落蕾たちの街
僕が看板を見た方の入り口とは反対側の入り口を妙会さんに連れられて出ると、細い農道があった。小さな軽トラ一台がかろうじて通れるだろうか。だが、2人で通るには十分だ。道の横は全て稲が刈り取られた後の田んぼだった。水もない、稲の根元だけがたくさん、規則的に並んでいる。そんな光景が道以外にずっと広がっている。こんな所を歩いて何になるというのか。彼女は何も言わない。僕より少し小さい、何も言わない後ろ姿を見続ける。
「着いたよ。」
ふと、顔を上げるとそこは山の麓だった。広葉樹っぽい木に覆われた里山というのか、そんな小高い山の麓だった。けれど、それより驚いたのはそこに学校があったからだ。多分小学校、あるいは中学校だったであろう古びた外壁の校舎と窓から明かりの漏れる体育館、静まりかえったグラウンドがいつのまにか道の先にあった。
「今なら体育館に行くべきだ。」
相変わらずこちらの都合などお構いなしに彼女は進んでいく。
「靴のままでいいよ。」
そう言われ、身一つでゴロゴロと重い扉を横に開ける。そこには、何十人かの青年がいた。勿論女性もいたが、青年とは男女をまとめた表現だった気がするので青年といっておく。彼らはみな静かにそこにいた。寝ている者、本を読む者、隣に邪魔にならない程度の声で話し合っている者、外を眺める者。みんな何かをしているのに、誰も何もしていないかのようだった。端的にこのときの感想をいうなら、「落ち着く」だった。
「こっちはさながら一部屋のシェアハウスだね。ここにはアパートや一軒家なんて気の利いたものはない。ここで夜を明かして、暇になったら街で呑んで読んで、だ。本を読むのはここに居着いているこういう人たちだよ。本は持ち帰り結構だからね。」
ここは、ここは何なのだろう。自由な代わりに、ひどく寂しげな、でも見る人見る人真顔の人はいても、苦しそうにしている人はいない。
「ここは、何なのですか。」
迷い込む異世界はもっと殺伐としていると思っていたけど、あるいは自分しかいないような暗いところかと思っていたけれど。
「さっきも言っただろうけど、ここは蕾落街。望まれ、期待され、でもそれに応えられなかった者、応えたくなくなってしまった者がたどり着く無期限の休憩所。美しい花をと期待されて水と肥料をたくさんもらったけど、花咲く前に脱落してしまった落蕾たちの楽園だよ。」
説明されて、なぜ僕がここに迷い込んだのかようやくわかった。就活が嫌になって、親からの期待が嫌になって、だからだろう。でもそんなことで?
「実際に見てもらった方が分かりやすいと思ってね。なぜ君がここに来たかも理解できただろう?自分ではそんなことないって思ってる?そういう人間ほどここに来やすいのさ。そういう自分ごまかせてますみたいな人間に半ば強引に休めっていうところだからね。」
じゃあ、街で見た人も、体育館にいる人もみんなそういう人なのか。
「でも、それは人次第だ。さっきも言ったようにここは無期限の休憩所。休む場所じゃなくて、永久に社会から消えるためのゴミ箱にもなる。街にいるのはだいたいそんな奴らさ。まあ、それも受け入れる街だけど。」
永久に…。実に魅力的だけど。僕が天涯孤独の人間であれば迷うことなくここに居着いただろう。でも僕にだって家族も友人もいる。
「どうやったら帰れるんですか?」
「相変わらず君みたいな人間はいろいろ先のこととか他の人のこと考えすぎじゃない?そういうのから逃れるための場所だってのにさ。まあ、疑問には応えよう。僕と出会った場所、そこからどこに行きたいかを強くイメージしながら商店街と反対に歩けばいつか出られる。でも、ここにいる間の時間は外の世界とは根本的に無関係だからね。他の人のことの心配はないよ。」
無関係とはどういう事だろう。こちらの世界にいる間は現実の時間が止まっているとでもいうのだろうか。
「イメージしながら、といっただろう。それなら君が帰りたい時代、時間のイメージをすれば良い。そうすれば簡単な時間旅行だ。こっちの世界にいる間は老化も病気もないから自分の体のことは心配ない。」
楽しむと良い、そう言って彼女は体育館から出て行った。慌てて追いかけると、もう彼女の姿は見えなかった。
蕾落街 秋ノ夜長 @AkiYoru
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