どうしたいか
【お父さんの娘でよかったって思ってる!】
【ごめん、なさい……私が悪かった……!】
【結局、人の感情なんて誰がどうこうなんてできないんだよ】
目の前に、ずっと追っていた少女の姿が映る。
あくまでそれは画面の中の話。観たことのあるもので、新鮮さの欠片もなく、ストーリーは大まかに頭へ入っていた。
それでも目を離せないのは幾田有栖という女優に惹き付けられるだけの力があり、俺がどうしようもなく彼女に興味を寄せているからだろう。
───結局、撮影が終わって俺はすぐに家に帰り、自室へと籠った。
わけも分からなく、モヤモヤした気持ちが胸の内を占めていて、気がつけば今まで録画していた有栖が出ている作品を流していた。
なんで自分もこんなことをしているのか分からない。
分からないが、外が静かになるまでずっと部屋から出られずにいる。
(……やっぱり、あの時の有栖はなんか違う)
画面に映っている有栖は作品の中で生活している人間かのような芝居を見せている。
文化祭の時も、実際に目の当たりにして思わず震えてしまったほど迫力あったものだった。
しかし、今日の有栖はそんな演技力も薄れていたような気がする。
何度もリテイクを挟みはしたものの、問題なく撮影自体は進んでいった。
進んではいたが、坂月も健吾さんも他のスタッフさんも納得し切れない顔を浮かべていたのを覚えている。
(有栖は何をどうしたいのか)
言われないと分からない。
役者であろうと誰であろうと、結局その人の気持ちを正確に読み取るには言葉以上のものなどないのだ。
今から有栖にもう一度聞いてみるか? そう思っても、中々スマホに手が伸びない。
脳裏に有栖の初めて見る泣き顔が脳裏を横切ってしまうから。
きっと、こうして有栖の出ている作品を見ているのも、あの時の顔を頭から消し去りたいからかもしれない。
(そんで、俺はどうしたいんだよ……)
情けない。たった一人の女の子にここまで振り回されるなんて。
死ぬ前の俺であれば、こんな情けない自分になることなどあり得なかっただろう。
何せ、自分が動いてしまうほどの関心を周囲の誰にも抱いていなかったから。
「坊ちゃん、入るわよ」
テレビを眺めていると、いきなり雅が俺の部屋へと入ってきた。
「……帰ったんじゃなかったのか?」
「坊ちゃんの初めての仕事がどうなったのか聞きたかったのよ。ご飯の時に聞こうって思っていたのに、いつまで経っても来ないから」
そういえば、夜飯を食べていなかった。
もしかして、俺が行くまで待っていたのだろうか? だとしたら、申し訳なくなってくる。
「それで、俳優デビューをした坊ちゃんは何を悩んでいるの?」
だが、雅は怒る様子もなく俺の横へと腰を下ろしてきた。
「……分かるのか?」
「分かるわよ。だてに幼なじみやってないわ」
確かに、雅との付き合いは長い。
それでも、あまり顔には出していなかったような気がするのだが……流石は幼なじみといったところか。
「何をすればいいのか、分かんねぇんだ」
自然と悩みが口から零れる。
情けないと思っていたはずなのに、雅を相手にすると勝手に。
昔からそうだった……組を継いだ時も、何かあれば雅に相談していた。
幼なじみ故か、俺が雅に対して心を開いているからか。
どちらにせよ、一度口にしたものは止めようがなかった。
「俺が悪いのかなって。
「私は詳しくはないけれど、始めて少ししか経っていない坊ちゃんに未熟な部分があるのは当たり前なんじゃない?」
「だが、坂月は「これでいい」って言ってくれたんだ。周りの反応を見ても、俺がミスをしたわけでも下手だったわけでもなさそうだった」
考えられるのは、坂月達の期待と有栖の期待が違っていたから。
坂月達は俺の芝居に文句はなく、現状では問題ないと判断した。
しかし、有栖の中ではダメだったのだろう。その証拠に───
『これじゃあ、私はずっと空っぽのままじゃんッッッ!!!』
あの叫びが向けられたのだ。
泣きそうな、今にでも壊れてしまいそうな姿を見せながら。
「何が正しくて、何がいいのか分からねぇ。結局、俺はどうすればいいんだ?」
こんな初めて立つ世界で、何をすればよかったのか?
