肌寒い帰り道で、ピアスの意味を知る。(2)

 酷い思いをした…

 対外的に何かあったわけではないのにとても恥ずかしい。

 昨日初めて会った人のことを考えていたら半日過ぎてたって…なにそれ…

 私の精神状態が気になる。


 気にしても仕方がないか、切り替えよう。


 さ、集合だと言っていた場所はこの辺だったか。

 講義室によっては既に来ていてもおかしくはないが…あ。

 夕日を受け、赤みを帯びて輝く肩下程まで伸びた長い黒髪が目に入ったので、少し足を弾ませながら近づいていく。


「先輩、お疲れ様です」

「おっ来たね、お疲れ様。それじゃ行こっか」

「はい」


 昨日の駅前のように、先に歩き始める先輩を追うように横を歩き始める。

 

 やっぱり、先輩背高いな。


「先輩って、身長どのくらいあるんですか?」

「最近は測ってないけど…たしか166とか7とかだったような」

「へー、やっぱり高いんですね。」

「日和ちゃんも割と高めじゃない?何センチ?」

「162くらいです」


 間違っても低いとは言えないが、目立つほど身長が高いわけでもないような身長だ。


「平均ってどのくらいなんだろう」

「157とかじゃないですかね?わからないですけど」

「うん、私もそんくらいだと思う。あ、私手大きいよ」

「そうなんですか?まあ身長も高いですし大きそうですね。手比べしましょうよ」


 そう言って先輩の方向に手を開く。


「いいよー」


 先輩の手の根元が私の手に触れる。少し冷たくて気持ちがいい。


「やっぱり大きい」

「手合わせなんて久しぶりにしたけど、結構違うね。一関節分くらいか」

「私身長の割には小さいんですかね」

「どうなんだろうね。でもやっぱりピアノやってる身からすると結構ありがたいよ」

「ピアノのこと全然知らないですけどそんなに大きく開くんです、ね!?」


 話していると突然先輩に手を握られ、そのせいで不自然に語尾が大きくなった。


「先輩またそういう悪戯ですか」

「違うんだよ日和ちゃん、手比べしたら握らないといけないって古事記にも…」

「そんなわけないでしょ!」

「はいごめんなさい」


 すぐに謝る先輩。


「まあいいですけど…」


 突如として大きくなった心臓の鼓動が繋がった手で伝わりそうで、先輩の手を振り払う。


 そんなことをしていると駅にたどり着いた。


「残念。私乗る前に飲み物買いたいからコンビニ寄ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 そういえば、またピアスの意味を聞きそびれていた。

 どうせすることもないし、今のうちに調べてみるか。


 スマホの液晶に指を滑らせる。


〈左耳 ピアス 意味 女性〉


 こんなので出てくるかな。


〈女性が左耳にピアスをつける場合、同性愛者というアピールになります。〉


 …なるほど。


 LGBTは理解しているつもりだ。


 別に先輩がどうだからといって私が態度を変えるつもりはない。


 しかし問題なのは、私が…いや考えないようにしよう。


 そもそも確定したわけじゃない。


 左耳だけ開けた理由だって、『試しに開けてみたら痛かったから右はやめておいた』なんて可能性もある。

 

 まあ、なるようになるだろう。


「お待たせ〜。なんかいいことでもあった?」

「へ?特に何も…どうしてです?」

「いやなんか笑顔だから」

「気のせいじゃないですか?ほら、行きましょう」

「はーい。渚ちゃんは電車どっちの方向?」

「先輩と同じですよ。駅は、たぶん先輩の二つ前です」

「あ、そうなんだ。割と近いね」

「ふふ、そうですね」

「…やっぱなんか機嫌いい?」


 先輩と歩く帰り道は、いつもの帰り道よりも暖かい気がした。

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