第3話「好きです。」

私は早速、東先生におもてなしをとプリンを買った。

「どうしたの?急にプリンなんて。」

「ちょっとしたおもてなしです。一緒に食べましょう。」

東先生はベッドの横にあった椅子に座り、蓋を開けた。

「そういえば、田山くんは?先生と一緒じゃないんですか?」

「あ、なんかお腹壊したみたいで。今トイレ。」

「なるほど。」

話が終わると先生は、唐突に窓の外に輝いていた夕日にプリンをかざしてこう言った。

「こう見ると、プリンって夕日に似てるな。」

私も同じように夕日にかざした。

「確かに。綺麗ですね。カラメルが夕日で、ここが海。…このプリンの部分ってなんていうんでしょう…」

「確かに。カスタード…とか?」

「それで当たってたら奇跡だし、ちょっとシンプルですね 笑」

「調べてみるか!」

私は、スマホを取り出して「プリン 部位」と調べた。

「どうなのでしょう…」

スマホの画面をスクロールすると、プリンのカラメル以外の部分は「カスタード」と出てきた。

「え…先生当たってる! 笑」

「おー!なんか…嬉しいわけでもないし、嬉しくないわけでもない 笑」

こんなくだらなくて、面白くもないことを声に出して笑ってる。笑えている。

それが、楽しくてたまらなかった。

「綺麗ですね、夕焼け空。」

「そうだね。西野さんにも夕焼け空の良さがわかったんだね。良かった。」

「先生のおかげです。夕焼け空の良さを気づかせてくれたのは、先生です。」

「僕は何もしてないよ。」

この日の夕日は、いつもと少し違って見えた。


数日後。

私は無事退院できた。

「西野さん、退院おめでとう。」

「西野、図書館で待ってるから、来いよな。」

「みんなありがとう。明日からまたよろしくね。」

私は、久々に家に帰った。

「大地。帰ってきたよ。あ、大地の好きないちご大福買ってきたから。ここに置いておくね。」

「うん。ありがとう。後で食べるね。」

ドア越しに聞こえる大地の声。その声の震えは、あの日から治まることはなかった。


翌日。

私は制服を着て、おばさんに送ってもらった。

「ありがとう。」

「うん。無理はしないでね。」

「うん。行ってきます。」

私は、真っ先に図書館に向かった。

「お!西野!」

「西野さん!」

「東先生も田山くんも、朝から図書館?」

「西野もな。さ、教室行くぞ!」

私は、田山くんに手を引っ張られ、教室に入った。

するとクラスのみんなが

「「「西野さん!退院おめでとう!!」」」

と、クラッカーを鳴らしてきた。

「み、みんな…!ありがとう!」

「西野さん、これ。西野さんが休んでる間のノート!」

「ありがとう!!」

私は学校の中ではずっと一人だった。もちろん、田山くんといる時以外。

でも、こんなことは初めてだ。

放課後。田山くんは図書委員の活動で一緒に帰れなかった。

だから、東先生と一緒に帰った。

「おー、今日の夕焼け空も相変わらず綺麗ですなー。」

「ですね!」

「西野さん、明日時間ある?」

「はい、明日は暇です。」

「連れていきたいところがあるんだ。明日、十八時に迎えに行く。特に荷物はいらないよ。」

「…はい。待ってますね!」

行きたいところって、どこなんだろう。


翌日。

この日はとても暑かった。

私は、真っ白なノースリーブのワンピースを着て、十八時になるまで待っていた。

「西野さーん!」

外から東先生の声が聞こえた。

「先生!」

「西野さんこんにちは。白い服。一緒だね!」

東先生は、真っ白なニットのカーディガンに、白いズボンを履いていた。

「暑くないんですか?」

「暑さとか感じないんだ。」

「そうなんですか…」

東先生は、私の足元に視線を落とした。

「うーん…サンダルのほうがいいかも。」

私は玄関で靴を履き替えた。

「西野さん、ここから下り坂だけど自転車漕げる?」

「はい。」

私は、自転車の後ろに東先生を乗せて下り坂を走った。

「西野さん、止まって。」

私はブレーキを掛け、自転車から降りた。

「ここからは人通りが少ないから、僕が漕ぎます。物は触ることできるから。」

私は、自転車の後ろに乗って、東先生のお腹に捕まった。

