を床に広げた。
見ると細かい字がぎっしり。見ただけでゲンナリだけど、また怒られちゃかなわない。
「ええっとぉ」
と、読み始めてしばらく。たぶんオレの顔はどんどん血の気が引いて青ざめている。
書面を要約すると、要するにオレを人間として下界に転生させるって宣告書だ。
人として生き、人々が神になにを求めているかを体で覚えてこいってこと。
「……ね、ティーダちゃん。これってオレを懲らしめようとした冗談? ならもう懲らしめられたからさ、やめにしない? ほら、誰かドッキリ大成功ってプラカード持って突撃してくるんでしょ?」
「もうそんな冗談は通じない」
「ちょっとちょっと、ねえ、ウソでしょティーダちゃん」
オレはよっこいしょとコタツに足を残して上半身だけ身を起こす。
まだまだ笑って済ませるかと思ったけど、事態は深刻だ。
彼女は既になんか呪文を唱えている真っ最中である。
「ねねねね。ティーダちゃんさ、怒ってるより笑った方が可愛いよ。ちょっと穏便にいかない? みかんあるけど。一緒にコタツでどう?」
「みかんで買収されるほど、わたしの倫理は安くないのよね」
ティーダちゃんはフンと鼻息を鳴らす。
しまったアイス派だったかと思いつつ立ち上がるも、もう遅そうだ。
ティーダちゃんが練っている魔力の塊。
なんか進行方向が明らかにオレに向いていて、ちょっと手に負えそうにない感じ。
それにオレには分かる。ティーダちゃんのヒロイン向きじゃないあの表情。
総合して考えると、オレの下界行きは決定的って感じだ。
たとえるならヘビに睨まれてる最中の蛙。あー、もうムリって分かる状態。
こっちだって何千年も生きてんだから。色々悟ってるってもんよ。
でもまあ、と、ちょっと思う。これもいいかな。
だって正直言って、惰性でここにいるのも飽き飽きしていたし。
旅行のつもりで下界に転生しても、まあ人生のスパイスじゃん?
もう覚悟を決めて、潔く下界へ転生しちゃう?
いや。でも下界って危険だし人間の寿命は短いし……。
「ちょっとティーダちゃん! 提案!」
「うるさい!」
「いや、聞いて聞いて! ほら! オレってさ、たぶん下界に転生したら赤ちゃんからスタートって感じなわけでしょう?」
「なるべく健康に産まれるようにしてあげる……」
ぎゅいんぎゅいん魔力を仕上げていくティーダちゃん、目がマジ。
「健康もお願いしたいけどさ、ほら、生まれもいいとこにしてくんないと! 下界ってまだ危ないとこがいっぱいじゃん? 産まれてすぐ死んじゃったらさ、せっかく下界に行ってもなんにも学べないって言うか!」
手ぶりを交えたオレの主張に、ティーダちゃんはチッと舌打ち。考慮はしてくれるようでなによりだ。
「あとさ、あと!」
「うっさいって言ってんでしょっ!」
「聞いてよ! あとスキルも付けて! スキル! 魔物にも勝てるような強いやつがいい! ほら、なんて言うかさ、あの、魔物に困ってる人間を助けたいって感じがオレの中にあったりなかったり!」
ティーダちゃんはまた舌打ち。さっきと違って疑いの目はなにを意味するのか。
「あとね、あと!」
「もう聞こえない」
太陽を凝縮したような魔力を片手に、くちびるを歪めるティーダちゃん。
もはや道徳の神って趣はなくて、前にマンガで読んだラスボスのそれ。
「えーっと。ティーダちゃんね。いまさらだけどさ、お別れ言いたい人が何人かいたりして。逃げないから、ちょっと待ってくれない? くれないよね」
「ええ。たわ言はそこまでよ。百年経ったら、性根を入れ替えてもどってきなさい!」
ムリと思う~。
と思いつつ温かい光に包まれ、オレという存在はとりあえず天界から消え去ったのだ。
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