エピローグ

 ───あれから一ヶ月の月日が経った。


 主役である有栖の撮影も終わり、無事にMVは編集も終えて完成。

 YouTubeや各配信サイトで、昨日の夜に配信が開始された。

 とはいえ、俺はまだ配信が開始されてからのMVを観ていない。

 そもそもの話、事前にマネージャーを通じて完成したMVはすでにもらっており、何故か組の連中と一緒に観てしまったからだ。

 今でも雅と親父が興奮していたのを覚えている。気恥ずかしくて、自分の芝居を見直せなかったのも記憶に新しい。

 ……いや、あの時本当に恥ずかしかった。


「くそねむ」


 あれから坂月と事務所の稽古は続いているものの、別の仕事は入ってこなかった。

 とはいえ、所属したてな新人俳優に仕事がすぐに入ってくるわけもなし。有栖も、入った当初はオーディションでもらったオプション以外中々入ってこなかったそう。

 だから気長に待つしかなく、今日も今日とて学校へ登校していた。


(有栖から「学校はちゃんと行け」って言われなかったら絶対サボってただろうな)


 重たい瞼をなんとか開けながら、校舎までの道のりを歩く。

 登校時間はやはり生徒の人数が多い。視界には談笑しながら教室へと向かっていく人間や、顔色を窺うように時折こちらを見てくる人間が映る。

 耳には朝から部活動に勤しむ生徒の喧騒が届いていた。


(……なんか、妙な視線だな)


 顔色を窺ってくる視線。

 ヤクザの息子ということもあり、今まで向けられてはきた。

 しかし、どこかいつもとは違う気がする。まるで好奇心まで含まれているような。

 もしかしなくても、髪を染め直したからだろうか? いや、それは撮影が始まってからだったため、他の生徒も見慣れているはず。

 では、一体何故? 疑問に思ってしまう。


(……まぁ、いいか)


 別に視線を向けられるのはいつものことだ。

 気にせず、校舎に入った俺は上履きを履き替えて教室へと向かう。

 ゆっくりと勝手に人が避けて空けられるスペースを歩いて扉の前へと立つ。

 そして、いつもと同じように教室の扉を開けた。

 すると───


『『『『『………………』』』』』


 教室中の視線が一気にこちらへと向けられた。

 登校する時と同じ、顔色を窺いつつも好奇心が滲む視線。


(……なんだ?)


 何かがおかしい。

 特段おかしな服装はしていないし、問題を起こしたわけじゃない。

 怯えられるのは慣れっこだが、好奇心まで向けられるのは何か違う。

 死ぬ前でも、このような視線はなかった。


(そういえば、文化祭が終わった時もこんな視線があったような?)


