肌寒い先輩の部屋で、煙草の匂いに咽せる。(4)
「すっご…!」
私の家は庶民なので、お高いタワマンなんてもちろん初めて入る。
連れられるがままにリビングに入ったのだが、これがまあ広い。
何畳くらいあるんだか。
これで最上階じゃないというんだから驚く限りだ。
「じゃー私お風呂入ってくるからー。ゆっくりしててー」
「あ、はい!気をつけてくださいね」
「はーい」
先ほどよりも舌がしっかり回っていた気がする。
家の中だとリラックスできて少し改善されたんだろう。
いや、にしても部屋がすごい。
特に目につくのはほとんどガラス張りの壁だ。
都心部に建っているこのマンションで五十階ともなれば、街の光がとても美しく見える。
見渡す限りコンクリートの建物で、街ってこんなに広かったんだと感じさせる。
…数分の間、ぼーっと夜景を眺めていた。
ゆっくりしてて、とのことだが…まあソファにでも座っておこう。
わっ、柔らかい。
やはりソファですら格が違う…
そんなことを考えながらふと左の壁の時計を見てみると、短い針は11を指している。
ああ、もうこんな時間か。
今日は濃い1日で、普段より疲れが溜まっている気がする。
少し目を閉じて休むかな。
階層のせいか、季節のせいか、はたまた少し残る煙草の匂いのせいかわからないが肌寒いのがネックではあるが。
「ん…?」
目を開ける。
嫌な予感がして、すぐに時計を見る。
『12:30』
「あちゃー…」
介抱していたはずなのに迷惑をかける羽目になっているではないか。
少し情けなさを感じながらも部屋を見渡す。
先輩はいない。
流石にもう眠ってしまったか?
起こすのも忍びないが、そうしないとここで夜を越さなければならなくなる。
なんの断りもなくここで寝るか、起こして出ていくか…
悩んでいると、カチャと音を立ててドアが開く。
「あ、起きた?おはよ」
「おはようございます?まだ起きてたんですねって、なんて格好してるんですか!!」
ドアの方向を見て返事をすると、そこには下着姿で煙草の吸殻を手に持っている先輩の姿があった。
「え?ああごめん普段からこれだから無意識に…まあ気にしないで」
「近づいて来ないでください!」
上下真っ黒で細かい刺繍が入った下着は先輩の美貌と抜群のプロポーションを引き立てており、一言で言うなら非常に煽情的だ。
「えっなんで…あ煙草苦手?」
「そこじゃないですよ…!」
うわ肌が綺麗、きめ細かい…
どうしよう、先輩の身体から目が離せない自分がいる。
「もしかして、私の身体見て恥ずかしがってる?」
「そうに決まってるでしょ!」
頭に血が上っていって、言葉を選ぶ余裕もなくなる。
「ふーん…」
先輩はそんな私を見てニヤリと口角をあげ、下から覗き込むように私に近づく。
「日和ちゃん、顔真っ赤」
囁くようなその喋り方と、意識したくないその内容に、私は上擦った声を上げてしまう。
「なっ…!」
胸のそばに腕を添え、手を揃えて体を支えているその体制は、先輩の女性らしさを全面に押し出している。
小悪魔のような表情も、私の焦燥と興奮を掻き立てる要因になって、言葉も出ない。
先輩の顔が近づいてくればくるほど、私の頭も機能を失っていっている気がして、少し恐怖すら覚える。
そして、視界が先輩の整った顔で埋め尽くされる。
先輩の瞳に映る私は口をポカンと開いて眉を垂れさせ、なんとも情けない表情だ。
忙しなく働く自分の思考との乖離に驚く。
すると、先輩の艶をもつ唇が動いた。
「可愛い」
もしこれがアニメのワンシーンであれば、きっと私はボフッと音を立てて一層顔を赤く染めているのだろう。
「なんですかとつぜ…ごほっ、ごほっ!」
ああどうしよう、焦りすぎて咽せてしまった。
とにかく距離を取ろう、まずはそこからだ。
これ以上何かされたらたまったものではない。
「ちょっと、大丈夫?」
「誰のせいだと…!こほっ」
「いやーごめんごめん、からかいすぎちゃった?まさか咽せるほど焦るとは」
「違いますから!先輩がの煙草の匂いで咽せたんです!!吸った直後でしょ絶対!」
「ええ?ほんとー?」
「ほんとです!!」
「あはは、なんか面白い」
「むう…」
なんというか、手玉に取られた感じがして恥ずかしい。あとちょっと悔しい。
「ま、今日はもう遅いし泊まって行きなよ。私のベッド使っていいからさ」
「こんな時間に帰るのもなんなので泊まらせてもらえるのはありがたいですが、家主を差し置いてベッドを使うのは気が引けます…」
「気にしないで。元はと言えば私が酔い過ぎちゃったのが原因だから」
「あー…まあ確かに」
「それとも一緒に寝たい?歓迎だけど」
「嫌です」
「振られちゃった。いいじゃん女同士なんだし。」
「でもなんか嫌です!」
「わかったわかった。お風呂入っていいよ」
「ありがとうございます…」
さっきの先輩の行動のせいで、意識しちゃいそうだからとは言えるわけもなかった。
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