山際 深雪は名探偵。

八代 鏡花

序章 人間は愚かな生き物

深雪は見ていた。人間という名の者が、誰かの首を絞めている残虐な姿を。「人間というのは、人間という人格は一体なんなのでしょうか?」彼女はそう呟いた。彼女の名は、山際 深雪――。のちに“ある事件”に巻き込まれる、冷たい雪のような少女である。

            《5月某日―狭山高校にて》

ざわざわと、異形の音が1年A組の教室を覆っている。その教室の中に、彼女は静かに席に座って読書をしていた。「今日も殺風景な空気ですね…相変わらずです」深雪は、幼い頃から何かに興味を生じさせるような事がひとつもなかった。そのため、周囲の人間・そして自分自身の事を何も知らない。ただひとつだけ分かるのは、“人間は愚か。いつも何かに脅威をさらされている。”ということ。「それは欲望のままに動き、自分自身と周囲を苦しめるような存在なの。深雪は、常に冷静で冷酷でいなさい。…そうすれば、感情に縛られずに済むから」と、母親に教訓として教えられていたからだ。深雪はその教訓をいつも心に刻んで生きてきた結果、吹雪のように冷たい人格と化していた。そんな事を考えていると、誰かが自分の席に向かってくる気配を感じ取った。(はぁ…。瞑想の時間もここで終わりのようですね)深雪は本をしまい、前方をじっと見つめ、「あら、辻川さん。相変わらずご立腹のようですね」そう冷静に言い放つと、辻川と呼ばれた人物がギロリと深雪を睨みつけた。髪の毛はお団子頭で、服装はスカートが短く、カーディガンが腰に巻かれている。制服のボタンも開いていた。「うっせぇな!!すべて見透かしたような顔して、生意気なんだよテメェ!!」見た目は派手で、中身も派手。まさに外見と性格が一致していた。この女の名は辻川 綾乃。深雪と同じクラスであり、いわゆる“陽キャ”である。異常に嫉妬深く、そして深雪に罵詈雑言を言うほど執着している。「そうですか。まぁ、どこかの蝉のようにうるさい誰かとは違いますが」と深雪は圧を少しかけ、窮地にも関わらず平然と毒を吐く。「はぁ!?うるせぇよ!!お前さぁ、山戸先輩に色目売ってるだろ!!絶対そうだろ!?」山戸先輩というのは、同じ高校で1学年上の山戸 聖の事だ。おしとやかでマイペースな性格でありながら、かなり顔立ちの整っている美男子でもある。「そんな媚びるような真似はしませんよ。…本人に聞いたら真意が分かるのでは?」「うっさいわね!…あ、そろそろ山戸先輩が来るわ。行かないと!!」「あらあら。意外に乙女な部分もあるんですね」「うるせぇ、それとこれとは別の話なんだよ!!」そう言い捨てて、聖のもとへと走っていく姿を静かに眺めていた。

「こら山際さん。また辻川に喧嘩売ったの?」そう言いながら話しかけてきたのは、学年一のモテ男子・藤城 涼真だった。彼は成績はそこそこだが、純粋さと運動神経の良さで人気がある。「藤城くんですか。…あなたはなぜ、辻川さんを庇うのです?」「庇ってなんかないよ。僕は、辻川のことあんまり良く思ってないし」これは噂なので真相は不明だが、以前 綾乃に告白され、こっぴどく振ったという話は聞いたことがある。そこから仲が気まずくなったのだろうか。

「別に興味がありません。その話はまた今度にしていただきたいです」「…そっか。じゃあね、山際さん」そう言って涼真は深雪の机の横を通りすぎて行った。

              《2ヶ月後》

「えー、では 修学旅行の班を決めてもらいたいと思います!」A組の担任である吉沢先生がとびっきりの笑顔で皆に言った。吉沢先生は美人で優しく、この高校で一番信頼されているほどでもある。「吉沢先生、班の人数は何人までですかー?」「うちのクラスの人数は奇数だから…五人までかしら」「やったー!これならクラスの友達全員入るー!!」「うふふ、良かったわね」しかし、深雪にとってはよろしくない話だった。本当は一人がいいのに、五人という大人数で行動するのだ。すると男女を連れた涼真がやってきて、「じゃあ僕たちが山際さんと組んであげるよ!」「い、いえ私は一人で…」「駄目なの?」と涼真が圧のある目で見つめてきた。これはさすがの深雪も気圧され、「はぁ…仕方ないですね。では、あなた方と組みます」結局は、この意味の分からぬ集団とともに行動するのであった。

         《修学旅行事件ー前編ーに続く》

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