第5話 才能は探すものではなく、花開かせるもの

 最近の俺はひどく焦っている。近嵐の本のアニメのPVを見たときにそれを自覚した。自分より後に初めて自分ができない書籍化を軽々と達成しさらにはアニメ化まで果たしてしまった。そんな女が俺の作品を偏愛していた。それが酷くフラッシュバックする。頓服の安定剤を飲んで気持ちを落ち着かせないと、まともに思考ができないくらいに心がぐちゃぐちゃになる。


「高ポイントの作品は新作ガチャとリセマラで生み出せなくはない。だけどそれが次に続くことはない」


 たとえ高ポイントを取ったとしても、書籍化されるには出版社の目に留まる必要がある。


「だけどそれじゃだめなんだ。待ってたら永遠に向こうからオファーが来ることはない」


 自分よりもポイントやPVで劣る作品が何度も書籍化を果たした俺だから断言するが、ある程度以上のポイントにおける書籍化はもはや運の世界だ。だけど書籍化作家たちはたいていの場合、SNSで俺には実力があったと謙虚ぶって遠回しに嘯くので、人々は勘違いする。


「文章そのもののヒットは運。それは動かない事実だ。だから必要なんだ。文章以外の力が…」


 母の遺産があるからインフルエンサーを雇って俺の作品を広めてもらうという方法も考えたが、それは文章書きとして許容できないプライドの外側にある方法論だった。俺は正攻法。あくまでもエンタメの中で攻めていきたい。じゃなきゃ俺の心はみたされないのだから。










 だけど絵師は見つからない。いろんなサイトを回ってるけど、どうにもぴんと来ない人ばかりだ。


「挿絵は絶対に必要だ。だけど俺自身で書くのも違う…。マジでままならない…」


「だよねー。ホントこの世界ってままらないよねー」


「はぁ?なに?」


 休み時間の教室、俺の席の前に多倉が座っていた。いつもは緩い笑みを浮かべているのに、今日はどこか困ったような笑みを浮かべていた。


「ねぇねぇ。アヤト。助けてくれない?」


「いきなり何さ?」


「実はさぁ…頑張って断ったんだ近嵐さんの話を。だけどさ…その…トオルがさぁ」


「如月亨くぅんがどうしたの?」


「メッチャやる気になっちゃってさぁ。近嵐さんとの紹介イベントは俺がまとめてやるよ!って張り切っちゃって」


 それ上手くいくんですか?ホントカースト高くなると意味もなく自信が溢れてくるから羨ましいね。


「トオルって去年、近嵐さんにコクってフラれてるし、友情に熱いから他の人の近嵐さんへの恋は叶えてやりたいんだって」


「へぇ。そっ。じゃあトオルくぅんに任せりゃいいじゃん」


「だから助けてほしいんだって!トオルはもうこの間wデート的な感じで誘って断れてるんだよぅ!」


「じゃあもう諦めろよ」


「でもトオルがやれって頼んでくるから…断れなくて…」


 断る勇気はどこ行ったんですかね?まあほとんど他人の頼みならともかく同じクラスのカーストトップ男子の頼みを断るのは女子には難しいのかもしれない。


「お願い!近嵐さんのマッチングデートをお願いして!一回デートするだけでいいから!そのあとはその気にならなかったとかあたしが言ってフェードアウトさせるから」


「近嵐はどうでもいいよ。俺に近嵐に頼みごとさせるってのがそもそもノーなんだよ」


「うーん。そこはわかるんだけどね。なんとかならないかなぁ?もし紹介デートを頼んでくれたら、かわりにあたしがアヤトの恋愛に協力するよ!!」


「お前は何を言ってるの?」


「だってアヤトって近嵐さんが好きなんじゃないの?だから紹介しぶってるんでしょ?」


「はぁ…男女になにかあれば恋愛だと思ってるやつはこれだから…」


 ため息が止まらない。やるせなさが半端ない。近嵐には近づきたくない。あいつのことを考えるだけで、ストレスで胸が締め付けられるような不快感が襲うのだ。


「お願い!あたしを助けて」


 両手を立てに重ねて俺にお願いをしてくる。だけど多倉は笑みを浮かべている。ああ、こういう顔が嫌なのだ。女のこういう男なんて何とかなる。できるって考えているような笑みが。依存的なくせに支配的な強欲の笑み。何の責任性もないおねだりの悪魔。酷く不快だった。その顔は俺に母の面影を思い出させる。


「断る」


「あたし、なんでもするから!」


「そう言って何でもした女なんてこの世のどこにいるっていうんだよ!あっ!!」


 俺は思い切り机を叩いた。ばんと教室いっぱい音が響いた。多倉は顔を引きつらせている。クラス中の視線が俺に集まっていた。


「あの。そんなに怒んなくても…」


「黙れブス!おねだりに見返りもなければ尊敬もないのがお前ら女という生き物だ!冗談じゃない!!お前のために心を砕いてやるほど俺は優しくはないし理解もないんだよ!!」


 怒鳴り声が響く。俺は心の底から爆発していた。多倉には悪いけど、死んでくれたはずの母の顔が思い出されて深い極まりなかった。あの女もそうだった。俺に頼みごとをするくせに、あとで掌を返して、あれは俺の意思でやったことだと嘯く。心変わりなんてもんじゃない卑しさの発露。母に頼まれて嫌なことをなんでもやった。だけどそれは全部母の心変わりですべて俺の自発的な奉仕に書き換えられた。酷いよ母さん。俺はやりたくないってずっと思ってたのに…。


