【KAC20235】―②『力に溺れた男』

小田舵木

『力に溺れた男』

 俺の病気は筋肉が崩壊する。

 俺の命は20歳を超えるか超えないか、と言う微妙なラインに立たされており。

 

今更いまさら、歩けて何になるのさ」と俺は母親に問うた。

「とは言え。歩けないのとはでしょう?」母はそう言い。

「車椅子で不自由してない」実際じっさい移動なんてモノは人に任せて居たほうが良い。

「そう言わず。手術受けましょうよ」

「それで俺が死にゃあカネが浮く」嫌味を垂れ。

「…」黙り込む母。

「俺はって数年だぜ?余計な希望は抱かせるな」17。もう。治療で誤魔化ごまかせる範疇はんちゅうは超えている。

「より善い人生を貴方あなたに与えたい。それが親の責務せきむなのよ」

「んで?外骨型がいこっかくアシストスーツを神経レベルでつなぐ、?」

「前例が少ないのは事実だけど。試す価値はある」

「センセにかい?」俺の主治医のアイツが母にこんな事を吹き込んだのだろう。

わね」と彼女は悪びれずに言い。

モルモット被験体をやらせんなよ」

「少しでも、人生を取り戻して欲しくて」

「これ。俺に拒否権はあるのかい?」外堀が埋まりすぎており。

「…ないかもね」と母は言い。

 

 

                   ◆

 

 目覚めれば。背中の肩甲骨けんこうこつの間にボコッとした何かの感触。

 ああ。コイツが外骨格型アシストスーツと俺の神経をバイパスするジャックか、と思う。


 


 。俺自身には筋力があったころ位の動作をもたらす。そして周りには介護の必要性が低くなるという恩恵をもたらす。

 

 ったく。俺の人生には自己決定権じこけっていけんというものがなく。

 与えられる選択肢せんたくしからよりマシなモノを選び取るというのが実情で。

 その上。体の筋力をアシストしようが心筋や呼吸器けいおかされたらお終いだ。

 与えられたモノは

 なのに来週からリハビリが始まる。

 憂鬱で仕方ない。

 

                   ◆


 

『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩である』主治医のおっさんはニール・アームストロングの言葉を引いて俺の歩行一足目を評した。

「はいはい。良いモルモット被験体だったろ?」皮肉でもって返す。

「事実だな」彼はそっけなく言う。付き合いが長すぎてお互い遠慮というモノが無くなっており。

「これでウチの家の財政は少しマシになる」

「…君は自由に歩ける訳だ。少しは自分の身の回りの事をするんだな」厳しくないかい?

「ってもね?体の内部の筋肉はどうしようもない訳だ」

「そこは従来の治療に頼るしかない」

「…お前らは自由を与えたつもりで有頂天うちょうてんだろうが。んだよ!」遅めの反抗期なのかもな。

「…確かに君は取り戻したなのかも知れない」

「認めろ」

「しかし。

「そこはそうだけどな」

「…ま、しばらくで遊んでろ。少しは気が紛れる」

「だと良いけどな」

 

                   ◆


 そういう訳で。

 中庭に『遊び』に来てみた。

 曲線を描くX字型の外骨格がいこっかくアシストスーツは順調に動いており。


 降り注ぐ太陽光が前とは違う気がしたのは気のせいかな。

 外骨格の表面をく太陽光は微かに俺の皮膚を撫で。

 

 試しにしゃがんで見れば視線が落ち。

 俺達を縛る大地が目に入り。


 ああ。姿よ。

 認めなくてはいけないな。俺はこの手術にを。

 

 病院の中庭。切り取られた空間。

 そこには確かな自由があり。

 俺はその空気を一生懸命吸って。

 少し咳き込んで―


 お。猫。

 この病院を縄張りにしているのかな?

