漆野圭 5 (筋肉)
帆尊歩
第1話 笑顔の怪しげな儀式
「先輩、卒業おめでとうございます」とあたしは砂羽と声を合わせる。
「あっ、ああ、そうね、ありがとう」美咲先輩は浮かない顔であたしたちを見る。
「どうしたんですか。嬉しくないんですか」とあたし。
「私たちと離ればなれになることがそんなに悲しいんですか?」
「違うわい」と美咲先輩は砂羽の問いに即座に突っ込む。
「じゃあ、どうして」と、砂羽が意外そうに言う。
「あんたたち。あたしの素顔見たことある?」
「えっ」とあたしは言うが、確かに高校に入った時からマスクで、砂羽とは付き合いが深いから、素顔は知っているが、確かにクラスの中でも素顔を知らない子も多数いる。
まして先輩だ。
「卒業式が、マスクなしになるかもしれない。笑い方が良く分からないの」
「先輩、笑っていますよね」
「目だけでね、顔全体の笑い方が分からないのよ」
「笑顔というのは顔の三十以上ある筋肉が骨と皮に張り付き、引っ張られて作るらしいですよ」と砂羽がどこで仕入れたのか分からない知識をひけらかした。
「どうしたら良いの」
「筋トレです」と言って砂羽が立ち上がり、顔の筋肉のストレッチを始める。
「砂羽、マスク外さないと分からないよ」
「圭はなんで座ったままなのよ」
「だってわからないもん」
「非協力的だな」と言いながらも砂羽が顔のストレッチをする。
それは段々エスカレートしてきて、顔にとどまらず、体全体の変な姿と変顔のオンパレードになってゆく。
すると、段々美咲先輩の顔から、笑みがこぼれるようになっていく。
「先輩やっています?顔のストレッチですよ」
「えっ。ううん、」と先輩は仕方なく顔を動かす。
「こら、圭も」
「えっ。ああ、うん」
「はい、弱い、私の動きに合わせて」
そこには制服姿の変な女子高生が、怪しげな踊りをする姿があった。
そして先輩は大笑いをした。
「砂羽はすごい。自分の醜態で笑顔を思い出させるなんて」
「醜態って言うな!」
漆野圭 5 (筋肉) 帆尊歩 @hosonayumu
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