「しっかり捕まっててね。」

「はい。」

東先生の背中はとても温かった。ずっとぎゅっとしていたかった。死んでいるから、本当は冷たいはずなのに。温かった。

「ついたよ。」

私は、この背中から離れたくなかった。

「先生、もうちょっとこのままでいていいですか。」

「…いいよ」

この背中の温もりは、いつか無くなる。そう考えると、涙が止まらなくなった。

「やっぱり、先生のこと…」

その先の言葉は言えなかった。言ったら、全て終わってしまう気がした。

「好きです」なんて言えなかった。

「…離したくないです。」この言葉も当たっている。けれど、本当に言いたいのはこの言葉じゃないのに。

「西野さん。顔をあげて。」

顔を上げると、そこには

「き、綺麗…。」

カラフルな夕焼け空が、あった。

「ほら、降りて。」

私は、自転車から降りて、浜辺に降りた。

「西野さん、その服、座れる?」

「はい。」

私と東先生は、砂浜に座って夕日が沈むのを眺めていた。

「夕日が沈むのはあっという間だから、見納めておこう。」

「はい。でもしっかりは見ません。先生とのお別れが、近いって思いたくないので。」

「そっか。」

私は、近くにあったカスミソウを集めて、少し寂しい花かんむりを作った。

「先生、これ。カスミソウで作った花冠です。カスミソウの花言葉は「永遠の愛」なんですよ。」

私は、東先生の頭に花かんむりを被せた。

「わー!かわいいね!西野さん、」

東先生は、自分の頭から花かんむりを外し、私に被せた。

「うん。似合ってる。」

「ありがとうございます。」

「…もう、沈んじゃうね。この時間が続けばいいのに…。じゃあ、沈む前に。」

東先生は立って、息をいっぱい吸って叫び始めた。

「夕焼け空に問うー!!なぜ、永遠はないのですかー!!!」

「先生?」

「夕焼け空に問うー!!元教え子に恋するのは、いけないことですかー!!西野さんに!僕と西野さんに永遠をくださいー!!!!」

「先生…。」

私も、立ち上がって言った。

「夕焼け空に問う!先生のこと、好きになったら、ダメですかー!!!!」

「西野さん…。」

東先生は走って、砂浜の端に行った。

「いいです!!!好きになっても、いいです!!!!!僕も、西野南が、大、大、大好きだー!!!!!!」

東先生はそのまま私の元へ走ってきた。

その勢いでハグをした。

「西野さん、好きです。君の人生を、僕で埋め尽くしてください。」

「はい、よろしくおねがいします。」私はそのままサンダルを脱ぎ、海にダイブした。

東先生も靴を脱いで、海にダイブした。

「びしょ濡れ 笑」

「ですね 笑」

夕日が沈みきる、その前に私たちは、おでことおでこを合わせ、ハグをした。

「本当、死ぬまで好きです。」

「僕もだよ。もう死んでるけどね。」

「生きてます。」

「え…?」

私は東先生の胸に手を当てた。

「確かに、心臓は動いてません。でも心が生きてます。」

「西野さん。ありがとう。あのね、」

夕日が沈みかけ、空が段々暗くなっていく。

「僕、数カ月後にあの世に行くんだ。それがね、夕日が沈む時なんだ。その時は、来なくていいからね。」

「なんで…?」

「君に与えたのは愛だけじゃないってこと。そのときにわかるよ。」

わかりたくない。その時が来て欲しくない。

「先生…」

「もう、先生じゃないよ。天哉でいいよ。西野さん。」

「天哉さん…?っていうか、西野さんやめてください。」

「南。」

「おおお、いきなりですね。」

「もう沈みきっちゃうね、行こっか。」

私は、自転車の後ろに乗ってさっきみたいにしがみついた。

「大好きです。」

「僕もだよ。」

自転車の風は、心地よかった。


二日後

田山くんは下の名前で呼び合う私たちを

「イチャイチャするな」と見ていた。


そして三ヶ月後。

天哉さんは、私の部屋で正座をし、真面目な顔で大地と話したいと言ってきた。

「いいですけど、大地にとっても…」

「わかってる。でも、大地くんはいつかは変わらなきゃいけない。」

「…わかりました。来てください。」

私は、大地の部屋をノックした。

「大地、ちょっと入っていい?」

「…いいよ。」

「入るね」

