第五三話 サジタリウス
「ぬぅあっ! あれは、プラネタリウム!」
北の空に尋常ならざる魔力を感じたアデス。聖堂の窓から見たのは、白と黄金に輝く球体だった。
「おい、どういうことだアデス」
同じものを見ていたマリアが、
「あれに見える球体は、
「は? あの球体はわたしから見ても出鱈目な出力だぞ。ジュリエットはロゼッタから、まだ半分しか力を継承していないんじゃなかったのか?」
そう。ジュリエットの魔法出力は、本来なら他の魔女に及ぶべくもない。
しかしマリアから見た
「執念。ひとえに執念の帰結、としか言いようがありませぬ。アレはお嬢様が、
ジュリエットが幼い頃、アデスは忙しい彼女の両親に変わって、ジュリエットをよく寝かしつけていた。
彼女はアデスが話す、別世界の神話を聞きながら眠るのが好きだった。
ひどく人間臭い神々やその眷属が、星になって語り継がれるお話が好きだった。
「つまりは
「わかりませぬが、少なくとも本来のわたくしめと同格でしょうな。しかしあれが発動した以上、どんな相手でもお嬢様の勝ちでしょう」
「全ての
妹分が心配でならないマリアは、階下へ向かって手を翳す。手は炎のように揺らめき、赤い光を散らした。
「アデス、庭に馬を出した。ジュリエットを迎えに行ってこい。──レダ! アデスにありったけの薬を持たせろ!」
そして
「ご配慮、痛み入ります」
主人の元へ参じるべく、アデスは聖堂の庭へと駆けた。
階段を飛び降り、着地した先にはリアンがいた。
「ご免!」
アデスはそれだけを言って、少年を抱えて庭に出た。
†
黄金の輝きを放つ曲線と直線の
その中央にある小さな、鍵穴にも似た黒点へ向けてジュリエットは飛翔した。
「逃げていると見せかけて、アレを
追撃の機会を逸してしまったヴラドレイは、これから起こる事象を、警戒するしか他にない。
魔女は飛ぶ。ただ真っ直ぐに飛ぶ。
(お父さま、お母さま。ひとときだけ、復讐を忘れる
鍵穴に辿り着き、『夜の剣』を挿し入れる。
「来て、──夜空!」
幾千、幾万の光が散らばり、エレヴァリア聖王国の上空を急速に塗り替えてゆく。
様々な色を放つ星雲が、圧倒的な輝きを見せる川が、煌めく星々が、次々と夜空を埋め尽くした。
「こ、これが魔法陣だと!? まるで星空ではないか!」
とてつもない
無秩序に散らばって見えるそれらは、しかし何かの姿を形成していた。
──星座だ。数えきれないほどの星座がある。
あれは
「見たことがないぞ、こんな夜空は──!」
そしてヴラドレイは気づく。南にある圧倒的な
自分を見据え、雄々しく弓を構える人馬の射手に。
「お、おおお!」
はるか先、同じ高度まで降りたジュリエットが、決然と叫ぶ。
「何があろうと!
光を失った『夜の剣』を
「あの子を脅かす全てを、私は許しません! ケイローン!」
名を呼ばれ、夜空に浮かぶ
「いいだろう、宵闇の魔女よ! それができねば、おまえの頭から少年の情報をもらうことになるぞ!」
赤い悪魔と化したヴラドレイが、四肢を広げて真っ向勝負の構えをとった。
「アウストラリス!」
ジュリエットが一つ目の
「ボレアリス! メディア! アルスナル!」
さらにジュリエットは、立て続けに制御の枷を外す。強烈な喪失感とともに、
夜を飛ぶ彗星が矢の軌道に捕らわれ、豪速で周回しながらそこへと落ちてゆく。
数々の星が落下するごとに、矢はその輝きを増す。
ジュリエットが『夜の剣』を振るうたびに星が導かれ、引き寄せられ、集まっていく。
矢は、夜空に浮かぶあらゆる力を取り込んでいるように見えた。
しかし、それにも終わりが来る。
ヴラドレイへ向かって、ジュリエットは『夜の剣』を突きつけた。
空を真昼のように照らし、無限に膨張を続けると思われた黄金の光が、突如爆縮した。
「つらぬけ! サジタリウス!」
着弾。
ヴラドレイの首から下が、無くなった。
ジュリエットの
たった
矢はすでに、空の遥か彼方へと消えている。
遅れて、耳が割れるほどの音が突き抜けた。
横向きの竜巻が吹き荒れ、森の炎が消えた。
焼け残った木々は、すべての葉を散らした。
もし低い高度で撃たれていたら、山に風穴を空け、大地を抉り、北のドランジア帝国に甚大な被害をもたらしただろう。
それほどの破壊力だ。
「がああああっ!!」
首だけになったヴラドレイが、黄金の炎に包まれる。どれだけ身を削られようと復活してみせた体が、再生の兆しを見せない。
黄金の矢が、永遠の生という因果を滅したのだ。
夜空を滑る流れ星のように金色の帯を引きながら、彼は大地へと墜落した。
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