第4話「永遠。」

「天哉さん、天哉さんはなんでこの世界に来たんですか?」

「言ったでしょ、南に会うためだって。」

「それは知ってます、聞きました。そうじゃなくて。」

天哉さんは一度俯き、しっかり向き合って話し始めた。

「未練がある幽霊はさ、成仏しないっていうじゃん。」

「はい。」

「僕は、そっち側だったんだよ。未練があった。」

「未練?」

私は首を傾げた。

「僕ね、図書館で南に勉強教えたり一緒に本を読んだりしてさ、段々南を好きになってたんだ。少し恥ずかしいけど。」

「そ、うだったんです…か…。」

私は照れながら言った。

「だから僕、南のことずっと好きだから。」

「はい、私もです。」

その時の私は気づいてなかった。

この言葉が意味するものを。


数日後、私と先生は図書館に行った。

田山くんがおすすめしてくれた「夕日に問う。」を二人で読んでいた。

「先生とまたこうして読む時を待ってました。もうこの本も読み終わります。最後の一文は二人で読みたいです。」

「うん。」

私達はその本の最後の文「好きになった幽霊は私に永遠をくれたんだ。」を読んだ。

「この本、読み終わるまで長かったですね。」

「感動したね。この話好き。」

「こうやって、先生と最後まで読めて、良かったです。

だから借りる。借ります、この本。」

私は田山くんに「これ、借りることにした」と言った。

「…おう。読めたんだな。」

「うん。」

「知らないだろうけど、この本、俺の本。でも、あげるよ。」

「え!てっきり図書館のだと。もらうのは流石に悪いよ…」

「いいんだ。二人の思い出の塊だろ?」

「…ありがとう。」

私は授業が始まるので、教室まで急いだ。


何も変わらない日々、それは私にとっての幸せだ。

一日一日、本を読んで、苦手な勉強を教えてもらう。

「ここは、2yだから、」

「わからないよー…何でここが2yになるんですか?」

「この部分が…」

わからない勉強をやっても、楽しくもなかった。

でも、楽しい。先生が教えてくれる勉強は楽しい。

勉強をして、本を読んで、天哉さんと話す。ダラダラする。

寝る。ご飯を食べる。当たり前のことが楽しかった。

でも、

当たり前が、段々当たり前じゃなくなってきた。


私は、また、倒れてしまった。


今度は退院なんてできない状態。


食欲もなければ、勉強すらできない。


「南!南!」

そう言えば、先生と再会した時もこうだったな。

「…生きてますよ。」

「それは知ってる!でも!」

「大丈夫です。平気です!」

「南…。」

私は深呼吸をして、涙を止めた。

「食欲もなければ、楽しいって思ってたことすらできない。歩けない。もうこのまま死を待つんですよ。息をしなくなるんですよ。でも、そっちの方が楽です。この借りた本、返さなくちゃ。」

私は手元にあった「夕日に問う。」を掲げて言った。

「天哉さんに言ってないことがあります。」

「なに?」

「私、中学の時一度天哉さんに会ってるんですよ。」

「…え?」

中学三年生の夏の時。

みんなが受験勉強に必死な中、私は散歩気分で家の近くの公園の小さい山まで自転車で行った。

私は自転車から降りて、山に立っている木の幹に座って本を読んでいた。

本をある程度読み終わり、帰ろうとした時、

真上の木の枝で本を読んでいる天哉さんを見つけた。

読んでいる本は同じで、「永遠」という本を読んでいた。

こんな偶然あるんだと思ったが、本に集中してるようだったので、スルーして山を降り、自転車に乗った。

その時、「あ、あの!」とその本を掲げた天哉さんがいた。

「同じ本ですね!」と笑顔で言われた。

「そうですね、これ面白いですよね。」

「はい、これ大好きです。」

「私もです。」

この短い会話を、私ははっきりと覚えていた。


「…あ、あの時…」

「はい、天哉さんも同じ本持ってて、こんな偶然あるんだなと思いました。」

「ね。」

この少しの幸福も、大事にしたい。

「南、僕も言わなきゃいけないことがあるんだ。」

「なんですか?」

「この間、僕は未練があってここに来たって言った。」

「はい。」

「未練がなくなったら、この世から消えてしまうんだ。」

私は数秒の間、理解できなかった。でもやっと理解できた。

「それって…」

「うん、僕は、もう南に思いを伝えられた。未練がなくなった。もういつ消えるかわからない。もう成仏できる。大地くんも説得できた。彼の力だけど、立ち直れた。」

「まって、なんで…」

私は天哉さんの手を握ろうとした。

でも、透けていた。握れなかった。

「そう、段々消えかけてるんだ。」

「でも天哉さん、数ヶ月後って…。」

「ごめんね。こんなに早く色々なことが叶うと思ってなくて。南に夕日を見せるのも、「夕日に問う。」を読み終わるのも、勉強をもう一度教えるのも。やり残したことを全てやってしまったんだ。」

