風来彷――筋肉に取り憑かれて――
如月風斗
第5件
俺は自分に合った仕事を求めて日々様々な職を彷徨っている。それでも未だに俺にあった仕事を見つけることは出来ていない。
今日からジムでバイトをすることになった。24時間営業をうたう最近話題のジムだ。
平日の昼にも関わらず、ジムには年齢を問わず広い年代の客がいた。
「今日からお願いします。勤務後には自由に使えますから、是非体、鍛えていってくださいね!!」
「はっ、はい」
いわゆる体育会系の、ジムのオーナーである金田さんは白い歯を見せて笑う。自身も鍛えているらしく、締まった体が特徴的だ。
俺は受付であるから別に体を鍛える必要はないのでは、と思ったがジム内はそんな言葉など通用しなさそうだ。
先輩バイトの松木くんは常連客と食事管理について熱く語り合っている。その客もだいぶ体に気遣っているらしく、年齢の割には若々しかった。
「そういえば、最近良いプロテインを見つけたんですよ。松木くんもどうぞ」
「えっ、いいんですか。これは初めてですよ」
俺にはプロテインの違いなど分からないから、どのパッケージも同じように見えるが。どうやら業界内ではレアらしい。
その客は毎日来ているらしいが、仕事は何をしているのだろう。まあ最近はテレワークもあるし、案外珍しい事では無いのだろう。実際ジムはどの時間も賑わっていた。
「一緒にトレーニングしません?」
「いや、僕はそういうのは」
そう言うと、松木くんは笑って言う。
「いやいや、そんな本格的に始めなくてもいいんですよ。軽くでもいい運動になりますから」
「そうですか」
言われるままにトレーニングを始めてみたが、早速翌日には筋肉痛に見舞われてしまった。やはり俺には合わないらしい。こんな事を毎日続けていてはおかしくなるだろう。
「そういえばあのプロテインどうでした?」
「結構良いですよ。お陰様で調子も抜群で」
「いやぁ、良かったです」
あの常連客は再び松木くんや金田さんらに新しいプロテインを勧めていた。俺も一様飲んではみたものの、そこら辺のジュースと全く区別がつかなかった。やはり俺には向いていないらしい。
それから2日ほど経っただろうか。朝、中に入るとジム内は何故か騒然としていた。また面倒なことに巻き込まれそうな予感がして足が重くなる。
「どうしたんですか」
「最近このジムに通う人たちが急に増量してクレームが来てるんです」
「えっ?」
こういう鍛えてる人は筋肉で増量することは別に良いことなのでは無いのか。まあ、俺も詳しい訳では無いからなんとも言えないが。
「結果が出なかったら返金してもらえるんですよね」
「何なんだよ!」
「いっ、いえあのう……」
どうやら筋肉が増えての増量ではなく、ただただ体脂肪がついてしまったらしい。松木くんは大勢に詰め寄られ動揺している。それにしても、通う人の皆がそうなるとは明らかにおかしい。
その混乱の中、例の常連客がジムに入ってきた。
「みっ、皆さんどうしたんですか」
「それが――」
松木くんが経緯を話すと、常連客は意外にもあっさりな反応で、すぐにトレーニングへと向かった。この客は大丈夫であったのか。まあ、俺には関係ないが。
この日から急激に客足が引いてしまった。客が大勢いたジム内も、すっかり寂れて静かになってしまった。まばらにウォーキングをしている姿が目に入る。その中には例の常連客もいた。
バイトが終わり家に帰る途中、ふと小さな看板が目に入った。『24時間ジム会員募集中』とシンプルに書かれている。古びた見た目の割には繁盛しており、ガラスの向こう側でトレーニングをしている人が多くいた。
その中に、見覚えのある姿があった。例の常連客だ。しかも名前の入ったバッチのような物が胸で光っている。どうやらここの店員らしい。
うちとは違って繁盛してるな……。うちとは……まさか、あの常連客がうちを潰すために? いや、考え過ぎだろう。大体ジムの客全員の体重を増やすなど普通はできまい。だが、俺には一つ心当たりがあった。あのプロテインだ。だが、やはり俺にはどうすることも出来ない。
翌日もジムにあの常連客はやってきた。
「お客さん少ないですね。寂しいな」
「本当にその通りです。でも僕らには来てくださっている人に全力でサービスを届ける、ただそれだけですから」
金田さんはそう気まずそうに言う。松木くんはそんなオーナーの言葉に大きく頷いた。
少人数に対してこんなに熱心に指導するなど、よっぽど二人もお人好しなのだな。この常連客の店が繁盛しているなど知らないで。
「でも、私はやっぱり皆さんに付きっきりで見てもらえて助かりますよ。忙しいと中々ね」
常連客はそう言って、嬉しそうに今日もトレーニングをしている。この常連客の本当の目的は――。
どうやらこの笑顔と筋肉には偽りは無いらしい。
風来彷――筋肉に取り憑かれて―― 如月風斗 @kisaragihuuto
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