【KAC20235】―②『力に溺れた男』
小田舵木
『力に溺れた男』
俺の病気は筋肉が崩壊する。
俺の命は20歳を超えるか超えないか、と言う微妙なラインに立たされており。
「
「とは言え。歩けないのとは大違いでしょう?」母はそう言い。
「車椅子で不自由してない」
「そう言わず。手術受けましょうよ」
「それで俺が死にゃあカネが浮く」嫌味を垂れ。
「…」黙り込む母。
「俺は
「より善い人生を
「んで?
「前例が少ないのは事実だけど。試す価値はある」
「センセに毒されたかい?」俺の主治医のアイツが母にこんな事を吹き込んだのだろう。
「毒されたわね」と彼女は悪びれずに言い。
「
「少しでも、人生を取り戻して欲しくて」
「これ。俺に拒否権はあるのかい?」外堀が埋まりすぎており。
「…ないかもね」と母は言い。
◆
目覚めれば。背中の
ああ。コイツが外骨格型アシストスーツと俺の神経をバイパスするジャックか、と思う。
その金属のインターフェイスが俺に何をもたらすか?
大したモノではない。俺自身には筋力があった
ったく。俺の人生には
与えられる
その上。体の筋力をアシストしようが心筋や呼吸器
与えられたモノは実質ゼロ。
なのに来週からリハビリが始まる。
憂鬱で仕方ない。
◆
『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である』主治医のおっさんはニール・アームストロングの言葉を引いて俺の歩行一足目を評した。
「はいはい。良い
「事実だな」彼はそっけなく言う。付き合いが長すぎてお互い遠慮というモノが無くなっており。
「これでウチの家の財政は少しマシになる」
「…君は自由に歩ける訳だ。少しは自分の身の回りの事をするんだな」厳しくないかい?
「ってもね?体の内部の筋肉はどうしようもない訳だ」
「そこは従来の治療に頼るしかない」
「…お前らは自由を与えたつもりで
「…確かに君は取り戻しただけなのかも知れない」
「認めろ」
「しかし。奪ったのは我々ではない」
「そこはそうだけどな」
「…ま、しばらくそいつで遊んでろ。少しは気が紛れる」
「だと良いけどな」
◆
そういう訳で。
中庭に『遊び』に来てみた。
曲線を描くX字型の
降り注ぐ太陽光が前とは違う気がしたのは気のせいかな。
外骨格の表面を
試しにしゃがんで見れば視線が落ち。
俺達を縛る大地が目に入り。
ああ。自分で姿勢を制御できる悦びよ。
認めなくてはいけないな。俺はこの手術に大きな恩恵を受けた事を。
病院の中庭。切り取られた空間。
そこには確かな自由があり。
俺はその空気を一生懸命吸って。
少し咳き込んで―
お。猫。
この病院を縄張りにしているのかな?
近づいていく。
「物体へ近寄ります…」とインターフェイス。
「頼むぜ、俺の外骨格」なんて独り言。
猫。
短毛種のキジトラなモフモフは俺を見上げて。
逃げないのが有り難い。人
「物体へ到達しました」
「おつかれさん」と俺は言い。今度は追加のコマンドをインターフェイスに伝える。
「猫に手を伸ばしてくれ」
「了解」
俺の外骨格はしゃがみ姿勢をとり。猫へと右腕を伸ばすのだが。
ここで。間違いが起こっちまった。
「物体を―どうしますか?」インターフェイスは問い。
「触りたい」と俺は指示を入れたはずなのだが。
伸ばされた―腕は。
「ふぎゃあああああああ」と悲鳴があがり。
「キャンセル!掌を開けろ」と
柔らかい果実を握りつぶすかのように、猫の
頭がなくなった猫の死骸が、俺の外骨格の掌から落ち。
「エラー:トルク設定値異常」今更ながらに機械は間違いを認め。
「…なんてこった」
◆
「ふざけんな、ボケ」と俺は
「済まん」と彼は言うのだが。
「下手したら、人殺してたぞ」あのトルクでモータが作動するなら、人の首を締めるのも
「ファームウェアにパッチを
「そもそも。この外骨格スーツ、何処から引っ張ってきた?」この機械には製造者を示すモノが付いてない。ワンオフの試作品を想定していたが―
「…軍部からの横流しだ」彼は
「やりやがったな?二重のモルモットって訳だ」俺が
「悪いね。だが君は貴重なサンプルだからねえ」
「どうせ
「まったくだ」悪びれろ。
「クソ、あのスーツ着たままなら、お前を殺してやれるのに」
「…そんな事がないようにパッチを充てる訳さ」
「
「君にできるのかね?」
「おう、勝負と行こうや」
◆
俺とあのクソタヌキの勝負はあっさり付いた。
俺を
ちょっと
「ファームウェア書き換え完了」
「お疲れさん。じゃあ行こうや、アイツの元によお」
「目的地を設定しました」
「やってくれるじゃないか」彼の研究室での台詞。
「
「君は僕らの貴重なモデル動物だったのになあ」
「医療のか?軍部のか?」
「どっちかって言えば軍部だよお」彼は
「コイツが実用化されりゃあ…
「そうだよ?君のような重度の筋萎縮者が猫を殺せる訳だしね」
「俺の親を騙しやがって」それが悔しい。別に俺なんかどうでも良くて。
「君のお母さんは…僕の奴隷みたいなもんさ」悪びれずに言ってくれる。有り難いな。
「お前の手に落ちてた訳だ」
「父親が彼女を捨てた辺で手を出しといた」んな事情は聞きたくなかったが。
「お前が分かりやすいクソで助かるぜ」
「さ。
「どうせ、お前だけの研究じゃないもんな」
「その機械には軍部へデータを送信する機能がついてる訳だ、当然」
「じゃねーと意味ねえもんな」だが、俺はコイツを使って殺しをせざるを得ず。
「僕がここで死ぬのも―良いデータになる。対人用の戦闘データの
「そうかよ。じゃあな」
俺の外骨格は両腕を伸ばし。
逃げもしないクソ主治医を捕まえて。
その首を目一杯の出力で締めあげ。
ああ。この感触。
力を使う快感。そして敵を排除するプリミティブな悦び。
首を締める事がこんなに快感だったなんてな。
知らなかった。
◆
野に放たれた殺人鬼。
ソイツは何処に至るのか?
