第五三話 サジタリウス

「ぬぅあっ! あれは、プラネタリウム!」


 北の空に尋常ならざる魔力を感じたアデス。聖堂の窓から見たのは、白と黄金に輝く球体だった。


「おい、どういうことだアデス」


 同じものを見ていたマリアが、老執事アデスに説明を求める。


「あれに見える球体は、天体魔法陣プラネタリウム数多あまたの大魔法と、十二の極大魔法が封ぜられております」


「は? あの球体はわたしから見ても出鱈目な出力だぞ。ジュリエットはロゼッタから、まだ半分しか力を継承していないんじゃなかったのか?」


 そう。ジュリエットの魔法出力は、本来なら他の魔女に及ぶべくもない。

 しかしマリアから見た天体魔法陣プラネタリウムは、自分たちに迫る魔力を誇っている。


「執念。ひとえに執念の帰結、としか言いようがありませぬ。アレはお嬢様が、かずらの魔女を討つために編み出した、復讐の切り札なのです」


 ジュリエットが幼い頃、アデスは忙しい彼女の両親に変わって、ジュリエットをよく寝かしつけていた。

 彼女はアデスが話す、別世界の神話を聞きながら眠るのが好きだった。

 ひどく人間臭い神々やその眷属が、星になって語り継がれるお話が好きだった。


 天体魔法陣プラネタリウムは、別世界の神々が振るう力を、彼女が夢想したものだ。


「つまりは蔓の魔女フローラか、それに匹敵する厄介な化け物が出たのか?」


「わかりませぬが、少なくとも本来のわたくしめと同格でしょうな。しかしあれが発動した以上、どんな相手でもお嬢様の勝ちでしょう」


「全ての魔力オドを使い切ってしまいますが」と、アデスは付け加えた。


 妹分が心配でならないマリアは、階下へ向かって手を翳す。手は炎のように揺らめき、赤い光を散らした。


「アデス、庭に馬を出した。ジュリエットを迎えに行ってこい。──レダ! アデスにありったけの薬を持たせろ!」


 そして女性司祭プリエステスに、ジュリエットに使うためのポーションを用意させる。


「ご配慮、痛み入ります」


 主人の元へ参じるべく、アデスは聖堂の庭へと駆けた。

 階段を飛び降り、着地した先にはリアンがいた。


 少年リアンは何も言わず、ただアデスに向かって両手を広げる。不安と決意が、その表情かおに満ちていた。


「ご免!」


 アデスはそれだけを言って、少年を抱えて庭に出た。

 燃え盛る馬フランマが待つ、庭へと。







 黄金の輝きを放つ曲線と直線のおび、そして五芒星と魔法文字ルーンが複雑に絡み合い、巨大な球体を成す天体魔法陣プラネタリウム


 その中央にある小さな、鍵穴にも似た黒点へ向けてジュリエットは飛翔した。


「逃げていると見せかけて、アレをえがいていたのか──!」


 追撃の機会を逸してしまったヴラドレイは、これから起こる事象を、警戒するしか他にない。


 魔女は飛ぶ。ただ真っ直ぐに飛ぶ。


(お父さま、お母さま。ひとときだけ、復讐を忘れるわたくしをお許しください。リアンのために切り札を見せる、私をお許しください)


 鍵穴に辿り着き、『夜の剣』を挿し入れる。


「来て、──夜空!」


 天体魔法陣プラネタリウムが起動し、『夜の剣』から星が溢れ出した。


 幾千、幾万の光が散らばり、エレヴァリア聖王国の上空を急速に塗り替えてゆく。

 様々な色を放つ星雲が、圧倒的な輝きを見せる川が、煌めく星々が、次々と夜空を埋め尽くした。


「こ、これが魔法陣だと!? まるで星空ではないか!」


 とてつもない現象パノラマに、ヴラドレイは狼狽を隠せない。見上げる先には無数の光源。

 無秩序に散らばって見えるそれらは、しかし何かの姿を形成していた。


 ──星座だ。数えきれないほどの星座がある。

 あれはわしか白鳥か。あそこに見えるは蛇か、へび遣いか。


「見たことがないぞ、こんな夜空は──!」


 そしてヴラドレイは気づく。南にある圧倒的な星座まりょくの存在に。

 自分を見据え、雄々しく弓を構える人馬の射手に。


「お、おおお!」


 はるか先、同じ高度まで降りたジュリエットが、決然と叫ぶ。


「何があろうと! わたくしはあの子の事で、退くつもりはありません!」


 光を失った『夜の剣』を指揮棒タクトのように振ると、星の弓が輝きを増した。


「あの子を脅かす全てを、私は許しません! ケイローン!」


 名を呼ばれ、夜空に浮かぶ黄金の射手ケイローンが弓を引き絞る。


「いいだろう、宵闇の魔女よ! それができねば、おまえの頭から少年の情報をもらうことになるぞ!」


 赤い悪魔と化したヴラドレイが、四肢を広げて真っ向勝負の構えをとった。


「アウストラリス!」


 ジュリエットが一つ目の制御リミッターを外す。矢に金色こんじきの星屑が渦巻き出した。


「ボレアリス! メディア! アルスナル!」


 さらにジュリエットは、立て続けに制御の枷を外す。強烈な喪失感とともに、魔力オドが大量に消え失せる。


 夜を飛ぶ彗星が矢の軌道に捕らわれ、豪速で周回しながらそこへと落ちてゆく。

 数々の星が落下するごとに、矢はその輝きを増す。

 ジュリエットが『夜の剣』を振るうたびに星が導かれ、引き寄せられ、集まっていく。


 矢は、夜空に浮かぶあらゆる力を取り込んでいるように見えた。


 しかし、それにも終わりが来る。


 ヴラドレイへ向かって、ジュリエットは『夜の剣』を突きつけた。


 空を真昼のように照らし、無限に膨張を続けると思われた黄金の光が、突如爆縮した。


「つらぬけ! サジタリウス!」



 着弾。


 ヴラドレイの首から下が、無くなった。


 ジュリエットの詠唱オーダーと同時に、黄金の矢がヴラドレイの体を光速で穿ち、消滅させたのだ。


 たった一矢いっし。されど、極大の一矢いっし


 矢はすでに、空の遥か彼方へと消えている。


 遅れて、耳が割れるほどの音が突き抜けた。

 横向きの竜巻が吹き荒れ、森の炎が消えた。

 焼け残った木々は、すべての葉を散らした。


 もし低い高度で撃たれていたら、山に風穴を空け、大地を抉り、北のドランジア帝国に甚大な被害をもたらしただろう。


 それほどの破壊力だ。


「がああああっ!!」


 首だけになったヴラドレイが、黄金の炎に包まれる。どれだけ身を削られようと復活してみせた体が、再生の兆しを見せない。


 黄金の矢が、永遠の生という因果を滅したのだ。


 夜空を滑る流れ星のように金色の帯を引きながら、彼は大地へと墜落した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る