肌寒い先輩の部屋で、夜が明けるまで遊ぶ。(1)
先輩と出会ってしばらくたったある日。
その日も先輩と終わりの時間が同じだったので一緒に帰っていた。
「日和ちゃん、講義がなんも入ってない日って明日だっけ?」
「明日何曜日ですっけ」
「水曜日」
「じゃあ明日ですね」
「だよね。じゃあ家帰ったら泊まる準備してうち来て」
あっけらかんとした顔で唐突に言い出す先輩。
「唐突ですね。何かするんですか?」
「今日は夜が明けるまで遊び散らかします」
「散らかすのはやめてください」
「遊びます」
「よろしい」
先輩といるのも多少は慣れてきていて、こんなよくわからない会話もするようになった。
それはさておき。
「どうしたんですか突然」
「いや、私たちって、一回飲みにいったっきり特に何もしてないじゃん」
「そうですね」
「そういうことだよ」
「ふむ、では準備して行きますね」
「そういうとこ大好き」
◆
「先輩煙草吸ってました?」
「よくわかったね」
「匂いが残ってます」
「この銘柄あんま匂いしないんだけど、そんな残ってる?」
「気になるほどではないですが」
「すごい今更なこと聞いていい?」
「どうぞ」
「副流煙とか、気にならない?」
「うちの父が家でずっと吸ってたので、今更ですかね。吸わないに越したことはないんですが」
「ごめんね。ほんと今更だけど」
「いえ、気にしにないでください。私割と煙草の匂い好きなんですよね」
実際のところこの先輩は私の前で煙草を吸うことはほとんどない、というか見たことがない。
一日一本までと決めているらしく、基本毎日家に帰ってすぐ吸うようなので、当然と言えば当然だが。
「とりあえず…オセロからだよね」
先輩が今明らかに虚空からオセロ盤を取り出したことには触れないでおこう。
「先輩、私オセロ負けたことないですよ?」
「参りました」
「あははは!痛い!お腹痛い!!やめて参りましたって言うの」
「参りました…」
「しんみりしないで!あはは」
私の目にはまだ多く余白のあるオセロ盤が写っている。
もっとも、その上には先輩の黒しか乗っかっていないが。
「さっき負けたことないって言ってたのに…ふふっ」
「いや本当に負けたことはないですよ」
「えっこんな弱いのに?」
「はい。だって今初めて人とやりましたから」
「悲しい!あははは」
それで笑うのもどうなんだろう。
「あっでも私チェスなら得意ですよ」
「おー、いいねチェス、やろっか」
そう言って先輩は机の上にチェス盤を置く。
…どっから出てきてるんだ?
「ま、参りました…」
僅か四手で負けてしまった。
自分から言い出した手前とてつもなく恥ずかしい。
というか四手でチェックメイトなんてあるんだ…
「ふふん、強いでしょ」
「つよいです…」
「いやーでも初見殺し的な戦法だし、一回やったらもうほとんど通じなくなっちゃうんだけどね」
「もう二度とやりませんから関係ないですね」
「日和ちゃん顔あかーい。ふふ」
「やめてください」
「もっと赤くなった」
先輩の細い指が、チェス盤越しにほっぺたに触れる。
「ちょ、つんつんしないでください」
「肌スベスベだね。気持ちいい」
指だけだったはずなのに、いつのまにか大きな手、それも両手で顔を包まれ撫で回される。
「あう」
「なにこれ楽しいんだけど」
まずい。
これ私もかなり心地いい。
「もうおしまいです」
これ以上触れられていると自分から求めてしまいそうなので、そうなる前になんとか先輩の両手首を掴んで顔から離す。
「って、日和ちゃん?」
「お返しですよ」
せっかくなのでやる側の気持ちも理解しておくとしよう。
そんな心持ちで先輩の顔に手を伸ばす。
「んむ」
先輩は声を漏らしながら両手を床について体をこっちに寄せてくる。
身を任されているような感じがして気分がいい。
「おー…たしかに気持ちいいですね。っていうか先輩顔ちっちゃい…」
今、先輩も心地いいと感じているのだろうか。
だったら、なんか…嬉しいな。
そうして先輩の顔を手で転がすこと数分。
「あ、すみません先輩。つい触り過ぎました。疲れてません?」
「ふふふ…ん〜…」
先輩は初めて会った日の夜並みに蕩けきった顔をしながら甘い声を出している。
私はもう手を動かしてはいないのだが、先輩は自分で顔を動かして私の手に擦り付いていて、おじいちゃんの家で飼っていた犬を思い出した。
「あの、先輩?」
「…んっ?え、あ…」
珍しく先輩が焦っている。
どうやら相当心地よかったらしい。
「そんなによかったですか?ふふ、なんか可愛いですね」
「…ん、うん」
「顔もちょっと赤くなっちゃってますよ?」
「…ゆるして」
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