カタイカタ
紫陽_凛
肩口の口
センパイ。怖い話集めてるって言ってましたよね。持ってきましたよ、それっぽい話。
これは遠い知り合いが経験した話なんですけど。まあほとんど他人ですよね。
その人、カナちゃんっていうんですけど、あたしくらいの女のひとで。マッサージ師で。
マッサージのお店ていっても、いろんな店があるわけですよね。チェーンとか個人経営とか。でもその街にはマッサージ店は一件しかないんです。チェーンの、ごく普通の、一時間でいくらとりますって看板に書いてあるような、普通のとこですよ。
でも、へんだったんですって。
どうやらカナちゃんは、視えるほうの人だったらしいんです。まあ、本人は「それ」を目の当たりにするまで自分でも気づかなかったらしいんです。なんて言ってもそのマッサージ店が……。
ちょっと、あんまり急かさないでくださいよ。先輩。話には順序があるんです。
ともあれそのチェーンのマッサージ店はごく普通に営業をしていて、カナちゃんもそこで働いていたんですけど、くるお客さんがみんな「肩が異様に固い」んです。「首ちゃんと回りますか?」って聞きたくなるくらい固いんだそうです。主婦の人も、工事の人も、事務の人も、みんな揃って石のような肩をしている。
カナちゃんはそんな人たちを相手にしていて、何となく違和感を感じ取っていたようなんですね。なんか変だなと。何が変なのかわからないけど、これは何か、おかしいと。カナちゃんはそれを紛らすように、お客さんに話しかけました。
「肩がすごい凝ってますね」
「そうなのよ」
首回りますか?って、いつもの流れで聞こうとしたとき、視ちゃったそうなんです。お客さんが、服の下に手を滑らして自分でそこを揉んだ時――
肩口に、口が。
歯を剥いて、にっこり笑ってる口があったんですって。
唇があって、黄ばんだ歯があって、それが笑っていたんですって。「にや」って。
カナちゃんぎょっとして、しばらく動けなくて、でも時間まではお客さんだから、しっかりマッサージしなくちゃって頑張ったらしいんですけど。でも、もう見ちゃったから、わかるんですよね、この固さは筋肉のそれじゃなくて、異形の歯の部分だって。揉んでるこれは、なにものかの歯なんだって。
その主婦のお客さんだけでは終わらず、カナちゃんの前にはたびたびあの唇が現れてにやって笑いました。ときおり、唇はいたずらするかのようにかちんかちんと歯を鳴らすんだそうです。カナちゃんの親指は何回か噛まれそうになりました。
カナちゃんはやっぱり仕事だから――できるだけ見ないように見ないようにと頑張ったそうなんです。でもある日――。
店長が両手の親指を同時に骨折しました。店のみんなは「なんでそんなことに」と笑ったし、店長も「お客さんの肩が固いからね」と笑ってたそうなんですけど、カナちゃんだけは違いました。もう我慢できなくって、店を逃げるようにやめて、今はコンビニでアルバイトしてるって。
で、そのマッサージ店なんですけど、カナちゃんがやめてすぐつぶれました。テナント募集しても、どうしても、なにやってもお店が入らなくて、今は更地です。……別に、取り壊したからと言って何かが出てきたりとかはしていませんよ。だから変な話なんです。何のゆえんもなく、こんなことがおこるから怖いんですよ。違いますか?
肩に口、なんだったんでしょうね?
カナちゃんですか?……やっぱり今も、へんな現象に悩んでるみたいですよ。
カタイカタ 紫陽_凛 @syw_rin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます