第6話 秘密基地
行動は早い方がいい。失敗しても軌道修正ができるから。だから俺は多倉を連れて図書室にやってきた。そこの自習室にはいつも近嵐がいる。
「近嵐」
俺が自習中の近嵐に後ろから声をかけると、彼女はびくっと体を震わせてからすぐにこちらに振り向いた。俺の姿を見てひどく驚いている。
「え?うそ?あなたから私のところに来てくれたの?」
「騒ぐな。ここは自習室だ。外に出ろ。話がある」
「え、ええ!わかったわ」
近嵐は俺の指示通り荷物をまとめて図書室の外に出た。廊下の端に行き、そこで近嵐と俺は向かい合う。向こうは頬を赤らめながらそわそわしているが、俺はこいつの姿を視界に収めてからずっと胸がムカムカして喉がカラカラになりそうなくらい調子が悪い。
「あの…。私に話に来たのよね?だけどその隣の子はいったい何なの?」
最初に声を出したのは近嵐の方だった。俺の隣にいる多倉のことを怪訝そうな目で見ている。
「もしかしてセフレ?」
「なんでセフレ?!せめてこういう時は彼女って言わない?!あたしはそんなビッチじゃないよぅ!!」
多倉のツッコミはもっともだけど、今はどうでもいい。
「俺と多倉の関係はどうでもいい。お前には関係ない。それよりもだ。多倉の友人の友人がお前を紹介して欲しいらしい。適当でいいからデートしてこい」
「ええ?!アヤトの頼み方がすごく雑だ!?」
近嵐は俺の言葉を聞いて、途端に不機嫌そうな顔になった。
「なんで私がそんなことしなきゃいけないの?」
「はあ?お前俺にしこたま迷惑かけたよね?多少の罪滅ぼしくらいしてくれないかな?」
「私は迷惑なんてかけてない」
「ざけんな。めちゃめちゃかけてるわ」
「そもそも他の男とデートして罪滅ぼしになる理屈がわからないわ。意味がないでしょう」
「その意味を決めるのはお前じゃなくて俺なんだよ。いいからとっとデートしてこい」
「それにそのデートの話って、そこのギャルビッチちゃんがあなたに頼んだのかしら?なんでその女の頼み事は聞くの?私の頼みは聞いてくれないくせに?」
「お前のは頼み事じゃなくて脅迫の類だよ。いいからやれ」
「いやよ」
「やれ」
「いや」
「や…」
「ちょっとストップストップ!!」
俺と近嵐の押し問答に多倉が割り込んできた。
「ちょっと二人ともヒートアップしすぎ!喧嘩はダメだよ!」
「「喧嘩なんかしてない」」
「息がぴったりだ?!えーっとさ。二人に何があったのかわかんないんだけど。ちょっと良くないよこういうの。アヤトの頼み方も雑だし、近嵐さんも自分のしたい話以外聞く気ない感じだよね?少しは落ち着いて話せないかな?」
ちょっと驚いた。多倉は俺が思っている以上に大人らしい。俺たちの感情的諍いに飲まれないようにふるまっている。
「……近嵐。とりあえずお前にもメリットは持ってきた。これだ」
俺はUSBメモリを近嵐に見せる。
「それがなに?…まさか?!」
「お前の大好きな作品様の設定資料と作者自らが書き起こしたへたくそなキャライラストも入ってる。価値はわかるだろう?」
「む!う”う”…それと引き換えにデートしろと言うことね…別に付き合わなくてもいいのよね?」
「そこらへんは好きにしろ」
近嵐が相手と付き合おうがオフパコしようがどうでもいい。
「ん”ん”んんん!!」
近嵐が両手を組んで唸っている。なにか葛藤しているらしい。
「多倉。俺が切れるカードはもう切った。あとはお前が説得しろ」
「う、うん。わかった。あの近嵐さん。デートに抵抗があるのはなんとなくわかるよ。だからこうしない?あたしとその友達でみんなで行く合コンみたいな感じにするの。そこで気が合わないなって思ったら別に付き合わなくてもいいし、あたしがちゃんとフェードアウトさせるからさ」
多倉の申し出に近嵐は何か考え込むような様子を見せた。
「わかったわ。その申し出受けるわ。ただし条件があるわ。あなたもついてきなさい」
近嵐は俺をまっすぐ見詰めながらそう言った。俺はぜったいにすごく嫌そうな顔になっていたに違いない。だけど多倉もまた俺に圧力をかけるかのようにじーっと見つめてきた。
「っち!わかったよ!行けばいいんだろう行けば!」
「ちゃんと髪型も整えて、メガネも外しなさいね」
これに乗じて条件を追加してくる近嵐がくそウザい。
「いちいち注文が多いんだよお前はよう!!…はぁ…」
だがこれで話はまとまった。多倉は安心そうにしているし、俺からUSBを奪った近嵐はすごくキモい蕩けた笑みを浮かべている。当日がどうなるかは知らんが、多倉との約束は果たすことが出来た。あとはこちらが多倉の才能を回収する番だ。
近嵐との話し合いが終わった後、俺は多倉と一緒に下校した。俺たちの学校の最寄り駅は高円寺である。駅の周りには服屋が数多く並び、若者で活気に満ちている。
「アヤトの家ってどっちの方なの?あたしの家って三鷹の方なんだけど」
「俺はここら辺に住んでる」
「へぇそうなんだ。ここら辺って服屋さんとか沢山あるからいいよね。歩いてて全然飽きなくて好き」
「そりゃよかったよ」
そして駅に着いた。
「今日は本当にありがとうね!今度の合コンデート頑張ろうね!じゃまた…」
