ブロンズのリューネ 筋力合戦

土田一八

第1話 筋力合戦

 群雄割拠、乱世の中にあるヤシマ。


 ある日、空から大男が落ちて来た。


 領主の娘で姫武将でもあるおたつは、その大男を屋敷に運ばせて怪我を治療させるなど一生懸命に介抱した。一時は命の危険がちらつく程の大怪我であったが大男の回復力は凄まじく、ひと月程で危機を脱し、三月程で全快した。大男はルカフェルという金髪碧眼の美男子で優しい男だった。その為、屋敷の人間どもの心を一心に掴んでしまった。その中にはおたつも含まれていた。


 そして、おたつとルカフェルは、周囲が認める程のすっかり深い恋仲になってしまった。ところが、そんな事情を知らない領主はかねてから活躍が目覚ましい側近の徳左衛門をおたつの婿にして、跡継ぎを作ろうと勝手に婚姻話を進めてしまった。



 それから数日たったある日、領主の側近である徳左衛門は、自分の許嫁が、空から降って来た大男と仲良くなっているという噂を耳にした。領主も噂を聞きつけており困惑していた。

「まさか、男気の無いあいつに悪い虫がつくとは…」

 領主はすっかり頭を抱えてしまった。父親として様子を見に行きたいところではあるが、敵と睨み合っている今は陣中からおいそれと離れる訳にもいかなかった。そこで、領主は、徳左衛門に領地の様子を密かに確認するように言いつけた。

「場合によっては切り伏せても構わぬ」

「はっ。某にお任せを」

 徳左衛門は密かに陣を抜けて領地に戻って行った。


 数日後、領地に戻った徳左衛門は聞き込みをして噂が事実である事を確認した。そして屋敷に踏み込む。

「おたつ殿!」

「ん?徳左衛門。何故ここにおる?」

「ルカフェルとは何者でございますか?」

「ああ。ルカフェル殿は良い人物だ。この間など…」

「何故異国の者と昵懇…いや、仲睦まじいと聞き及んでおりまする!」

「お主、何を血相を変えておる?父上が戻られたら、ルカフェル殿を婿にしたいと言うつもりだ…」

「なりませぬ!」

「一体、どうしたと言うのか?」

「御屋形様は、某を婿にすると仰られました!」

「何と」

 そこに間の悪い事にルカフェルがやって来た。

「おたつ…」

「むっ!貴様がおたつ殿に群がる悪い虫だな!」

 徳左衛門は得意の居合抜きでルカフェルに突然斬りかかる。ルカフェルは咄嗟に徳左衛門の居合抜きを避けてねじ伏せる。

 ぐはっ!

「その程度では、幼馴染とはいえ、徳左衛門を私の婿と認める訳にはいかんな」

 おたつはねじ伏せられた徳左衛門に対して素っ気ない言葉を投げかける。

「なにとぞお考え直しを……」

「無用じゃ」

「御屋形様はお許しになりませぬぞ…」

「……」

 おたつは少し考える。言われてみれば、確かにその通りだが…。

「……ならば、どちらが私の婿に相応しいか力比べ…筋力合戦をせよ」


「ち、力比べ…?よし、受けて立つ!」

「ほう、神の試練か!決して負けぬぞ!」

 おたつの提案に2人の男は俄然ヤル気を見せる。

「では、決まりじゃな。準備もある故、力比べもとい筋力合戦は数日後とする。各々、準備をせい」


 そして、その筋力合戦とは。



 三日後、鉄砲鍛冶の屋敷。

「では、筋力合戦の説明をする。一刻でどれだけの良質な火縄銃の銃身を鍛え、作れるか、で判定する。作る作業自体は鍛冶師がするが、お主らは銃身を鍛える作業をせよ。本番は寅の刻とする。午前中は練習に励め。なお、昼飯前に親方が練習の成果を判定する。これに合格できなければ、そこで筋力合戦は終了だ。心してかかれ」


 筋力合戦。ただの力比べではつまらないという事らしい。ちょっと二人の想像の斜め上を行くものであったが、ここで引き下がる訳にはいかなかった。それに鉄砲はあちこちから注文が殺到しており製造が間に合っていなかった。

 両者熱心に鍛冶師の指導を受けて親方から合格の判定を貰い、本番に進む。


 真っ赤になった鋳鉄を心金に巻き付けて鎚で叩いて鉄を鍛える。流れ作業でもあるのでチームワークも必要な作業だ。ルカフェルも徳左衛門も職人たちと一緒に懸命に作業に取り組む。しかし、ここで両者の考え方の違いが次第に出て来る。徳左衛門はとにかく量を求める。

