空っぽ

(※有栖視点)


 私は人より才能がある。

 それは自分で気づいたんじゃなくて、お母さん達が教えてくれた。


『有栖は凄いなぁ! 絶対に演技の才能がある! まるでジュリエットだ!』

『どう? もっとお芝居したくない?』


 始まりは幼稚園の寸劇。参観で来てくれたお母さん達が私の芝居を見て喜んでくれた。

 二人が喜ぶから、私も人前で演じるのが楽しいって感じちゃって、お母さん達の言葉にすぐ頷いた。

 そして、お母さん達が選んでくれた子役のオーディションを受けて一発で合格。正式に役者として活動を始めることになった。

 受賞したオーディションが、グランプリを獲った人にメディア枠を与えていたのも大きかったと思う。

 すぐにテレビに出て、エスカレーター式に何故か人気が出てきてしまった。


 始めは、正直自分が売れ始めたことに実感がなかった。

 ただ好きになった芝居をして、ただ精一杯褒めてもらえるように努力して。

 本当にいつの間にか仕事がいっぱい増えてきちゃったんだ。

 そして、いつの間にか『まるで』が『本物の』に変わっていった。

 別に嫌とかじゃないよ? お仕事をもらえて嬉しかったし、いっぱい芝居ができるし、皆から「凄い!」って言われるのは好きだったから。

 それに、自分が何かに成るのは……凄く新鮮で、何故か


(今回は何に成ればいいのかなー?)


 どんなことをしていて、どんな場所で生まれて、どんな性格をしているのか。

 まったく同じキャラクターなんてあり得ない。何かを演じるのであれば、何か新しい役を演じることができる。

 台本をもらった時、自分の演じるキャラクターを考えるのは好きだった。

 才能があるって言われているのは、きっと演技力だけじゃない。こうして想像していることが好きな部分もだと思う。

 もう一つは、私がどんな役にだってすんなりイメージ通りに成れること……かな?


(楽しいなぁ)


 こんな毎日が続けばいいのにと、願ってしまうほどに私は充実した日々を送っていた。

 でも、ある日———


『ねぇ、有栖ちゃんってさ……何考えてるか分からないよね』

『うん、いっつも笑っててさ。ちょっとウザい』

『芸能人だから調子に乗ってるんじゃない?』


 久しぶりに行った学校で、友達がそんなことを言っていたのを聞いた。

 中学生ってこんなもんだよね。チヤホヤされている人がいたら嫉妬しちゃうってやつ。

 あとは、その時クラスで皆が「好きー!」って言っていた男の子から告白されちゃったからかな? 思春期の女の子って、本当にこんなもんだよ。


 こんな、もんなんだよ。

 こんなもんのはずなのに―――


(なんで、何も思わないんだろ)


 私は何も思わなかった。

 思春期の女の子は私も同じなのに、悪口を言われたのに、なんだったら告白だって前にされたのに。

 怒ったりすることも、哀しんだりすることも、ドキドキすることだってしない。嫉妬なんか、しなかった。


 おかしいな? って、そう思った頃には遅かった。

 小さなことでも大きなことでも、自分は何も関心を抱かなくなってしまった。

 誰かが喜んでもそのまま。悲しいことがあってもそのまま。この先何がしたいか? って聞かれたことがあって、その時……今までの『女優』というワードがすぐに口から出なかった。


 ───なんだ。


(……私って、


 何も入っていないよ容器を殴られたって、中はなんにも傷つかない。

 温めてくれても、撫でられても、中身が入っていなければ何も思わない。

 気づきたくなかった―――自分に何もないなんて。

 それから、私は何をやるにしても楽しくなくなった。


 だって、気づいた故にまた新しい現実に気づいてしまったから。


(何もないから、私は役に成り切れるんだよね……)


 空っぽの自分だから、役という新しい要素を受け入られることができる。

 空っぽの自分だから、仮初の自分に成れることに心地よさを覚えてしまっている。


 ───空っぽの才能。


 周りを見ても、空っぽなのは自分だけ。

 お母さん達も、野乃ちゃんも、他の役者さんもクラスの皆も。

 私だけ、独りぼっち……寂しい、どれだけお仕事をもらって世間的に有名になっても、独りぼっち。


 なんて悲しんだろう。

 周りから褒められるような才能があっても、自分の目の前にあるのは空虚だけ。

 横を向いても後ろを向いても誰もいない。寂しいだけ。


 でも、ね? でも、私はこの前一人の男の子と出会ったんだ―――




「お疲れ様でしたー!」

『お疲れ様、有栖ちゃん!』


 今日の撮影が終わり、私は皆よりも先に現場にいる皆に頭を下げた。

 スタジオには役者さんも監督さんも残っていて、先に帰ることが少しだけ申し訳なく思いながらも、私はその場からそそくさと出口へ足を進める。

 廊下は広くて、歩いているだけで何人ものスタッフさんとすれ違った。

 早く控室に戻って、荷物を纏めて帰ろう。今日はもう遅いし、この時間なら彼と電話できたりするかも。


 しばらく歩くと、私は控室の前まで辿り着く。

 けど、私はふと思い出した。


(あ、そういえばマネージャーさんが荷物纏めてくれたんだった)


 寄る必要なんかなかった、と。私は回れ右をする。

 その時———


『ねぇ、幾多さんの芝居……ヤバくない?』

『うん、私も初めて生で見たけど、絶対に無理。あんなにできないよ』

『ほんと、何を食べたらあんなになれるんだろ? ほんと、よねー』


 控室の中から、そんな声が聞こえてきた。

 今日は同い歳くらいの新人女優さんが一緒に現場入りしていて、恐らくその人達がまだ残っていたのだろう。


「…………」


 私は回れ右をした足を動かした。

 なんだか、この場にいたらダメなような気がして。

 寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて。

 我慢できずに、逃げ出すように走り出した。


(……早く来てよ、桜花くん)


 私の横には、誰にもいないんだよ。

 こんなに有名になったのに、色んな人と知り合ったのに……誰も、同じ場所に来てくれないんだよ。

 誰も来ないから、私には何もないんだよ。


(けど、明後日には一緒の撮影なんだ)


 文化祭の時に感じた予感。

 野乃ちゃんに教えてもらっていたら、きっと桜花くんは上手くなっているはず。

 でもね、正直技術なんて二の次でもいいと思ってる。

 それよりも、私と最高の芝居をしようよ。

 文化祭の時は楽しかったよ? かいがあった! って、本当に家に帰って喜んでたんだから。


 けど、あの時は文化祭。

 私がいるのはプロの世界で、お仕事じゃない。

 そして、今度はお仕事……私と同じ世界だ 。


 早く、早くさぁ―――


(来てよ、桜花くん……)



 誰かが来てくれたら、私はきっと寂しくなんかない。

 皆が当たり前に持っている

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