結局、自分はどうしたいのか……何を望んでいるのか?
それがモヤとなって、胸から離れてくれない。拭いたいはずなのに。
「ふぅーん」
雅は俺の話を聞きながら、俺と同じように有栖の出ているドラマを眺める。
「人の気持ちって、結局言われないと分からないわよね」
唐突に雅がそんなことを言い始めた。
視線は動かさず、独り言のように言葉を続ける。
「でも、当の本人ですら何を言いたいのか分からない。自分が抱いている感情をどう表現したらいいか分からない。それなら、どう言葉を並べたって伝えたいことが100%伝わるわけなんかない」
「そう、だな」
「今の私の気持ちが正しくそれね。まるで自分のことのはずなのに、第三者を挟んで伝言ゲームでもしているみたい」
確かに、その例えは分かりやすい。
気持ちというお題を出されているのに上手く聞き取れず、誰かに上手く伝わってくれない。
出題者や感情を言い表そうとする自分ですら、何が答えで何を伝えたいのかが曖昧。
雅が匙を投げようとするのも理解できる。
悩みを勝手に打ち明けられたのに、肝心の内容が不明確なのだから。
「すまん、忘れてくれ───」
「けどね」
だから謝ろうとしたのだが、雅の言葉が俺の謝罪を遮る。
そして、そっと床に置いた俺の手を握ってきた。
「全てが伝わらなくなくたって、言いたいことはなんとなくぐらいは分かるものよ」
その言葉を受けて、俺は思わず雅の顔を見てしまう。
「坊ちゃんは周囲の期待とその子の期待のどっちを選べばいいか分からないんでしょ? 全部解決したいのに、どれを選んだら最適かが分からなくて立ち止まっている」
「…………」
「欲張りじゃないかしら? 人の体って一つしかないし、一分一秒を刻んでいる時間では一つの行動しか起こせないんだから」
だが、失敗した時はどうなる?
片方を選んで片方が間違っていて、取り返しがつかなかったら……絶対に後悔する。
もう、後悔なんてしたくない。後悔して死んでいくのは、うんざりだ。
「大事なのは勇気。自分の目の前にある選択を選ぶ勇気……結局、後悔するなんて、どっちを選ぼうとしても抱いちゃう気持ちなんだし」
「……後悔、したくねぇんだ」
「でも、後悔を薄くする方法はあるわよ」
雅は俺に向かって柔らかい笑みを浮かべた。
瞳はどこか温かく、思わず吸い込まれてしまいそうな優しい表情で。
「自分がどっちを選びたいか、合理より気持ちを優先したら?」
「…………」
スッ、と。何故か胸のモヤが晴れていったような気がした。
絡まっていた糸が一瞬で解けてしまったような、暗く先の見えない空間に光が射し込んだような。そんな感覚。
確かにこれは流石に俺でも理解できる言葉で、納得できるような選択だ。
雅に言われて、ようやく気がついた。
「……ありがと、雅」
「どういたしまして。何かあったらいつでも支えてあげるわよ。だから、思う存分後悔してきなさい」
暗い時間、迫る就寝時刻。
今から急いで飯食って、風呂に入って、歯を磨いて……明日に備えないといけない。
いけない、はずなのに───
「ちょっと、外出てくる」
「ご飯、冷めないように温めておくわね」
ありがとう、と。最後にそれだけ言い残し、俺は立ち上がって部屋の扉を開いた。
小さく手を振ってくれる雅に返しきれないぐらいの感謝を抱きつつ、足を進めながら懐のスマホに手が伸びる。
(気持ちが大事、か……)
どっちが正解で何が間違いなのかは分からない。
それでも、気持ちを優先するなら───
「俺はこっちを選ぶ」
取り出したスマホを操作する。
そして、そのまま俺は電話帳を開いた。
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