私は大地の部屋のドアを開けた。

すると、

「なんで…いるの…?」

大地には見えていた。

多分、ずっと天哉さんのことを考えてるからだ。

「大地くん、だよね。はじめまして。東天哉です。」

天哉さんは、大地が怖がらないように、腰を低くして歩み寄った。

「はじめまして…」

「大地くん、僕の手、握って。」

天哉さんは、大地の前に正座をした。

大地は天哉さんの手を握った。

「冷た…」

「そう。僕の手は冷たい。死んでるから。」

「そ、そ、そ、それはお、お、お、お俺が…!」

パニックになって、大地が天哉さんの手を離した。天哉さんはその手を握り、自分の、天哉さんの頬に当てた。

「大地くん、でもね、ほら。僕は心があるんだ。」

「心…?」

「天哉さん…」

天哉さんはニコッと笑った

「そう、心。僕は心臓も何もかも機能していないのかもしれないけど、誰かを愛したり、笑ったり、楽しいって思える。大地くんは今、パニック状態だけれど、お姉ちゃんを思いやる心は失ってないよね。」

「うん…。」

「大地くんは、変わらないといけないんだ。ほら、僕みたいに笑おうよ。笑っていると、きっと何かが見つかる、何かを変えられる。お母さんも、お父さんも、僕も、殺されて悔しい。でも、後悔はしてない。大地くんを、お姉ちゃんを、守れて幸せなんだ。」

「本当…?」

「本当。お姉ちゃん、あと数ヶ月しか生きられないけど、お姉ちゃんのためにも、君が笑顔にならないと。」

私は思わず泣いてしまった。

「姉ちゃん、俺、変わる。変わるよ。変われば、何かに気づくと思うんだ。」

「大地…。お姉ちゃん、大地のそばで見てる。見守ってる。」

私は大地に抱きついて泣いた。

「ちょっと姉ちゃん…」

「大地、」

「ん?」

「お母さんが、大地になんで大地って名前つけたか知ってる?」

「知らない、聞いたことない。」

私は大地の手を握り、しっかり向き合って言った。

「大地の名前は大地のように、広い心を持ってほしいっていうこと。あと、お母さん、景色が大好きなの。それでね、大地を見ると、「こんなになにもないのに綺麗だから、自分なんてなんにもなくても輝く事ができる」って思ったんだって。だから、お母さん、周りの人に勇気を、元気を与えてほしい、何もなくたっていい。自分はなにもないぞと生きてる大地のように、堂々と生きてほしいって。」

大地は、俯いて笑った。

顔をあげると、笑顔のまま泣いていた。

「姉ちゃん、俺、頑張るよ。母さんが産んでくれた命、大切にするよ。」

「そうだね、大地が頑張るなら私も頑張らなくちゃね。」

私は大地の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「やめろよ、髪ぐしゃぐしゃになる。」

大地は笑っていた

「ええー大地も髪とか気にするんだー。」

「一応?」

「へー、ならもっとぐしゃぐしゃにしてやる!」

「やめろって。 笑」

気づけば、天哉さんはいなくなっていた。

「東先生に、ありがとうございましたって伝えて。」

「うん。」

次の日から大地は、学校に通うようになった。

最初は少し辛くて怖かったらしいけれど、友達が一緒に行動してくれたらしい。

まだ中学二年生。まだこれから辛いこともあると思うけれど、幸せに生きてほしい。

次は私の番だ。死ぬのは怖いけれど、受け入れなきゃ。

学校も友達関係も恋愛も。少しずついい方向に進んでいる。

だから、あとは死だけ。自分の運命を受け入れなきゃ。

「天哉さん、あと数ヶ月って何ヶ月ですか?」

「それはわからないな。」

「私を泣かせるようなことはしないでくださいね。」

「それは…わからないな…」

先生が消える運命も受け入れなければ。

私が死ぬまで

あと八ヶ月。夏休みが終わり、もうすぐ秋が来る。

毎日見る夕暮れは、今日は曇りで見れなかった。

天哉さんとの永遠は、絶対来ない。

期待が消え、倒れることも多々ある。休む日も増えてきて、寝たきりの日も増えてきた。

確実に死へと一歩一歩近づいている。

その前に、先生に言わなくちゃ。あのことを。

言わなくちゃ。

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