「天哉さん…やだ、まだやだ。もっと勉強教えて!もっと本読もうよ!もっとたくさん、もっともっと話したかった!」

「まだ時間はあるよ。」

「でもその時間だって!あっという間に過ぎていく…。今までもそうだったんだ…。」

私は抑えていた涙を流してしまった。

「泣かないで。まだ一つやり残した事がある。」

「なに?」

「前言ったでしょ、南に与えたのは愛だけじゃないって。」

「…うん。」

「もう、その答えがわかる時が来るよ。」

「天哉さん…?」

その時、おばさんが病室に入ってきた。

「南、入るね。」

このままじゃ「なんで泣いてるの?」と心配されてしまう。

私は必死に涙を拭いて「はい。」と応えた。

おばさんが病室の扉を開けた時、手に持っていたレジ袋を落として、「どうして…?」と言った。

泣いていたのがバレたのだろうか。私は腕で目を隠した。

「どうして、男の人がいるの?」

「「…え?」」

私も天哉さんも、びっくりしてしまった。

「あなた、南の彼氏?え?なに、誰なの?」

「ぼ、僕は…」

おばさんは天哉さんの肩を掴んで「誰?」と言った。

でも、透けていて、掴めなかった。

「幽霊…?え?なんで?」

「おばさん、この人は…この人は東先生だよ。」

「…は?東先生って…あの東先生…?」

「そう。」

おばさんは驚きながら状況を整理しようとしていた。

「確かあの事件で…。」

「うん。説明すると長くなるけど、おばさんがいいなら。」

「…わかった。」

私は一旦、おばさんを座らせて説明した。

「なるほどとはならないけど…もうちょっとで消えるのね。」

「そう。」

「わかりました。ちょっと写真を撮りましょう。」

「…え?でも僕は幽霊ですし、写りませんよ。」

「私に見えたの。だから今なら写るわ。さ、病室を出ましょう。」

私は車椅子に乗って、病室を出た。その時、看護師さんが

「あれ、彼氏さん?イケメンねー!」と言った。

看護師さんは天哉さんを知らないはず。だから見えないはずなのに、見えている。

おばさんの言っていることがわかった。

確かに、みんなに見えているのなら。

病院の屋上は、夕焼け空で綺麗だった。

「はい、チーズ。」

私は満面の笑みでピースをした。

「よく撮れたわ。二人とも、夕焼け空に溶け込んでるっていうか、好きなのね。お互いがお互いのことを。」

「…はい。一番、好きです。」

「天哉さん…」

「はい、ラブラブはそこまで!病室に戻るわよ!この写真は記念ね!」

「うん、そうだね!」

私達は病室に戻った。

翌日、学校帰りの田山くんが来た。

「今はどうだ、体調。」

「…まだ食欲はない。でも、昨日よりは。」

「ならよかった。西野、」

「んー?」

「僕はお前が好きだ。でも、東先生とお幸せにな。お前が幸せなのが一番なんだ。」

田山くんには、もっといい相手が見つかるよ。

と言いたかったけど、言えなかった。

「…ありがとう。」

「お大事にな。」

田山くんはそのまま去っていった。


一日一日が早く感じる。何もする事がない。

何もできない。

天哉さんは時々いなくなるし、楽しいこともない。

天哉さんは、実際に透けていっている。

指先から、どんどん見えなくなっていく。

いずれ来る未来だってわかっていたけど、

悲しくて、辛くて苦しかった。

毎日、「好きです」と言うようにしている。

もう会えなくなる前に。たくさん言っておきたかった。

毎日泣くことも多くなって、体が腐って行って、力が出ない。

もうそろそろだ。

私は目を瞑った。

いつも聞こえた先生の私の呼ぶ声も聞こえない。

看護師の声しか聞こえない。

看護師の声すら聞こえなくなって、医師の声すら聞こえなくなった。

意識が途絶えてしまった。

もう死んだのかな。と思ったその時、「ありがとう。」

と聞こえた。意識を取り戻した。

私を呼びかける看護師と、意識を取り戻したことに安堵するおばさん。

でも、行かなきゃいけない気がする。私は棚にあった「夕日に問う。」を、必死に腕を伸ばし、取った。

行かなきゃ。

不思議なことに、足が動く。体が動く。

私は看護師たちを避けて、走った。

本当は取ってはいけない点滴を取った。

痛かった。でもそんな痛みなどどうでもよかった。

心臓が悲鳴をあげている。

もう限界だと悲鳴をあげている。

海辺にはいない。きっと、あの時出会った場所、

あの公園の山にいる。

夕焼けが始まる。

外は雨だった。天気雨だった。

だから空は綺麗に晴れていた。

私は山まで数mのところで倒れてしまった。貰った本なのに、雨で濡れてしまった。私はその本をぎゅっと抱いて、最後の力を振り絞って走った。

山まで走った。

「あ、、あま、、天哉さん!!!どこ、どこにいるの!」

私は山を見上げた。

すると、夕焼け空を見上げた天哉さんがいた。

私は天哉さんのところまで走った。

その勢いで抱きつこうとしたけど、透けていた。

「…南、僕はもうこの世の人間じゃないよ。」

