第4話 信永の嫡男
明朝。
ぐったりしているエリーをおぶった刹那は
「方士殿は朝に弱くていらっしゃるのか?」
「先生は夜の方が活発でね」
「なるほど……?」
「屋内に入ればまだまともだよ」
刹那の広い背中に揺られながら、エリーは小さく呻く。朝日がまぶしい。笠をもう少し被りたいが……。小さな力で刹那の着物をぐいぐいと引っ張れば、刹那は了承したようにエリーの笠の角度を調整した。
(……ああ)
ここまではエリーと刹那の付き合いの賜物だ。刹那は何と言わなくともエリーの言わんとすることを理解するようになったし、エリーもまたそんな刹那の気遣いに感謝している。
(これで、女好きと博打好きと酒好きが治ればなあ……)
しかしそれだから刹那という男なのだ。エリーもそれは了承している。
「私は夜な夜な夜遊びをしていることになっているから」と信が言った。「そのていで話を通してくれると助かる」
「わかった」
(わかった……)
エリーは刹那の肩にしがみついた。明るいところは苦手だ。
(わかったから、はやく屋内に)
「こっちだ」
信が行く先を、刹那とエリーが続く。城の中に入りがてら、手短に信が内情を説明してくれた。
安槌には三人の姫がいて、それぞれにすでに嫁ぐ相手も決まっているという。男は信のみ――。
「
「じゃあもうお二人の姫さんは?」
「側室の子だ。それぞれ母が違う」
(ああ、なるほど……)
「今、父の子を身ごもっているのが、私の乳母を務めたお
ぐったりしているエリーだけれども、頭の中はくるくると回っている。
(つまり、お徳さまの子が男児でなければ、信さまの立場はますます固まると。この状態で得をするとすれば間違いなく信さまのご
エリーは顔を上げた。整えるのすら難しかった銀髪が、口元に張り付いている。
「……事態は飲み込めました」
「方士殿、もう平気なのですか」
「平気かどうかはわかりませんけれど、」エリーはよろよろと立ち上がって、薬箱を背負いなおした。
「とにかく、お殿さまの御前に立つのであれば、髪の毛くらいは整えておかなければ。……刹那」
「はいよ」
エリーは城の隅に陣取ると、髪をひとまとめにして、笠の中にしまい込めるようにした。刹那が薬箱の定位置からかんざしを取り出し、エリーの手元に持っていく。エリーはそれを受け取って、丁寧に髪の毛をまとめた。
この間、三秒ほどである。
「……聞くのも野暮だが、あなた方はいったいどういう関係で?」
「ただの飼い主と飼い犬さ」刹那が答えた。エリーは笠を被りなおした。白の髪も赤い瞳も見えなくなる。誰が見ても、小柄な旅人にしか見えない。
「さて、参りましょう」
嫡男、信が帰ったという一言で城内は活気づく。「夜遊びはほどほどになさいませ」とちくちく怒っているのは、長い髪を結った信の世話係、
(……信さまが
男としてふるまう信の様子を見る。ふくらみのない身体や喉仏も相まって、美しい少年のように見える。しかし、その体は女性のものだ。なにより信も認めている。
(世話係や乳母が知らないなどということはないはず。そもそも信さまは「いつ」呪われたのだろう……)
呪い――呪術の使い手に、心当たりがないこともない。その呪術師が、いつこの安槌にきて、いつ
(調べることが多いな……誰かこちら側に引き入れられないだろうか)
エリーは信に説教をしている芙蓉を見た。エリーの視線にも気づかず、熱心に夜の危険について説いている。
(……まずは、信永公に会ってみるべきだ)
「父上。お連れしました。方士殿です」
織田信永は、昼から酒をたしなんでいた。エリーは目深にかぶった笠のまま、礼をとって彼の前に跪いた。
「旅のものです。お初にお目にかかります」
エリーの声を聞いた信永は、ほう、と息をついた。
「小坊主かと思えば、
(……やっぱりなぁ)
取りたくはなかったが、この国を統べる殿の命令とあらば、どうしようもない。
エリーは素直に傘を取って、顔を上げた。銀色の髪と赤い瞳があらわになる。
「おお」
「無礼をお許しください。この姿かたち、非常に目立つものでして」
「素晴らしい。我が側室に迎えたいくらいだ。美しいな」
「父上」
信がとがめるような声を上げる。「御客人になんてことを」
「はは、そう怒るな信よ。わかっておる……お前の正妻にどうだ?」
「父上!まったく……」
信は頭を抱えている。申し訳ない、という視線がエリーの頬に突き刺さってくる。
(はっはー……)
信永の性格は伝え聞いていたが、こうも無礼だと一周して感嘆すらこみあげてくる。刹那を下げておいて正解だった。さすがに「まて」を覚えた刹那でもこれは耐えられまい。
――織田の六代目、信永。初代信長と瓜二つ。
「信永さま。本日はお願いがあってまいりました。私、不老不死を極めんとする者にして、その方法を伝える者でもございます」
「ほう?」
「
「ああ」信永はひげのある顎を掻いた。「伝説に聞く、あの徐福であるな。知っている。なんでも。『ひとつとなり』から来たという、異邦人であろう」
(やはり知っていたか)
エリーはまっすぐ、信永の目をのぞき込む。
「ならば話ははやい。私は、――徐福の娘でございます」
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