簡単だ。軍部に
「我々のところで思う存分やれば良い」
「こっちは
「良いじゃないか。思う存分やりたい事をやりたまえよ」
「やりたい事だあ?俺はな。ただ借りを返しただけだぜ?」あのクソタヌキに、十数年分の借りを
「いいや。君は」
「…殺す事に快感を覚えた、とでも?」先を埋めてやり。
「ああ。君は征服する悦びに目覚めたんだよ」ニヤリと笑うその様が腹立たしく。
「…役に立たねえぞ」俺はコイツらに屈服することにした。深い理由はない。なぜなら人生に意味がないからだ。
「そこはバックアップしてやるから安心し給え」
◆
かくして数年だ。
俺は改良された外骨格スーツに身を包み。その上に酸素タンクと人工呼吸器をつけ。
戦場に放り込まれ。
多くの敵兵を
頭に乗せたヘルメットには『ボーン・トゥ・キル』と書かれており。そいつは上官がジョークで俺に与えたものだが。冗談ではなくなりつつある。
今だって―
その
「助けてくれ…降参するから」とヘルメットの中の通信機。
「生きて
「お前には人の心がないのか?」問われるなれば。
「んなモン…初めて猫を殺した日に無くしたよ」俺は
「この…」それが
こうして。俺は何人目か分からない敵を始末する。
昔と違うのは腕を使わなくなったってトコロかね。
無理やり開いた
せめて安らかに死ねば良い。
◆
「そろそろ寿命だよな」と俺は死骸の側で
「20歳まで後1ヶ月」とおなじみのインターフェイスは回答し。
「呼吸器も心筋もイカれてきた…戦場にいるのが不思議だぜ」
「
「ああ。我が人生は機械に支配されたり!!」人工呼吸器越しに俺が叫べば。
その音は―ヘルメットの中に吸収されていき。
「だから貴方は生きている」とインターフェイスが解答する。
「こんな人生なら無いほうがマシだぜ?」
「そんな事を言いつつ貴方は愉しんでいる」
「ああ。ガキの頃に出来なかった大暴れを今、この
「貴方は倫理的に最低の人です」インターフェイスは俺をそう
「倫理ぃ?んなモンお互い殺り合うと消耗する
「それは機械に
「それがどうした?俺はお前の発展に寄与してやった
「…機械は主人を選べない」
「…俺はお前の奴隷だぜ?」
「私は」インターフェイス。ここ1年で
「貴方を殺人鬼に仕立て上げた責任があるから付き従って来ましたが」
「お前がオーバートルク出力してなきゃ俺は猫を殺してない」
「あれは―きっかけでしか無い」
「とは言えな。あれが始まりなんだよ、力を使うのって気持ちいい、そう気付いた
「…最後まで見届けることしか私には出来ない」
「頼んだぜ」
◆
俺の最後はあっさりしたものになる予定だったが。
まさか―
インターフェイスと
ヘルメットの横を銃弾がかすめた。
「…呑気に喋ってる場合じゃないらしいぜ、伏せろ」
「了解…」だがしかし。その動作は
視界に銃弾を
その後はスローモーションに時間が流れていき。
脳天を熱された鉛が
力に溺れた俺の脳がぐちゃぐちゃにかき乱され。
ああ。
こんなことなら―筋肉を望まければ良かったよな。
高望みをしたから罰が当たった訳で。
いや、俺
勝手に与えられたんじゃんかよ―
◆
こうして。戦場に機械仕掛けの体が落ちた。
その頭は弾丸で貫かれ。その顔は満足げであり。
機械で力を与えられた者の
【KAC20235】―②『力に溺れた男』 小田舵木 @odakajiki
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