「おいてめぇなにミキに怒鳴ってんだよ!!」


 クラスの一軍男子の一人に、俺は胸倉をつかまれて強制的に立ち上がらされた。


「お前みたいなくそカス陰キャに優しく話しかけてやってるミキに怒鳴るとかマジで何様のつもりだよ!」


「俺はやりたくないっていったのに、やれっていうからやりたくないって言ったんだ。あとからどうせ心変わりする。いやだいやだいやだ。僕はやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない」


 俺を掴んでいる男子は気味悪がっている。ひどい。みんなそうなんだ。誰も俺のことを信じてくれなかった。母さんが泣いたらみんな母さんのことを信じて俺が悪いって。


「キョいんだよ!」


 男子は俺を殴ろうとした。でも痛いのは嫌だから。俺は彼の振りかぶった手を止めた。


「え?ぐう!手が進まねぇ?!」


「俺からじゃないから、君が悪いんだ」


 俺はそのまま手を引っ張って男子の姿勢を崩した後、彼の腕に関節技を極める。


「いだぃ!いだい!痛いぃ!やめてくれ!おねがい!やめて!」


「よかったね。痛いって言ってやめてもらえるのは幸せだよ」


 俺は手を放してやる。男子はすぐに後ずさりして俺から離れていく。


「多倉。俺の視界から今すぐに消えろ」


「え?で、でも」


「ちっ!じゃあ俺が消えてやるよ。どいつもこいつも鬱陶しい!」


 俺はすぐに教室を出た。授業はもうさぼることにした。
















 保健室のベットで俺は放課後まで眠り続けていた。そしてもう家に帰ろと思ったときに、俺は教室から出てくる時にバックを置いてきたことに気がついた。仕方なく教室に戻ると、俺の席の前に多倉が一人で座っていた。教室にはもう誰も残っていないのに。彼女は机にノートを広げてシャーペンで何かを書いていたい。すごく集中しているようで、俺が入ってきたことに気づいていないようだった。少し興味をひかれた。普段ぽわぽわしている多倉が集中して取り組む何かに。俺はそっと近づいて、後ろから彼女のノートを覗き込んだ。


「…あれ?ちょっとかっこよすぎかな?こうかな?でもちがうなぁ?んー?なんで透明にならないんだろう?あれー?」


 彼女がしていたのは、絵を描くことだった。彼女は目の前に置いたペットボトルのミネラルウォーターをシャーペンで書いていた。俺はそれを見たときに心を奪われた。絵ではない。それに集中する多倉の横顔にだ。真剣なまなざしで何かに取り組むそのひたむきな美しさ。それを俺は尊いと思った。絵の方には特に何かを覚えることはなかった。形をとるのはすごくうまいけど、質感を表現することが出来ていなかったのだ。


「ちょっといいか?」


「うわっ?!え?アヤト?!いつの間に?!あっ!これはだめ!」


 多倉はノートに覆いかぶさって絵を隠してしまう。俺は多倉の両脇に手を差し込んで彼女の体を持ち上げて、ノートを奪った。


「ちょっと!返してよ!!」


 俺は多倉の抗議を無視して、さっきまで書いていた絵を眺める。形をとるのは抜群にうまい。シャーペンだけでここまできれいにとれるのは本当にすごい。問題は質感と影だ。多倉はペットボトルの中にある水を塗りつぶしで頑張って表現しようとしていた。俺はバックから消しゴムを取り出して、その塗りつぶしの一部を消す。


「ひどい!頑張って書いたのに消すなんてあんまりだよ!!」


 その言葉は妥当だともう。だけど、俺は消しゴムを入れた絵を多倉に見せつける。


「お前の絵には影の違いがない。全部単純な塗りつぶしで出来てた。ペットボトルの水も反射する光には濃淡があるんだ。だから余計なところはこうやってそぎ落とすんだ。そうすればお前の欲しがってた透明感とめいかんが出る」


「え?うそ!ほんとだ!!すごい!!」


 俺が消しゴムを入れて塗りつぶしの一部を消したから、ペットボトルの水に透明感が現れていた。絵にはちゃんと技法がある。多倉にはどうやらその知識がないらしい。


「もしかしてアヤトって絵が出来るの?!すごい!」


「いや俺は教養としてみにつけてるだけ。むしろ聞きたいんだけど、お前絵が趣味なの?」


「えーっと、趣味っていうか。ちょっと最近…ううん。ずっと昔からやってみたくて、でもやれなくて…その…お試しにシャーペンとノートだけでとりあえず初めてみたんだけど…全然上手にならなくて…あはは…」


 多倉は恥ずかしそうに説明した。上手くないと本人は言っているが、それは謙遜を通り越してバカにされているようにさえ感じた。なにせこの子の絵のパースは完璧だった。フリーハンドで書いたであろうに曲線なんかも実に見事に書けていた。間違いなく絵の才能がある。


「あれ…。ていうか…」


 俺はその時あることを思いついた。


「あー。あたしがここにいる理由。一応バックまだあるし、アヤトに帰る前に話しておきたくて…さっきはごめんね。無理強いしちゃった。あたしも悪乗りしてた。アヤトならやってくれるって確かに舐めてたんだと思う。本当にごめんね」


 綺麗に頭を下げてくる。だけどそんなことはどうでもよかった。それよりもだ。それよりも。


「…なあ…もしお前のお願いを叶えたら、それなりにお返しをしてくれるんだよな?」


「え?う、うん。できることならするけど、でも無理にしなくてもいいんだよ?近嵐さんのことはあたしだけで何とかするから」


「いや。気が変わった。いいよ。近嵐とつないでやる。ただし条件がある」


「条件?」


「お前の絵の才能を俺に捧げろ」


「ふぇ?!ええ?ええええええええ!!!?」


 見つけた俺の小説を盛り上げてくれる絵師を。すぐ近くにいたのだ。俺はこの子の才能を絶対に開花させる。そしてその花を俺の小説に添えてみせよう。必ず。




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