 前のことだからあまり覚えていないが、その時もこんな感じだった気がする。

 だが、ここまでであれば印象には残っていただろう。今回の視線は恐らく以前の比ではないはずだ。

 不思議に思いながらも、俺は視線を合わせないように自分の机に座った。


『なぁ、やっぱりそうだよ。顔一緒だもん』

『っていうことは、ヤクザの息子があのMVに出てたのか?』

『まるで別人……もしかして、ヤクザの息子って恋人ができたらあんな顔をするのかな? 凄いリアリティあったよね』

『よ、よく見たらヤクザの息子ってかっこいい顔してるよね。いつもあんな感じだったら絶対声かけてたと思う』


 周囲のざわついた声が耳に届くものの、上手く拾えない。

 また陰口でも叩かれているのだろうか? そう思った時───


「桜花くんが学校に来た気がするッッッ!!!」


 教室の扉が勢いよく開け放たれ、そこから久しく見ていなかった少女の姿が現れた。


「朝からうるせぇ……」

「桜花くん、一緒にMV観よ! そのために私はやって来ましたどやぁ!」


 騒がしい有栖が興奮した様子で俺のところまでやって来る。

 久しぶりに会ったかと思えば挨拶もなし。あまりのマイペースっぷりに思わずため息が零れてしまう。


「あ、でも観るなら野乃ちゃんも一緒の方がいいか」

「別に今見なくてもいいだろ……」

「ちょっと待ってね、今連絡したから」


 そう言って、操作し終わった有栖はスマホをポケットにしまう。

 朝のホームルームが始まるまでまだ少し時間はあるが、わざわざ学年も違って登校しているかも分からない坂月を呼び出さなくても───


「幾田先輩に呼ばれて来ました!」

「早ぇよ」


 またしても勢いよく扉が開け放たれる。

 スマホをしまい終わってから、まだ数秒しか経っていないはずなのに。


「幾田せんぱーい! 可愛い可愛い後輩を呼びましたかー?」


 上機嫌な様子で、現れた坂月は俺のところへと向かってくる。

 いきなり学校で有名な女優二人が現れたからか、周囲の生徒はより一層のざわつき始めた。

 だが、有栖と坂月は気にした様子もなく平然とハイタッチを交わす。


「一緒にMVを観ようってお誘いだぜ!」

「なるほど、それはいいお話ですね!」

「いや、お前らも事前にデータもらって観ただろ……」

「配信されてから観るのがいいんじゃん、何言ってるの!?」


 信じられないと、有栖は驚く。

 そして、その横で「やれやれ」と肩を竦める坂月が少し腹立つ。


「っていうわけで、早速観てみよー!」


 有栖はスマホをもう一度取り出して操作し、そのまま俺の机の上へと置いた。

 周囲に生徒がいるというのに、スマホから何度も聴いた曲が流れ始める。


「そういえば、うちのクラスでも先輩の話で持ち切りでしたよ」

「俺の話?」

「そりゃあ、ヤクザの息子がMVに出ていれば驚くんじゃないですか? 結構、このアーティストって高校生の流行最先端にいる人ですし」


 なるほど、だから今日はやけに好奇心が含んだ視線を向けられていたのか。

 確かに、不良でヤクザの息子がいきなり知っているアーティストのMVにでも出れば驚きもするだろう。


「しかも、先輩がこんな顔をしてるなんて。先輩って彼女ができたらお熱になるタイプですかね? きゃー、私恥ずかしー」

「芝居だからに決まってるだろうがぶっ飛ばすぞ?」

師匠おんなのこに対してその口の利き方は最低で───」

「……いいなぁ、野乃ちゃん。桜花くんにこんな顔向けられて」

「待ってください、幾田先輩。今の発言をちょっと詳しく」

「えー、言うの恥ずかしい」

「待ってください本当にそこ詳しくッッッ!!!」


 やんややんや。MVが流れているというのに、二人は騒ぎ始める。

 本当にうるさいやつらだ。

 そんな二人を放置して、俺は流れる映像に映る自分に視線を落としていた。


【やっぱり、さかつきといるのは……楽しいよ】


 有栖ほど出番はない。

 それでも、自分が実際に画面の向こうにいて、有栖と同じ場所にいて、自分達以外の誰かにこの映像が届いている。

 何故か胸の内に言い表せないむず痒さが現れた。

 これは───


「……配信されてから観るのも悪くないな」


 ───満足、なのかもしれない。


「でしょ!?」

「次は目指せドラマ、ですかね。そうなったら今度は私の家で試聴会です!」


 二人が俺の呟きを拾って笑いかけてくる。



 一度目の人生では後悔を抱いて死んだ。

 二度目は後悔しないように……何かを手に入れるために、有栖に提示された選択肢を選んだ。

 結局、有栖は何も持っていなくて、寂しい想いをしていて、一人にはさせないと俺は目的意識が変わってしまったが、不思議と嫌な感じはしていない。

 今の俺には、後悔をしているという気持ちは一切なかった。


 俳優の道を選んでよかった。素直に思う。

 だから───


「あ、そうだ! しばらく私のお仕事落ち着いたから、桜花くんに色々教えられるよ!」

「そうなると、私と幾田先輩のマンツーマンですね。忙しくなりますよ、先輩?」


 この感情が俺の求めている何かであればいいな、と。そう願ってしまう。

 今はこの感情が何かであるかどうかは……正直分からないが。


「……よろしくお願いするよ」


 これからも、俺はこの道を進んでいくことになるだろう。

 幾田有栖という女優おんなのこの横に立つために。

 空っぽの俺が、何かを手にするために。


 そういう、ヤクザの息子の物語リスタートだ。

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