「何帰ろうとしてんだお前は?」
「え?だってここ駅だし」
「帰る前にお前は俺に借りを返してくれよ。言ったよな?才能を捧げてもらうってな」
「え?うん。それは言ったけど。それってどうすればいいの?わかってると思うけどあたし全然絵上手じゃないよ」
「それはわかってる。だけど現時点の能力はどうでもいい。俺はお前の才能を買っているんだ。着いてこい。お前に見せたいものがある」
俺は歩き出す。多倉も怪訝そうな顔だが俺のあとをついてくる。そして駅のすぐ目の前のビルに俺は入る。綺麗な外装のオフィスビル。エントランスには受付所もちゃんとある。
「ねぇアヤト。こういうビルって勝手に入っちゃまずいんじゃないかな?」
「勝手じゃないから大丈夫」
受付嬢は俺のことを見て、恭しく頭を下げてきた。その横を通って俺と多倉はエレベーターに乗る。緊張しているのか多倉はバックをぎゅっと握っている。そしてエレベーターは10階についた。エレベーターを出ると目の前にはオフィスの入り口がある。だけど表札は出ていない。ここは空のオフィスだ。俺はカードキーを取り出して、ドアを開ける。
「ええ?!なに?!どういうこと?!」
ドアを開けた俺に多倉はとても驚いていた。オロオロとしている様子に少し年相応の可愛らしさを感じた。そして俺と多倉は一緒にオフィスの中に入った。
「うわ…広い…でも何にもないね…」
「何もないわけじゃないぞ。ほら」
俺が指さすオフィスの端っこには畳が2畳敷いてあり、その上にちゃぶ台が置かれていた。ちゃぶ台の隣には寝袋と服の詰まったリュックが置いてある。
「何あのスペース?!え?まさかあそこでアヤト、生活してるの?!」
「おう。ここが俺の今の家だ」
「ええ…?!どこから突っ込めばいいのかわかんないよぅ!!!」
まあこんなところで生活している奴なんて普通はいないんだよね。だけど俺は二年になってから実家を出てここで暮らしている。
「まあ座ってよ。これからのことを説明するからさ」
「え?あ、うん。お邪魔します…」
多倉はローファーを脱いで、畳の上に女の子座りした。俺はちゃぶ台を挟んで多倉の目の前に座る。
「では本題に入る」
「ん?んんん?むしろの本題よりもどうしてここで暮らしているかの方がすごく気になるんだけど…?」
「その質問に答える気はない。お前はこれから放課後、ここで俺の指導下で絵の練習をしてもらうことに決めた」
「え?ここで?絵の練習?教えてくれるってこと?」
「そうだよ。俺がみっちり教える。画材の類もちゃんとこちらですべて用意する。お前は金を出す必要はない。ただただその才能を磨くことだけを考えろ」
「あの教えてくれるのは嬉しいんだけど、学校の教室とかじゃダメなの?」
「周りがうるさいからヤダ。それに油絵とか水彩画とかにもチャレンジしてもらうから、学校だとちょっと不都合なんだよ。俺としては静かなところで教えたい」
「すごく本格的に教えてくれるんだね…でもなんでそこまでしてくれるの?もしかして…アヤトはあたしのこと」
頬をちょっと赤く染めて打つむ多倉は可愛いと思える。だけどそんなことはちっとも考えてないのよ。
「お前の体やお前との恋なら、そんなものは全く求めてない。言っただろう。俺が求めているのはお前の才能だ」
俺は一冊の本をちゃぶ台の上に置く。最近売れているラノベだ。可愛い女の子と冴えない男の子が表紙には描かれている。
「これってオタクの子が読んでる小説だよね?」
「そうだよ。俺の目的はお前の俺が書いたラノベの挿絵を描いてもらうことだ」
「アヤトって小説書いてるの?」
「まあな。だけどこの先俺の小説を世に売り出していくには魅力的な挿絵が必要だ。俺はお前の才能ならば俺の小説に素晴らしい挿絵をつけてくれると確信している。だからお前に絵を教える。俺はお前の才能が必要なんだよ」
俺の言葉に多倉はなんとも微妙そうな笑みを浮かべている。
「あ、本当に才能だけ見込まれてるんだね…あはは」
どこか意気消沈しいるように見える。さらに条件を釣りあげてやった方が良さそうだな。
「今後俺の指導にもおさまらなくなったら美術予備校に俺が学費を出して通わせてやる。美大に進学するなら学費生活費も負担してやろう。条件としては悪くないと思うが?」
「え?!いや!その!そこまでしてもらわなくてもいいって!絵を教えてくれるだけで十分だよ!うん!あたしさ、本当に嬉しかったんだ。絵を描いて、親も褒めてくれなくて、下手なままで、だけどアヤトが才能を認めてくれたの。本当に嬉しかった。だからいいよ。絵をあたしに教えてください。上手くなれたら、あなたの小説の挿絵頑張って書くよ」
「そっか、うん。ありがとう」
多倉は俺の提案に乗っかってくれた。やっと俺の計画はこれで重要な歯車を得たことで動き始める。必ずあいつを超える作品を創ってみせる。そう決意を新たにしたのだった。
ネット小説家の俺を推しているかわいいあの子がとても愛おしくて、なにより■■いラブコメ 園業公起 @muteki_succubus
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