 近づいていく。

「物体へ近寄ります…」とインターフェイス。

「頼むぜ、俺の外骨格」なんて独り言。

 猫。

 短毛種のキジトラなモフモフは俺を見上げて。

 逃げないのが有り難い。人れしているらしく。

「物体へ到達しました」

「おつかれさん」と俺は言い。今度は追加のコマンドをインターフェイスに伝える。

「猫に手を伸ばしてくれ」

「了解」

 俺の外骨格はしゃがみ姿勢をとり。猫へと右腕を伸ばすのだが。

 ここで。

「物体を―どうしますか?」インターフェイスは問い。

「触りたい」と俺は指示を入れたはずなのだが。


 伸ばされた―腕は。てのひらは。その猫をつかみ。

「ふぎゃあああああああ」と悲鳴があがり。

「キャンセル!掌を開けろ」と数瞬すうしゅん遅れで指示を入れたは良いものの。

 柔らかい果実を握りつぶすかのように、猫の頭蓋骨ずがいこつを握り潰してしまっており。

 頭がなくなった猫の死骸が、俺の外骨格の掌から落ち。

「エラー:トルク設定値異常」機械は間違いを認め。

「…なんてこった」つぶやく俺が後にのこされた。

 

              ◆


「ふざけんな、ボケ」と俺は後始末あとしまつあと主治医に言い。

「済まん」と彼は言うのだが。

「下手したら、ぞ」あのトルクでモータが作動するなら、人の首を締めるのも容易たやすい。と言うか握り潰せる。

「ファームウェアにパッチをてるから」焦りながら言う彼。


。この外骨格スーツ、?」この機械には製造者を示すモノが付いてない。ワンオフの試作品を想定していたが―


「…軍部からの横流しだ」彼はのたまい。

「やりやがったな?二重のモルモットって訳だ」俺が被験体モルモットになることで軍部と医療、双方そうほうに益しようとしてた訳だ。このクソタヌキめ。

「悪いね。だが君は貴重なサンプルだからねえ」

「どうせあと数年で勝手に死ぬから色々秘匿ひとくしやすい」

「まったくだ」悪びれろ。

「クソ、のに」

「…そんな事がないようにパッチを充てる訳さ」

がしてやるよ」

「君にできるのかね?」

「おう、勝負と行こうや」


               ◆

 

 


 俺をめてパッチを充てたスーツを返したのが悪い。

 ちょっといじりまわしただけで『端切れパッチ』は発見出来でき。ソイツが既存のプログラムに足されただけだという事を確認した上で剥がした。

「ファームウェア書き換え完了」

「お疲れさん。じゃあ行こうや、アイツの元によお」

「目的地を設定しました」

 

「やってくれるじゃないか」彼の研究室での台詞。

筋萎縮きんいしゅくしたガキだってお前らが舐め腐ってたのが、よーく分かった」

「君は僕らの貴重なモデル動物だったのになあ」

「医療のか?軍部のか?」

」彼は喜色きしょくを表しながら言う。

「コイツが実用化されりゃあ…傷痍軍人しょういぐんじんが減らせるよなあ」

「そうだよ?ね」

「俺の親を騙しやがって」それが悔しい。別に俺なんかどうでも良くて。

「君のお母さんは…僕の奴隷みたいなもんさ」悪びれずに言ってくれる。有り難いな。

「お前の手に落ちてた訳だ」

「父親が彼女を捨てた辺で手を出しといた」んな事情は聞きたくなかったが。

「お前が分かりやすいクソで助かるぜ」

「さ。ってくれたまえよ」恐怖などない、と言いたげな表情で彼は言い。

「どうせ、お前だけの研究じゃないもんな」

「その機械には軍部へデータを送信する機能がついてる訳だ、当然」

「じゃねーと意味ねえもんな」だが、使

「僕がここで死ぬのも―良いデータになる。対人用の戦闘データの一石いっせきにはなれる訳だ」

「そうかよ。じゃあな」

 

 俺の外骨格は両腕を伸ばし。

 逃げもしないクソ主治医を捕まえて。

 その首を目一杯の出力で締めあげ。

 ああ。この感触。

 使

 首を締める事がこんなに快感だったなんてな。

 知らなかった。

 

 

                   ◆


 野に放たれた殺人鬼。

 ソイツは何処に至るのか?

