【震災SS】独り【東日本大震災】

流星彗

独り

 今日は3月11日。あの日、日本を襲ったあの悲劇から、12年。俺は27になった。

 俺は今日も、帰ってくることの無い両親を、家で独り、待っている。

 俺は今日も、帰ってくることの無い両親を、瓦礫とともに、探している。


 昔から俺は悪ガキだった。ヤンキーとまではなっていないと自認しているが、とにかく我儘で独善的で、自分の捻じ曲がった正義を他人に振りかざす、嫌われ者であった。

 それは自分が悪いし、それを知った上で続けていたことだった。

 ある日は、学校で不要物を持ち込んだ生徒がいた。それを注意したら逆ギレしてきたから、学校帰りに返そうと思い取り上げた。

 校外でも、他校の生徒と大喧嘩になり、警察沙汰になったこともあった。

 トラブルを起こすたび、呼び出される母は悲しい顔をしていた。父はいつも、俺のやっていることが以下に間違っているか、長時間説き続けた。

 俺は頑固者だから、頭ではわかっていても、結局引くに引けないところまでいって、やりきるまでやめることができない。

 いつしか父は、俺を叱らなくなった。

 必要なこと以外は話してくれなくなった。

 そこで俺は初めて、自分のくだらないプライドによって、超えてはならない一線を超えてしまったことに気づいた。

 もう、父は俺をどうでもいいと思っている。期待するのをやめた。

 そう思って、自分を呪った。

 でも、それだけでは結局今までと何も変わらない。手遅れになってから後悔したところで後の祭りだ。

 そして、悲劇が起こった。

 今でも鮮明に覚えている。

 2011年3月11日、午後2時46分。

 あの日俺は、両親と言い争いをしていた。定期考査で一教科だけ点がひどかったのを見られたくなくて、ずっと隠していたのがバレて、点よりも隠していたことを叱られた。今までのこともある、絶対点をあげないとと思っていたから点を上げろって言ってほしかった。まだ俺に期待してるって示してほしかった。そんな淡い期待が裏切られたことに無性に腹が立って裏山へ逃げた。

 ちょうど中腹あたりの開けたところに来た頃、地震が起きた。

 最近地震が多くてなにもないといいなと思っていた矢先だった。

 何かに掴まらないと立ってられないような大きな地震。

 何かがおかしいと思った。何かまずいことが起こると本能が警鐘を鳴らしている。

 そして、波が引いていった。

 普段見ることのできない、沖合の海底、河口付近の川底。

 次の瞬間。

 水の壁が押し寄せた。

 海岸に近いところから順番に家々を飲み込んでいく。

 俺がいたところはそこそこ距離も高さもあったから、津波が来ることはなかった。

 だが、それなりに近いわけで。

 見覚えのある建物が、流れていくのが見えた。

 はっきりとは見えないが、おそらく、あの場所は。

 ……ぁ。

 頭が真っ白になった。

 きっと両親は優しいから、俺を探しに家の外に出たはずだ。

 家の中にいないなら、テレビもラジオも無い。

 防災無線はきっと放送されていただろうが、それはむしろ俺を探す理由になったはずだ。

 津波が引いていく。

 俺と両親の証が、消えていく。

 急いで山を駆け下りた。

 余震なんて気にならない。

 ただ、両親が心配だ。

 まずは近所の避難所を巡った。

 名前を呼んでも、姿を探しても、両親はいない。

 次に、高いところを巡った。

 俺がいた裏山、風穴の空いた学校、近所の金持ちが建てた展望台。

 両親はいない。

 低地の、津波の来なかった所を巡った。

 田畑、公園、スーパー、コンビニ。

 スーパーやコンビニでは大量の食料を貰った。

 両親はいない。

 津波で更地になった住宅街を走った。

 どこもかしこも瓦礫と船が転がっている。

 子供の泣く声と、母親、だろうか、遺体があった。

 俺は逃げたかった。でも、逃げられなかった。

 だから、泣いている子を説得し、彼女の母親に別れを告げて、一緒に避難所へ行った。

 両親はいない。どこにもいない。

 きっと明日には帰ってくるだろうと、意味のない希望を懐いて、さっきの子――名は陽凪ひなぎちゃんと言うらしい――と一緒に寝た。

 翌日、両親が返ってくることはなかった。

 ずっと拒絶していた残酷な事実を、本能が理解した。

 そして俺は地震が起きてから初めて、泣いた。

 陽凪ちゃんはきっと、俺の姿を見て気づいたのだろう。自分と同じなんだと。

 優しい言葉をかけてくれた。俺が無意識に彼女にしてあげたことを、俺にしてくれた。

 少し、救われた気がした。同時に、両親の俺への優しさを思い出した。

 俺がいい子でいて、みんなの憧れの存在になっていれば。俺が変わりに死んであげられれば。あるいは、二人は生き延びられたのだろうか。

 俺が俺として存在している限り、二人は救われないのだろうか。

 否。俺がどうであろうと、きっと変わらなかっただろう。

 二人はきっと、自分たちの命と引き換えに俺や他の人の大切な何かを守ったんだ。

 二人だけじゃない。

 礎となっていったすべての人々は皆、俺たちを守る、盾となってくれたのだ。

 そう信じて、俺は今日を生きる。彼らから受け継いだ人生を。


 あの悲劇を俺は忘れない。

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