好き
(※有栖視点)
私は桜花くんのこと、どう思ってるんだろう?
ふと、木製の乾いた音が響き割った時に思ってしまった。
澄んだ青空、グラウンドが見渡せる水道前。目の前を行き交う生徒の役をしたエキストラの人達。
ゆっくりと時間が流れていくかのように、視界に映るもの全てが遅く感じる。
そして、何故か脳裏に桜花くんの姿が浮かんだ。
(なんで、私は本番に桜花くんのことを考えちゃったのかな)
桜花くんは凄い人だ。
私や野乃ちゃんがいたっていうのも確かにあるとは思うけど、それでもたった数日しか芝居を触っていないのに実力でMVという仕事を勝ち取った。
桜花くんはあまり興味なかった様子だったけど、今回のMVの制作会社は大手で、歌っているアーティストも若者に大人気な人だ。
私や、同じように引っ張りだこな野乃ちゃんが出るぐらい力の入ったMVに出られる。
天才だと思う。それは私がよく知っている。
不良なんて、ヤクザの息子なんて関係ない……桜花くんは凄い人だ。
私は、どうしてそんな人のことをこの瞬間に思い出したのか? 本番前で、集中しなきゃいけないのに。
仲間だから? 気にかけた人だから? 同じ学校の同級生だから?
……ううん、きっと違うよね。
(私を独りぼっちにさせないって言ってくれたから、かな)
自然と口元が緩んで、その顔のまま私は校舎の中へと戻っていった。
『思い出すのはいつも君の顔』
私がどれだけあの言葉に救われたことだろう。
自分で勝手に「来てくれる」というのとはまた違う。直接本人から言われた方が、安心感が桁違い。
胸の内に抱いていた寂しさが、あの言葉だけで拭われた気がした。
『君はいつも誰かと笑っている』
笑っていたかな? 桜花くんっていつも無表情で、つまらなさそうにして、怖い顔をしている。流石はヤクザの息子で不良って感じだね。
でも、時折見せる優しい瞳と大人びた雰囲気が最高なんだ。ギャップってやつなのかな? だから、私は彼から頭を撫でられるのが大好き。
『その横にいるのは私がよかった』
別に彼の横に私がいなくても構わない。
桜花くんが私の横に来てくれるんだから。
『どこで道を間違えちゃったんだろう』
道なんか間違えた場所を探し始めたらキリがないと思う。
空っぽの人間だって気づかなければ、私は現実を知らずに生きていられたのかもしれないから。
けど、空っぽだと気がついたから桜花くんを見つけられた。
私が女優になって、文化祭の演劇に助っ人としてお願いして、空っぽだからこそ何かがほしくて思い出を作りたくて……そう願ったからこそ、桜花くんに声をかけることができた。
『どうすれば、君の全てが私を向いてくれたんだろう』
それは私も知りたいな。
どうすれば、桜花くんの全てを私は向けてもらえるんだろう?
教えてもらえたら、私はきっとなんでもしちゃう気がする。
『こんなことを思っている時点で、私は───』
いつの間にか、私の足は屋上へと辿り着いてしまった。
この火照った体を冷ますかのような冷たい秋の風が肌を撫で、そろそろ切ろうかと思っていた髪がゆっくり靡く。
髪で視界が遮られてしまった。だから私は掻き分けるように髪を押さえる。
すると、そこには———
【偶然だな】
にっこりと、いつもと変わらない笑みを浮かべる
その姿を見るだけで、火照った体に追い打ちをかけるかのように胸が高鳴る。
―――それが、ある種のスイッチになった。
明確な、女優としての画用紙を広げるための合図。
……凄いよ、桜花くん。
私が君の演技で引き出された。
文化祭の時よりも、役に対する説得力が段違い。接している私すら引き込まれてしまう。
そのおかげで自分なりに深く潜った解釈が今、主人公として表面化していく。
『あぁ、なんで』
私は諦められないんだろう?
君の隣にはもう誰かがいるっていうのに、もう手は伸ばせないって分かり切っているのに。
【どうした? お前、泣いているのか?】
彼が真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。
心配そうな表情を浮かべて。
カメラはラスサビのクライマックスだからか、計四つ。
恐らく私がめいいっぱい写らなきゃいけないカメラに、桜花くんはドンピシャで重なってくる。
だったら、私は立っている位置をズラして―――
(……いいや)
カメラワークガン無視してきたってことは、桜花くんは配慮を捨てたんだ。
役に成り切る……空っぽの才能に、芝居の全てを委ねた。
それが何を意味するのか? もう、言わなくても分かっている。
(ありがとう……)
私を独りぼっちにさせないって、証拠を見せてくれて。
だったら、私もそれに応えなきゃいけない―――君の才能の先にいるのは私だって。
一緒に歩いて行こうって。
(染みろ)
真っ白な画用紙に、役というインクをぶちまけるんだ。
深く、深く。広げた解釈を体いっぱいに体現して。
───私は、彼のことが諦めきれないぐらい好きな女の子だ。
『どうしようもないぐらい、君が好き』
隣に誰かがいると胸が苦しくて、忘れたくても忘れられない。
こうして心配してくれているのを見ると、情けないぐらい嬉しく思ってしまう。
『君が好きでたまらない』
だけど、これでお終いにしよう。
もう、私は一人ぼっちじゃないんだから。
『最後に、もし伝えられるのなら』
何かなんて手に入れられなくてもいい。
もう空っぽの私のままでいい。
君がもし私の求める何かじゃなくても、君がもし私の求める何かだったとしても。
私は君の傍にいたい。
傍に来てほしい。
『これだけは伝えさせてください』
きっと、こう思ってしまうってことは―――
【『私はあなたが大好きです』】
ねぇ、今の演技はどうだったかな?
多分、世界の誰よりも負けないぐらい迫真の演技だったよね?
……だって、今のは紛れもなく私の本心なんだから。多分、ね。
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