 簡単だ。軍部に捕捉ほそくされ。


「我々のところで思う存分良い」

「こっちはあと数年で死ぬ、重病人だ」俺はこたえてやる。

「良いじゃないか。よ」

「やりたい事だあ?俺はな。ただ借りを返しただけだぜ?」あのクソタヌキに、十数年分の借りを熨斗のしつけて返してやっただけ。

「いいや。君は」はくを置く軍人。

「…、とでも?」先を埋めてやり。

「ああ。よ」ニヤリと笑うその様が腹立たしく。

「…役に立たねえぞ」俺はコイツらに屈服することにした。深い理由はない。なぜならだ。

「そこはバックアップしてやるから安心し給え」

 

                   ◆


 かくして数年だ。

 俺は改良された外骨格スーツに身を包み。その上に酸素タンクと人工呼吸器をつけ。

 戦場に放り込まれ。

 多くの敵兵をほふってきた、白兵戦はくへいせんで。

 頭に乗せたヘルメットには『ボーン・トゥ・キル』と書かれており。そいつは上官がジョークで俺に与えたものだが。冗談ではなくなりつつある。

 今だって―

 

 足蹴あしげにした敵兵に銃を突きつけ。

 その生殺与奪せいさつよだつを俺が握る。

「助けてくれ…降参するから」とヘルメットの中の通信機。

「生きて虜囚りょしゅうの恥をを受けるなかれ」だったっけ?あの極東の国家が第2次世界大戦時に言ってたらしい事は。

「お前には人の心がないのか?」問われるなれば。

「んなモン…初めて猫を殺した日に無くしたよ」俺はこたえてやり。

「この…」それが末期まつごの言葉かよ。

 

 こうして。俺は何人目か分からない敵を始末する。

 昔と違うのは腕を使わなくなったってトコロかね。

 無理やり開いた口蓋こうがいに銃口を突っ込んでやり、弾を脳天にぶち込んで。

 せめて安らかに死ねば良い。

 

                   ◆


「そろそろ寿命だよな」と俺は死骸の側でつぶやいて。

「20歳まで後1ヶ月」とおなじみのインターフェイスは回答し。

「呼吸器も心筋もイカれてきた…戦場にいるのが不思議だぜ」

貴方あなたには最高の医療がほどこされてますから」そう、俺にはありとあらゆる延命措置が施されている。まあ、気休めなんだけど。

 

「ああ。我が人生は機械に支配されたり!!」人工呼吸器越しに俺が叫べば。

 その音は―ヘルメットの中に吸収されていき。

」とインターフェイスが解答する。

「こんな人生なら無いほうがマシだぜ?」

「そんな事を言いつつ

「ああ。ガキの頃に出来なかった大暴れを今、この公園戦場でやってるからな。楽しいぜ?」これは実感だ。病気のせいで何も遊べなかった俺。外遊びをしてこなかった俺。それが今になって強靭きょうじんな体を手にいれ。十何年なんねん分の衝動をそこらへんに撒き散らしている訳さ。軽く人が死ぬだけさ。

「貴方は倫理的に最低の人です」インターフェイスは俺をそうなじるが。

「倫理ぃ?んなモンお互い殺り合うと消耗する阿呆アホの決めごとだろ?

「それがどうした?俺はお前の発展に寄与してやっただい恩人だぞ?」

「…機械は主人を選べない」

「…俺はお前の奴隷だぜ?」

「私は」インターフェイス。ここ1年で模擬人格もぎじんかくが与えられて小うるさくなった。

「貴方を殺人鬼に仕立て上げた付き従って来ましたが」

「お前がオーバートルク出力してなきゃ俺は猫を殺してない」

「あれは―きっかけでしか無い」

「とは言えな。よ、力を使うのって気持ちいい、そう気付いた端緒たんちょだ」

「…最後まで見届けることしか私には出来ない」

「頼んだぜ」

 

                 ◆

 

 俺の最後はあっさりしたものになる予定だったが。

 まさか―スナイパー狙撃手にヘッドショット喰らうとは思ってもおらず。

 インターフェイスと呑気のんきに会話を交わしていたのがいけなかったらしい。

 

 ヘルメットの横を銃弾がかすめた。

「…呑気に喋ってる場合じゃないらしいぜ、伏せろ」

「了解…」だがしかし。その動作は数瞬すうしゅん遅れてしまい。

 

 視界に銃弾をとらえたのが意識の最後で。

 その後はスローモーションに時間が流れていき。

 脳天を熱された鉛が穿うがつのを感じ。

 

 

 ああ。

 こんなことなら―筋肉を望まければ良かったよな。

 高望みをしたから罰が当たった訳で。

 いや、俺のぞんだっけ?

 

 

                  ◆

 

 こうして。戦場に機械仕掛けの体が落ちた。

 その頭は弾丸で貫かれ。その顔は満足げであり。 

 機械で力を与えられた者の一形態いちけいたいを示していた。

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【KAC20235】―②『力に溺れた男』 小田舵木 @odakajiki

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