肌寒い帰り道、先輩の様子がおかしい。

「日和ちゃんこの世で一番可愛い人って誰か分かる?」

「え、知りませんけど…」


 先輩の発言に脈絡がないのはいつものことなので特に気にはしないが、この話題は一体なんなのだろうか。


「まあ答えは日和ちゃんなんだけど」

「えっ、はあ…いやそんなことないと思いますけど」


 何だこの人、昨日寝てないのか…?これはもはや徹夜明けのノリだろう。


「この世で二番目に可愛い人って誰か分かる?」

「知りませんけど…」

「まあ答えは私なんですけど」

「すごい自信ですね、どこから湧いてくるんですか?」


 確かに先輩が可愛いことには何の異論もないけれども。


「それはさておき」

「正気ですか先輩。今の時間返してください」

「時間…か、時間って何だと思う?」

「そんな質問されましても…」

「じゃあ無学な日和ちゃんに教えてあげよう」

「はっ倒しますよ」

「以前まで頭のいい人たちの間では『時間は絶対的なものであり他のものに左右されることはない』という説を唱える派閥と『時間は物体に対して生じる二次的なものであり絶対的なものではない』と説を唱える派閥の二つに分かれてたけれど、最近は後者の論が正しいと言われてる。」

「何ですか哲学ですか」

「私哲学科だし」

「ああそういえば…」


 普段からたいして頭を使っていなそうだったからつい忘れていた。


「失礼だよ日和ちゃん」

「エスパーなんですか?」

「私日和ちゃんのことなら何でも分かるからねぐへへへへ」

「それ気持ち悪いですよ」

「何でそんなこと言うの?私のこと好きじゃなかったの?もうなにも信じられない!!」

「怖…」


 いきなりメンヘラムーブかましてくる先輩への対処法は調べたら出てくるだろうか。

 にしても普段はここまでイカれていなかったと思うが…


「私のこと嫌いになったんでしょ!日和ちゃんとは仲良くできないって最初から思ってたんだ!」

「本気で言ってるんですか先輩」

「いや本気だったら毎日毎日帰り誘ってねーよ」

「「へへへ」」


 突然に始まった某お笑い芸人のネタにもすぐについてくる先輩、頭の回転の早さを感じる。


「何なんですかこのノリ」

「今日和ちゃんから始めなかった…?」

「私に都合の悪いことを言った人間は無事に受精卵になれたことを後悔させます」

「そこまで遡らなくてもよくない?」

「私は悲しいですよ先輩」

「まずいロックオンされた」


 やっぱ面白いなこの人。


 さっきは体調でも悪いのかと心配になったが割といつも通りなのかもしれない。


「ところでスマホって食べられるのかな」

「さては体調悪いですね?」

「快調だよ」


 じゃあもう寝てないんだろう。


「ちなみに昨日は午前四時に寝たよ」

「エスパーなんですか?」


 ちなみに天ぷらをお米に乗せてタレをかけた丼ぶり料理は

「天丼だよ」

「エスパーなんですか?」

「これが本当の天丼つってな。あはは」


 そんな会話をしている時、突然先輩の体がよろめき、私の方にもたれかかってくる。


それと同時に先輩の身体からバニラの甘い香りが漂ってくる。それは私の理性を急速に蝕んでいき、先輩への情欲が募ってくる。ああ、今すぐにでもこの体を、抱きしめてしまいたい。そう思わせるほどには——」

「勝手に私の表層心理を作り出すのはやめてください」

「正直?」

「思ってましたってなに言わせるんですか」


 本当に正直な話、掠っていただけタチが悪い。とは言えるはずもないのだが。

 …え、ほんとに心読まれたりしてないよね。ちょっと不安になって来たんだけど…


「人の心なんて読めるわけないけどね〜」

「はいはいそうですね…」


 


後日、先輩は体調不良で二日ほど寝込んでいた。





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