寂しい

(※有栖視点)


「なーにやってるんだろ、私」


 ふと、空を見上げる。

 都会の空は明るい。夜だというのに、街の明かりが寝かしてくれないほど眩しい。

 この時間帯だからか、私が今いる公園には子供の姿も大人の姿も見られない。

 ただ閑散としていて、不気味なほどの静寂が広がっているだけ。

 だけど、なんだかそれが心地いい……きっと空っぽの私にはこれがちょうどいいんだ。


(さいてーだな)


 ふと思い出すのは、今日の撮影のこと。

 結局、あれから私はロクな芝居ができなかった。失態を取り戻そうとしても、空白が役で染みるのを拒否していた。今までこんなことなんかなかったのに。

 原因なんか、とっくの昔に分かってるよ。

 私が過度に期待しちゃって、期待しちゃった分心が沈んだから。


(あんなこと、言うはずじゃなかったのに)


 桜花くんが悪いところなんてどこにもない。

 彼は彼なりに努力して、作品をよくしようとしてくれた。恐らく、野乃ちゃんに教わった技術を意識していたんだと思う。

 だから、文化祭の時に見た演技がどこか薄くて、あの時以上の迫力が見られなかったんだ。

 でも、それでいいんだ……そうなってくれるよう野乃ちゃんにお願いしたのは私で、そんなすぐに上達しないのは分かり切っている。

 いくら桜花くんに才能があるとしても、たった一ヶ月でどうこうなる話じゃない。

 私や野乃ちゃんには経験キャリアがある。同じところに来いっていうのは単なる我儘だ。


 実際問題、野乃ちゃんは桜花くんを褒めていた。

 健吾さんも、桜花くんの芝居に何も言わなかった……つまりは、問題なかったんだ。

 その全てをぶち壊したのが私で、あの現場で一番ダメだったのも私。

 ―――こんなこと、初めてだ。

 私が唯一存在する意味で残っていた芝居でこんなことになるのは、初めてだった。


(我慢、してよ私)


 桜花くんはいつか私のところへ来てくれる。

 数年かもしれないし、数十年後かもしれない。

 それでも、私と同じ才能を持っているんだったら私と同じ世界で私と同じ場所まで立ってくれるはずなんだ。

 我慢すればよかったんだ。そうすれば、全て上手くいって……私は寂しくなくなるから。


(それでも堪えきれなかったのって、久しぶりに皆の声を聞いちゃったからかなぁ)


 住む世界が違うんだって改めて言われて。

 桜花くんっていう希望が眼前にあって。

 早くこんな寂しさから抜け出したいなって思って、気持ちが早まった。

 明日も撮影があるんだから切り替えないと……切り替えるのは、私の得意分野じゃん。


「……幾多先輩」


 公園のベンチに座っていると、ふと後ろから声をかけられた。

 ゆっくり振り返ると、そこにはどこから現れたのか分からない野乃ちゃんの姿があった。

 現場からそれぞれちゃんと帰ったはずなのに、どうして野乃ちゃんはここにいるんだろう? ふと疑問に思ってしまう。


「私、先輩のことが気になって……お家まで行ってみたんですけどいなくて、それで……」


 そっか、私のことを心配でわざわざ捜しに来てくれたんだ。

 野乃ちゃんの借りたお部屋から私の家って近いもんね。


「ありがと、野乃ちゃん」

「いえ、私の方こそ……ごめんなさい。もしかしたら、私が先輩に余計なことを」


 そんなことはない。

 桜花くんが役者として活躍していくんだったら、カメラワークは学んでおかなきゃいけないもの。

 本当は私が教えてあげなきゃいけないことを、私の代わりに野乃ちゃんが教えてくれたんだ。

 感謝することはあれど、謝られることなんてどこにもない。

 全部、私が悪いんだ。


「私さ、結構寂しがり屋なんだ」


 ふと、私の口が勝手に開いた。


「歩いても歩いても何も感じなくて、何をしたいのか途中で分からなくなっちゃって、振り返ってみれば誰もいなくて、私だけが先を歩いていて」

「い、幾多先輩……?」

「辛かったんだ。私が空っぽだっていう事実も、どうしても皆のところに行けないって事実も」


 だって、私は皆が持っているような何かを持っていないから。

 行きたくても行けなくて、行ったとしても結局は私の横にも後ろにも誰もいなくて。

 寂しくて、辛くて、そうして今までの多くの時間を過ごしてきた。


 そんな時に、ふと後ろから彼が歩いて来てくれたんだ。

 突然私の世界に入り込んできて、私と同じ道を歩いてくれた空っぽな人。

 空っぽだって証明は―――あの芝居で証明された。


「成り切るって、空っぽの証明なんだよ」

「…………」

「桜花くんを見た時に、私は仲間を見つけたような気分になったんだ。横に来てくれるのが楽しみになって、待ち焦がれるようになった。不謹慎だよね、空っぽの才能なんて……悲しいだけなのにさ」


 だから、桜花くんが撮影の時に変わってしまったことに対して我慢ができなかったんだと思う。

 独りぼっちだっていう事実を改めて突き付けられたあとだからか、成り切れていない桜花くんに置いて行かれたような気持ちになって。


「幾多先輩……」

「ん?」

?」


 震える声。

 聞いているだけで、申し訳なくなってしまう。

 でも―――


「ごめんね」


 多分、桜花くんじゃないとダメなんだよ。


 私は、傷を舐め合ってくれる人がほしいだけなんだから。

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