「まだか!早くしろ!」

 徳左衛門は大急ぎでガンガン鍛える。

「いつもの動きでお願いしまする」

 ルカフェルはいつものペースを職人に要求する。そして教わった通りに鉄を鍛える。


 そして。


 親方が検査する。木槌で叩いて出来具合を確認する。

「ふむ…」

 結果。

「ルカフェル殿の勝利とする」

 数は徳左衛門の方が多かったが、その分不良品も多かったのだ。


「ぐぬぬ」

 徳左衛門は納得がいかない様子であったが引き下がる他はなかった。徳左衛門はその足で陣中に戻って行った。


 数日後。

「何じゃとぉ⁉」

 領主は陣中に戻った徳左衛門から話を聞いて驚愕する。

「誠に面目ございませぬ…」

 徳左衛門は無念さをにじませる。

「仕方あるまい…」

 そうは言ったものの、その程度で諦める御仁ではなかった。

「徳左衛門」

「はっ」

「お主、今宵兵を率いてルカフェルを討て」

「…はっ。御意!」


 徳左衛門は夜中に兵50余りを引き連れて陣中を離れ、領地に急ぐ。



 数日後の夜半。徳左衛門は屋敷を急襲する。が、斬られた門番が悲鳴を上げた為に事がたちまち露見した。おたつとルカフェルは夜伽を終えたところであった。だが、何か外が騒がしい。

「何事だ!」

「狼藉にございまする!」

 まもなく鉄砲の音がする。

「恐らく、徳左衛門がルカフェル殿を討ち果たしに来たのであろう…」

「いたぞ!」

「放て!」

 バンバンと鉄砲が火を噴く。

「逃げよう」

「相分かった」

 ルカフェルとおたつは内掛けを着てその場を離れる。しかし、裏側にも討ち手がいた。

「いたぞ!」

 バンバン鉄砲を撃つ。

「おたつ」

 ルカフェルはそう言うと、おたつを抱き寄せて背中に天使の羽を生えさせて羽ばたく。

「ルカフェル殿…」

「心配いらない。私は天使。その辺の人間に負ける事はない」

 その時、ルカフェルの背中に鉛弾が撃ち込まれる。

「うっ⁉」

「ルカフェル殿⁉」

「だ、大丈夫。目を閉じて、しっかり掴まってて」

「……」

 おたつは無言で頷き目を閉じる。ルカフェルは天使の力で光り輝き討ち手の目をくらませる。

「ま、眩しい」

 ルカフェルは天使の力でおたつを抱きかかえて夜空に飛んで行った。

「くそ!追え!」


 追っ手は光の方向を見て追いかける。


「ルカフェル殿、鉄砲鍛冶の屋敷で下ろしてくだされ」

「どうしました?」

「用意してあるものがある故」

「分かりました」

 ルカフェルは光を消して地上に降り立つ。そこは鉄砲鍛冶の屋敷の中庭だった。

「うっ」

 羽をしまうとルカフェルは呻き声を出す。

「傷の手当てもせねば…」

 おたつは急いで母屋の木戸をドンドンと叩く。まもなく人の気配がして木戸が開いた。

「誰だこんな夜更けに…お、おたつ様⁉」

 親方は驚く。

「すまない。中に入るぞ」

「ど、どうぞ」


 中に入ったおたつはルカフェルの傷を手当しようとするが、ルカフェルは天使の力で鉛弾をふんすと力を込めて体外に絞り出す。傷はあっという間に治ってしまった。

「空から落ちて来た時は、こうはいかなかったな?」

「あの時私は天使の力を失っていましたから」

「そうか」

「おたつ殿。これから北の国に行こうと思います。向こうに知り合いがいます」

「私も連れて行ってくれるのか?」

「はい。結婚しましょう」

「うん」

 おたつは顔を真っ赤にする。

「おめでとうございます」

 親方は祝福してくれた。

「うむ。かたじけない」

「ところで、今宵はいかがなされますか?」

「すぐ出立する」

「では、用意されてある物をお持ちします」

 親方は奥に行った。おたつはこうなる事を見越して、備えていたのだ。



 おたつとルカフェルは着替えて旅の準備をする。

「おたつ様。これを」

 親方は用意したものとは別の銃袋を差し出す。おたつは袋を開けて中の銃を取り出す。

「これは管打ち式か?」

「安定した雷汞を作るのに苦労しましたぞ」

「それはかたじけない」

「荷物は私が預かります」

 ルカフェルは天使の力で荷物をアイテムボックスに収納する。何もない所に荷物を収納するところを見ておたつと親方はたまげる。

「これは、アイテムボックスというもの。珍しいでしょうが、とっても便利なのです。ものが痛んだり消える事もありません」

「は、はぁ…」


 そして、おたつとルカフェルはそっと裏から屋敷を出る。

「ご多幸をお祈り申し上げます」

「うむ。達者でな」

 おたつとルカフェルは町のはずれにやって来た。

「さらば、我がふるさと」


 ルカフェルは天使の力で羽を出し、おたつを抱き寄せて夜空に飛び立って行った。


 おたつとルカフェルは北の国で結婚して娘が生まれた。リューネと名付けられた。


 後にブロンズのリューネと呼ばれる女の子だった。


                           おわり

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