イブドア
Aiinegruth
第1話
――激突の衝撃は収まった。視界を覆う暗い肉の洞窟のなかで、
超巨大な海洋生物群の発生と地殻変動により、中四国地方がまとめて海底の仲間入りを果たしたのは、一五年前の話だ。本州最西端の兵庫と九州地方を繋ぐ海運は壊滅したが、航空機は増便され、船舶強化計画は国家主導で直ぐに進められた。アメリカから視察に来ていた女性の海洋学者が生み出した
そういうわけで、
・・・・・・
悲しいときは歌うもんだ。
本当は音楽家になりたかった。体育館よりもっと広いステージで歌いたくて、バイトで稼いだ金だけを手に、春、高校の仲間たちと東京に出た。その二週間後に中国地方が水没を始めた。プレートや岩盤を考えても有り得ない天変地異だった。二年後の夏、旧香川県沖で全長二〇メートルを超える魚が見つかったというニュースが広まったころには、その四国も北部の海岸線を残すだけになった。父と母と妹が死んだ。
バンドどころではなかった。正規のものはもちろん、生きるためにできるはずの盗みも、殺しも、あてがなかった。やっと見つけられた仕事は、ふざけた運送のそれだった。
「――っつぁ、ぷっ」
東京で一発当てるはずが、海の藻屑になった何人ものバンド仲間の扉を振り切った彼は、門司の海岸線に打ち上げられていた。体長一八メートルもあった魚は、
「おつかれさま」
血肉に塗れた服を申し訳程度に洗って届け主を探す準備を整えたところで、瑞々しい声がかけられる。流暢な日本語。背後の砂浜に立っていたのは、上半身裸で、透き通るような白い肌をさらした青年だった。背は一八〇センチある
「アダム・アーキアルマだ。荷物をそこに置いて」
鞄を指示通り海岸の岩の上に置くと、青年は一歩ずつ近づいてくる。その三歩目で、
「お前のその足を治すために、アメリカで筋肥大の研究が行われた。日本での実験中に魚種の変異個体が生まれ、海に逃げられた。そいつらは岩盤を食って巨大化し、数年かけて中四国を海に沈めた、これが聞いている話だ」
「正解。やっぱ気付いていたね。
やはりかと思った途端、波音を割る音がする。いつのまにかそこまで遠くない沖合につけていた
張り裂ける閃光と轟音。打ち上げられた直後に海に投げこんでいたから、
え? 困惑を顔に浮かべる青年の手を掴んで、駆けた。ざらざらの喉で言う。
「お前の母親は死んでるよ。
銃声が響く。一発はくれてやったが、思ったより鋼鉄の
「片足あげる、逃げて」
背負わされたのは、アダムの右の義足になっていた
かくして、寄生者は迎え入れられる。頭部に孔の開いた巨大なエイは、自分の倍――六〇メートル――ほどの大きさの船の艦橋を尾の一振りで輪切りにすると、爆発的な水飛沫を上げて海に戻った。銃撃のためにセキュリティーを落としていたのが仇になった。狙って二階の制御室にある防護隔壁装置を破壊すれば、あとは海洋生物の餌食だ。遠ざかる悲鳴。
「お兄さん、これからどうするの」
「逃げるに決まってんだろ、オレたちゃもう人殺しだぞ」
「逃げるって何処に」
「何処にでもだ。海は広いな、大きいなってな」
「えっ」
「悲しいときには歌うもんだ」
「そうなの、――うん、うん」
全ては、筋肉が電気刺激で動くところから始まった。金属の肋骨、
イブドア Aiinegruth @Aiinegruth
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