140kmを目指して

信仙夜祭

球速が伸びません

「うぉ~りゃ!」


 ――ズバン


「……132キロメートル、それとノーコン」


「ぐっ……」


 俺は、ピッチャー志望だ。理由は、左利きだから。

 野球だとピッチャーかライトか……、ファーストしか向いていない。

 だけどライトとファーストには、不動のレギュラーがいる。

 俺が戦力になるには、リリーフだけだと自分で結論付けた。


 人数不足で、頭数が欲しいと頼まれて入った野球部。

 いつの間にか、真剣に取り組んでいる、俺がいる。


 毎日のランニング。

 筋トレに投げ込み。

 この一年で、俺もマッチョになったが……、成果が出ない。どうしても、140キロメートルの球速が出ない。


 うちの部には、エースがいない。

 その日、一番調子のいい奴が、先発を務めるのが当たり前になっている。

 俺が唯一出れるのは、リリーフだけだと思う。一年しか練習してないんだし。


 そんな時に言われた。


「ストレッチしてるか? 体が硬いんじゃないか?」


 ふむ?

 ネットで調べる。


「なるほど、筋肉の柔軟性も必要なんだ? 関節の可動域? パワー×スピード=飛距離?」


 よく、力み過ぎと言われた。

 最大筋力だけではないのか……。

 何か掴んだ気がした。



 ――ボキボキボキ


「痛い、痛い、痛い……」


「あはは、ホント硬いね~」


 俺を野球部に誘った、幼馴染のマネージャーが、トレーニングリストを作ってくれたんだけど……、これは地獄だ。


「……楽しんでないか?」


「別に~。そんなことはないよ?」


 これは……、筋トレ以上にキツイかもしれない。

 だけど、涙を流しながら頑張る。


「ひぃひぃふう~」


「ラマーズ法?」


「う、うるせぇ……」


 ここで、マネージャーが呼ばれて行ってしまった。

 でも、俺はサボらない。頑張る……。


「絶対に140キロメートル出してやる……」


 なんか、目的が変わっている気もするけど、痛みで考えられなくなっていた。





「うぉ~りゃ!」


 ――ズバン


「……135キロメートル、それと今のはストライクかな~」


「ぐっ……」


 二ヵ月頑張ったけど、球速は変わらなかった。

 どうなってんだか……。理論通りにはいかない。ここが、俺の限界かな。


 それと、もうすぐ大会だ。俺は……ダメかな。

 そう思ったんだけど。


「俺が……、1番?」


 俺以外の全員で決めたらしい。全員が、ユニフォームを貰える人数しかいないけど、俺がエースナンバー?


「130キロメートル出せるだけで、凄いんだぜ? それに、毎日頑張っているのも皆見てたしな」


 130? そうなのか? 球速だけは、部の皆と変わらないとは思っていたけど。

 ユニフォームを見つめる。

 認めて貰えたみたいで、嬉しくて、涙が出てしまった。



 そして、大会前の最後の練習試合。

 俺は、マウンドに立った。

 なんか……、憑き物が取れた感じがする。ゾーンに入っているのかな?


「プレイボール!」


 無心で投げた。そして、スリーアウトでベンチに戻る。


「ナイスピッチ!」


 マネージャーが、声をかけてくれた。


「お、おう……」


 ここで、背中を叩かれた。


「マネージャーの前だと、硬くなんの、何とかならないのか?」


「……へっ?」


 全員が、大笑いだ。

 その後も、リラックスを心掛ける。

 筋肉を弛緩させる。

 筋肉は、力を入れるだけじゃないんだ。投球は、全身運動でありリズムも必要だ。

 力を抜く。無駄なスタミナを消費させない。集中力を上げる……。ベンチでもストレッチを続けた。



 俺は、6回まで2失点で登板を終えた。そして、試合に勝てた……。

 弱小校同士の練習試合だけど、嬉しいことには変わりない。

 初登板で、初勝利。

 充実感があった。


「おめでと~。カッコよかったよ」


「お、おう。ありがとう」


「それと、143キロメートル出てたよ。もう少し、コントロールがあれば、三振も取れたんじゃない?」


 言葉が、頭に入って来ない。

 アイシングをして貰っていて、血流の関係か、頭がボーとする。

 だけど、急がないと……。荷物を片付けて、撤収だ。


 帰りのバスは、賑やかだな。

 1本出たホームランの話を繰り返している。満塁ホームランだったのが大きい。学校として、初かもしれなとのことだ。


 ここで、マネージャーが来た。俺の隣に座る。


「ほら……。また硬くなってる。緊張しいなんだな~。だから、球速が出ないんだって。リラックス、リラックス。せっかくマッチョになったのに、筋肉が泣いてるよ」


 誰のせいだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

140kmを目指して 信仙夜祭 @tomi1070

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