「知ってます。でも!!!」

「夕焼け空が終わる頃、僕は消える。」

「天哉!!私を置いていかないで!」

よく見ると、天哉さんは泣いていた。

「大好きだ!とずっと一緒にいたい。」

天哉さんが私を抱きしめた。

透けているから、抱きしめることなんてできないはずなのに、ぎゅっとした。

「ねえ、夕焼け空は何色?」

「…オレンジと、青と…色んな色があります。」

「空は一つしかないのにさ、色んな色に変化できるんだよ。今僕はそんな空に行く。だから、僕は幸せだよ。」

「天哉さん…」

「君も、そんな素敵な空のように変われた。僕が伝えたかったのは、こう言うことだから。」

「…ありがとうございます。先生、変な例えしていいですか?」

先生は少し笑って「なに?」と答えた。

「この世界はカラフルですよね。夜景とか、物理的にカラフルだけど、空のように、個性をもってる。一人一人の色がある。私達は、オレンジですかね。」

「…そうだね。僕たちはもう夕日かもしれない。笑」

「あんな綺麗なものになれるなら、本望ですよ。」

私達は笑いあい、見つめ合い、キスをした。

透けているはずの唇は、冷たいはずの唇は、暖かった。

「好きです。天哉さん。」

「僕も、大大大好きだ。南。」

夕焼けが終わる。

「さようなら。また会いましょう。あ、先生が与えてくれたの、わかりましたよ。」

「なんでしょう。」

「「永遠の幸せ」ですよね。」

「正解。…さようなら。僕が幸せをあげたのに、僕も幸せになっちゃった。本当に、ありがとうございました。大好きだよ。」

「ありがとうございました。私も、大好きです。」

「最後に、」

「はい。なんとなくわかります。」

「「夕焼け空に問う。私たちの、僕たちの愛も、永遠ですか?」」

「「…はい、そうです。…笑」」

ぎゅっと抱きしめ、おでことおでこを合わせた。

透けてきて、腰のあたりから段々消えていく。

涙は見せないって決めてたのに、泣いてしまった。

先生の笑顔が消えていく。体が、顔が消えていく。

ぱっと全てが消えていった。

光の粒が、先生のいた場所から空へ飛んでいく。

蝶々が舞う。

私はそのままその場に倒れてしまった。

その時、おばさんと田山くんと大地たちが私の元に来た。

「おばさん、田山くん、大地、大好きだよ。今まで、本当にありがとうございました。」

私は気づいた。天哉さんがやり残したこと、

それは、天哉さんが私を少しでも生き残らせるため、自分の力を私に分けてくれた。あの時、天哉さんの声は聞こえなかったけど、手の感覚はあった。

おでこに感覚があった。

多分、手を握っておでことおでこを合わせていたのだろう。

天哉さんは、私に力を与えなければ、もうちょっとここに入れた。でも、全て使い切った先生は消えてしまった。

未練も無く、消えていった。

私はそのまま、目を瞑り、永遠の眠りについた。




南は、幸せだったんだな。

「おばさん、俺、この写真にしたい」

カスミソウと一緒に飾る写真を決めている時。大地は私に、病院の屋上で撮ったあの写真を差し出してきた。

「…いいわよ。これにしましょう。」

その写真を額縁に入れ、カスミソウを花瓶に入れた。

大地と私は手と手を合わせ、「ありがとう。大好きだよ。」と言った。

「南、お母さんとお父さんと東先生と、天国で元気に笑ってるんだろうな。」

「東先生は俺の恩人だよ。姉ちゃんもだけど。」

「…そうだね。南を笑顔にさせてくれた恩人だよ。私にとっては。」

私達は南が大好きだ。








八年後。

あのショッピングモールの犯人も見つかり、逮捕された。

そして大地は自分の経験を活かしてカウンセラーになった。

田山くんは夢だった小説家になって大ヒット小説「夕焼け空に問う。」を書いている。私の日記を頼りに、私たちの経験を書いてくれている。

大地は結婚をして、一歳の娘がいる。

おばさんは、相変わらず元気だ。

靴下を間違えることも無くなったようだ。


そして私はというと、

天国でお母さんとお父さんと天哉さんと元気にやっている。

天国に行く時、橋でお父さんとお母さんと天哉さんが待ってくれていた。私は手を繋いで一緒に橋を渡った。実を言うと、卒業までは生きたかったけど、天哉さんがいればいい。


あともう一つ、思い出した事がある。

ずっと前、天哉さんが図書館で「西野さんは僕の…」までしか思い出せなかった言葉。

今なら思い出せる。先生はこう言っていた。

「西野さんは僕の、僕の永遠だよ。」

この意味も、最初はわからなかったけど、今はわかる。



好きになった幽霊は、私に永遠をくれたんだ。



end.


この物語はフィクションです。

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夕焼け空に問う。 れーよ @HAHA7

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