第五四話 吸血鬼ヴラドレイ

「私はついに、死ねるのか」


 地下墳墓のほど近く。緑を失った木々の隙間で、篝火かがりびのようなあかりりを発しながら転がる生首。


 望まぬ永遠に絶望し、死ぬ方法だけを探して生きてきた。行き着いた答えは「神ならば、不死身の自分をも殺せるだろう」ということ。

 神を召喚し、神に挑み、最後に全力を出して死ねば、空虚うつろだった二千年に華も添えられようと。


 ヴラドレイは今までの、自分の足跡を懐古した。


 かつて人間だった頃、『最初の吸血鬼』が村に現れ、一晩で皆が吸血鬼へと変貌していた。自我を失い、襲いくる見知った顔たち。

 白く濁った目で自分を睨み、極太の針を並べたような牙を剥き出しにする、恋人や家族。


 気づけば恋人の首を噛みちぎっていた。その時、自分も吸血鬼になっていることに気づいた。

 やがて夜が明け、吸血鬼となった村人たちは太陽に灼かれて炭となった。


 結局、自分一人が生き残った。


 それからは途方もない時間を彷徨い続けた。


 恋人に似た女性を見つけては、連れ去った。

 ただ話をしたかっただけだ。しかし本能には抗えず、血を啜ってしまった。


 女性は皆、吸血鬼になってしまった。

 まるで疫病をばら撒く、害虫の気分だった。


 自分に絶望し、魂は磨耗し、死ぬ方法を求め続けた。『最初の吸血鬼』を探して殺してもらおうと考えたが、一向に見つからなかった。


 千年が経った頃、神々が光と闇に別れて戦争を始めた。自分の住まう国が舞台となり、ある戦場に出会でくわした。

 破壊神ベイクリンドと太陽の神ケオネスの戦場だった。


 二柱の一騎打ちは、形容する言葉が見つからないほどの激しさであり、彼らなら自分を殺せるだろうと思った。


 だがどれほど飛んでも、天には届かない。だから仕方なく、下界で争う悪魔と天使に挑んだ。


 圧倒的だった。自分がだ。


 絶命につながるはずの傷は塞がり、敵は自分の手で命を散らしてゆく。戦いの高揚を味わったのはそれが初めてだった。


 しかし戦争は終わり、またしても放浪の時を彷徨った。そうして五十年前、かずらの魔女フローラに出会った。

 戦いに飢えていたのだろうか。自分はフローラに襲いかかった。


 彼女もまた、圧倒的だった。


 彼女自身とも言える茨の蔓は何度切り裂いても即座に再生し、増殖し、茫漠たる空間を植物が支配した。

 大地を割って生み出された大量の命が、軍勢となって突撃してくる。それらは毒の血を撒き散らして、自分の肌を焼き、内臓を腐らせてくる。

 彼女も高い不死性を備えており、初めて殺せない敵に出会った。


 三日三晩を争った後、互いが矛を引いた。無論、決着がつきそうになかったからだ。


 それからは話をした。


 魔女は、神と世界に定められた運命に生かされているという。その生に自由はなく、フローラは運命から解放されるすべを探しているのだと言った。


 定められた運命とは何か、などと聞きはしなかった。ただ自分と似ていた。だから彼女と行動を共にすることとした。


 自分が死ぬために。







「いやはや、思いもよらぬ場所で、死ねることになるとは!」


 黄金の炎に包まれながら、ヴラドレイは死を実感していた。金色の残火のこりびが再生を赦さず、ゆっくりと彼を火葬してゆく。


 再生に伴う不快な感覚がないというのは、こんなにも心が落ち着くものなのか。


「──ヴラドレイさま」


 目の前に、黒いドレスの美麗な魔女が降り立った。自分を焦がす炎と同じ、黄金の魔力を纏っている。


「おやおや宵闇の魔女よ、私の死を確認しにきたのかな?」


「お一人で死んでゆくのは、寂しいかと思いまして」


 一瞬、言葉に詰まる吸血鬼の真祖。

 だが憎しみの中に、微かな憐憫が浮かぶ彼女の顔を見て、素直に礼を述べることにした。


「いやいや、ありがとう。確かに一人消えてゆくのは、悲しいものがあるね。キミの配慮に、胸があれば高鳴っていただろう! ──そうだ、宵闇の魔女よ」


「なんでございましょう」


蔓の魔女フローラの居場所についてだ」


 まさかこの期に及んで、答えをくれると思っていなかったジュリエットは、聞き返してしまう。


「居場所? 教えていただけるのですか?」


「ああ、とは言っても確実性の低い二択だがね。しかも片方は、情報とは言えない。──彼女は魔境の深奥に居るか、もしくはこの大陸にはいないかだ」


 魔境の深奥は、ありえる話だ。深奥には冥府の門があるとされるし、神の降臨を求めるなら門を開ければいい。開くのならば、だが。


 しかし、


「──この大陸にいない?」


「ああ、あくまで可能性だがね。われわれ楽団は、神の降臨を目指している。ゆえに世界中の伝承や遺物レリックを探して、その可能性を探っていたのだ」


「つまり、他の大陸にも探しに行っていると?」


「その通りだ、宵闇の魔女よ。ちなみに言えば、君の両親が殺されたのも、重大な遺物レリックを持っていたからだろう」


「──! それはどういう!」


「おっと、すまない。そろそろ時間のようだ。最後にひとつ、」


 見ればヴラドレイの頭は黒く炭化している。この状態でまだ生きているのは、誇張なく化物だからだろう。

 しかしそれも、時間切れだ。


「なんでございましょう」


「私は、──強かったかね?」


 強かった。本当に強かった。地上にいかづちを落とすでもなく、広範囲を焼き払うでもなく、ひたすら純粋に強かった。


 三度死にそうになった。生きているのは運が良かっただけの話だ。


「ええ、今まで戦った、どんな相手より」


「いやはや、それは光栄だ。宵闇の魔女よ、月並みだがキミの健闘を祈るよ。 ──では、殺してくれてありがとう」


 返答を聞いて、ヴラドレイは笑った。そう見えただけなのかもしれない。

 |吸血鬼の真祖≪ヴラドレイ≫はボロボロと崩れ、灰になって消えた。



 ジュリエットにも、限界が来ていた。

 天体魔法陣プラネタリウム射手座サジタリウスの発動によって、彼女の魔力は底をつき、立っていることさえままならない。


(リアン……)


 ヴラドレイが完全に消滅したのを確認すると、ジュリエットは膝から崩れ落ちた。


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【暁の少年と宵闇の魔女】 〜半人前の最強魔女は、気になるあの子を守りたい〜 せきしゅう あきら @sekisyu

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