少し暑いゲーセンで、お金をドブに捨てる。(2)


「先輩、運命の出会いってあるんですね」

「どうしたの日和ちゃん、目がキマっちゃってるけど」


 私の視線の先には言葉では形容し難いほど可愛い犬のぬいぐるみがある。

 もはや可愛さだけで宇宙をいくつか統べてしまいそうなそれは、見た瞬間から私をつかんではなさない。


「先輩、今日はこの子を取るまでは家に帰れませんよ」

「あ〜…うん、ほどほどにね?」

「お金ならあります任せてください。まあとりあえず五百円入れましょう、一回お得になるらしいですし」


 横になり力を抜いているような姿勢の犬のお腹と地面との僅かな隙間に三本のアームを差し込む。


「おっ日和ちゃんいい位置じゃない?」


 アームは犬を引き上げ、順調に上へ上へと移動する。

 が、1番上に達したところでガクンという衝撃が生じ、ぬいぐるみはアームから落ちてしまった。


「ああ〜…もうちょっとやる気出してくださいよ何ですかこの貧弱なアームは」

「機械にやる気を求めるの酷だよ」

「私はこんなにやる気なのに。まあ気を取り直して次です」

 

 今度は仰向けになっている。

 首の付け根の部分がさっきよりも見やすくなっているので、そこを狙ってアームを操作する。


「待って!ちょっと位置ずれてない?」

「えっもうちょっと早く言ってくださいよ!」


 先輩の観察通り少し位置がずれていたようで、アームは地面を擦るだけでぬいぐるみを持ち上げることはなかった。


「ぐぬぬ…まあまだ焦る時ではありません。慎重さを欠かないことが何よりも大事なのです」

「ぐぬぬって言う人いたんだ」





 この台に張り付き始めて約三十分、私は軽く絶望を感じていた。


「日和ちゃん…」

「先輩やめてくださいそれ以上言ったら泣きますよ」

「下手くそすぎない?」

「うう…ひどい…私だって真剣にやってるのに」


 まともにぬいぐるみを掴んだのは最初の一回だけで、そのあとはほとんど犬の位置が動いていない。


「どうやったらそんな別の位置に操作できるの…?」

「仕方ないじゃないですか!このアーム私が操作やめてもちょっとの間動きやがるんですよ!?」

「いや流石に三十分あったら慣れなよ」

「うるさいですね。そんなに言うなら先輩やってみてくださいよ」

「ふふ、お姉さんに任せなさい」


 そう言うと先輩は百円玉を台に入れて、アームを操作し始める。


「ふふ。離すのが早すぎましたね先輩」

「いやいやそんなことないよ。見てなさい」


 直後、アームがぬいぐるみの首をガッチリと掴んだ。


「な…嘘でしょう…いえ、どうせまた上で落ちるに決まってます」


 そんなことを言うが、アームは犬を掴んだまま離さない。

 そのままゆらゆらと落とし口までぬいぐるみは運ばれ、あっけなく落ちてくる。


「どうよ日和ちゃん、これが私の実力よ。って、泣くほど悔しいの…?」

「は?泣いてませんけど?ぐすっ…」

「ごめんごめん。ほらこれあげるから元気出して」

「え、いいんですか!?」


 さっきまで流していた涙は嘘のように引っ込んでいき、珍しく自然に笑顔に溢れる。


「笑顔が眩しい子だねえ」

「ありがとうございます!」

「安いものですよ。っていうか百円しか使ってないし」

「ずっと大事にします!」

 

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