その筋肉は見えません[ノーリグレットチョイス番外編]

寺音

「持ち方にもコツがあるからね」

「あ、これ」

 地上の町を歩いていたタイクウは、思わず声を発した。

 映画館の掲示板に、人気アニメのヒーローが映っている。ヒーロースーツに赤いマントをひらめかせ、彼は町をゆく人々に作品をアピール中だ。


「最新作、今度公開されるんだって。小さい頃よく観てたよね」

「このヒーローもなげぇよな」

 横を歩くヒダカも懐かしいのか、少し穏やかな表情をしている。


 普段は気弱で目立たない青年が、ヒーローに変身し悪と戦う物語は正に王道。幼い二人は、ごっこ遊びをするくらいハマったものだ。


 ヒーローの姿が消え予告映像が流れ出す。そこに映った、地味な服装をして眼鏡をかけた青年が、変身前の主人公だ。


「しかし、眼鏡や服装で印象が変わるっつっても、あの筋肉を見たら一発で正体がバレそうだな」

「うん。まぁ、ムキムキだもんねぇ」

 目立たないという設定の彼の腕は、丸太のように太い。


「きっとあの世界の人たちは、目にフィルターがかかってるんだよ。主人公があの格好の時には、筋肉を認識できなくなってるんだよね」

「言いてぇことは、なんとなく分かるが、そろそろ行くぞ」

 珍しく同意したヒダカに促され、タイクウたちは映画館を後にした。






 カフェ&バー桜。

 彩雲へ戻った二人は、荷を届ける為この店を訪れた。

「こんにちはー! 桜さん、頼まれてたワイン買ってきたよ」

 店の奥から淡海桜おうみさくらが顔を出す。二人にとって、彼女は姉のような存在だ。


「ありがとう、助かるわ。重かったでしょ?」

「鍛えてるから大丈夫! これどこに置」

 桜はタイクウの腕から、ワインの入ったケースをひょいと受け取った。ワインボトル三十六本、約五十キログラムほどである。

 それを彼女は、軽い足取りで店の奥まで運んでいく。

 ちなみに彼女の腕はたおやかで細い。


「ヒダカ。僕の目にもフィルターがかかってるかもしれない」

「あー」

 呆然と呟くタイクウに、ヒダカは同意するような声を漏らした。

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