第11話 調査の停滞

※※※


 エリーが部屋に戻ると、すでに刹那は布団を敷いて寝っ転がっていた。安槌あづち城に滞在して六日目になる。エリーはため息をついて腰を下ろした。

「どうでした。信さまを見張っている視線の数は」

「今日、一つですねえ」

 屋外でないためか、視線の数は少ない。……しかしそれでも、確実に一人は物陰から信をうかがっているのだ。

「なるほど」

「そっちは、収穫ありましたか」

「あると思う?」

「やっぱりかぁ」

 慈菫院周辺を洗えれば手がかりが見つかるかと思ったが、そうたやすくは通してもらえない。城主信永に謁見するほうが簡単だ。慈菫院はエリーが思うに幽閉されており、外の人間においそれと会えるようなお人ではないらしい。


「慈菫院さまは……拝謁しようとしても無理だわ。信さまのお名前を出しても断られたし、……勝手に信永さまの名前を出せば何があるかわからないし、何より芙蓉さんにも、やめておいたほうがいいって言われていますし……」

「全方位手詰まりじゃねえか」

「そうなのよ」

 エリーは手近に薬箱を引き寄せて、薬の材料となる薬草を数種類取り出した。すり鉢を使ってすりおろし、乾かして粉にする。しかし、こう雨が続くと時間がかかりそうだ。

「何作ってるんです」

「胃薬を芙蓉さんに処方しようかと。何かとお忙しいお人なので、胃が荒れていらっしゃるようでして。……ついでに何か口を滑らせてくれないかと思っているのですが」

「なるほどねえ」刹那が呟いた。「先生も先生で大変なわけだなぁ」

「新しいに手を焼いている噂は城中で聞かれます。ご苦労様です」

「はぁー……妙なところで面倒くせえんだ、あのぼん! まったく女じゃあるまいし」

女性にょしょうですよ」エリーはくぎを刺した。

「あなたの目には、そう映っているでしょうけれど……あの方はまごうことなき女性です」


 無心に薬草をりながら、すりこぎを扱う手は止めず、何度もここ数日のことを反芻した。

『慈菫院さまにお会いするのはお控えいただきとうございます』

 姫宮たちの部屋――芙蓉は泣きはらしたままの目でエリーを見上げた。

『あの方はひどく傷ついていらっしゃるのです。外の刺激に触れたら、かつての悲しみを思い出してしまわれるでしょうから』

『悲しみとは……?』

 芙蓉は口をつぐんだ。『私には――とても言えませぬ。言えば、また』

(また……?)

『いいえ、もう私から話せることはありません、方士様。どうぞお引き取りを』

 これ以上芙蓉から引き出せる情報はない、とその時のエリーは悟った。どんな言葉を尽くしたところで彼女はそれを明かさないだろう。芙蓉は、何よりも信への忠義があつい。おそらく、信の立場が危うくなるようなことは言わない。

 つまり――慈菫院の抱える秘密は、大なり小なり信を脅かすのだ。

『はい。……感謝いたします。芙蓉さん』

 エリーは一度そこで引き下がったのだが――。


彼女慈菫院の祈りは悲しみの中で行われる。「たった一人の息子」について――)

もう粉になってしまっている材料をさらにこね回しながら、エリーの中で考えがまとまっていく。

(しかし、信さまは女子。途中まで女子であることは隠されておらず……)

 芙蓉のことを思い出す。突然男として扱えと母親……お徳の方に言われたと。

……お徳の方。

(そういえばまだお徳の方にお話を伺っていない。……でも)

慈菫院と同じくらい、会うのは難しいかもしれない。を産む予定の彼女は、何よりも厳重に守られている。怪しい方士の小娘が会いたいなどと言って、会ってくれるかどうか。

(せめて、慈菫院さまと信さまの関係を知る手掛かりがあれば……信さまに聞く?……でも……)


――母上か?息災でいらっしゃると聞いている。

 あの母子の距離感は、わからない。


「先生、もう粉になってますけど」

「ねえ、刹那」

 発言したのはほぼ同時だった。エリーは刹那の言葉を聞かずに、ごりごりと鉢の中のものを擂りながら、刹那に尋ねた。

「あなた、信さまとお話はする?」

「それなりに。世間話とか、家族の話とか。……たったひとりの姉さんが豊臣に嫁いだとか、手紙に書いてあるとかいう、世間話とか、いろいろ」

「それだわ」

 エリーはぐるんぐるんとすりこぎを暴れさせた。

「それだわ!刹那。明日は信さまと慈菫院さまの関係を聞いてきてちょうだい」

「ええっ⁉」

 たんっ!と鉢を置いて、エリーは刹那に高速でにじり寄った。

「わたしよりも貴方が最適よ。毎日稽古で顔を合わせているし、信さまもウッカリ口を滑らせるかもしれないじゃない」

「え、ええっ!?俺に探り事?なんて、できますかねえ……?」

「できます。さらっと聞けばいいのです。あとはあなたが頑張って信さまと刀で語り合ったぶんだけの情報が得られるでしょう、きっと」

「やけに言い切りますけど」

「不安なら占いましょうか?」

「いや、いいです。そこまでしなくてもいいです」

(こいつ、気づいていないのかしら……)

 信の、刹那を見る目は、とっくに師と弟子をこえているというのに。

(信さまが不憫だわ。……ご本人も気づいていらっしゃるかどうかは知らないけれど……あれは……)

 刹那は降って湧いた使命に動揺しているのか、布団の上で唸りながらごろごろと寝返りを打っている。エリーは、信がこの光景を見て幻滅しないことを祈りながら、立ち上がって刹那の入れ墨を見下ろした。


(ああ、若いっていいわね……)


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