撮影まで、あと───

 あれから二週間の時間が経った。

『世萌プロ』に所属してから、ほぼ毎日の放課後がレッスン。その他は坂月直々の稽古が入り、今までで一番というほど慌ただしい日常を送っていた。

 恐らく、本来であればこんなに詰め詰めのスケジュールにはならないのだろうが、そうなっているのもMVの撮影が控えているからだろう。加えて、俺が未熟すぎるというのも一つにあるかもしれない。

 どうして、レッスンがない日に限って坂月の仕事が休みなのかと気になってしまうが、恐らく調整してくれているのだろうと自分の中で解釈した。

 本当に、坂月には頭が上がらない。


 一方で、あれから未だに有栖とは顔を合わせていなかった。

 噂によると時折学校には来ているみたいなのだが、俺とはクラスが違うために出会ってはいない。

 わざわざ会いに行くもの違うだろう。そんなことをしている暇があるなら勉強をしろと、有栖から怒られてしまいそうだったから。


「今回のMVはアイドルの撮影とは違ってドラマメイン。一本のMV全体がストーリーとして成り立っています」

「…………」

「舞台は学校。そして、三者間の恋愛模様を描いています。もちろん、そこら辺はマネージャーから連絡がいっていると思いますけど」

「……なぁ、坂月」

「どうしたんです?」

「教えてくれるのは毎度ありがたいと思っているが……」


 そして、現在───


?」


 俺は人が行き交う廊下で坂月からご教授願っていた。


「そりゃ、舞台が学校だからですけど?」

「……これは俺がおかしいのか?」


 やはり坂月ネームが強い。

 おかげで俺達のいる廊下は若干の人だかりができており、遠巻きに眺めている人間までたくさん散見される。

 今までは人気のない屋上で終わっていたのに、今日はどういう風の吹き回しなのか? 俺は平然としている後輩を見て思わず額に青筋が浮かんでしまう。


「明後日には撮影が始まります。ちょうどいい舞台がここにあるのに、利用しない手はないでしょう」

「だからといって……」

「それに、これはカメラワークのいい練習ですよ」


 坂月は周囲の目など気にせず一本指を立てる。


「この前も言いましたけど、舞台と違って撮影ではカメラがあります。カメラは常に移動しますし、映る角度も変わってきます。言わば、カメラは視聴者の視線。どの角度からでもカメラが向けられているという意識を補うにはちょうどいい環境です」


 カメラは一定の場所で留まらない。

 視点を変えて役者がよく映る位置に移動したり、視聴者が飽きないように調整が入る。

 確かに、坂月の言うことは理解できる。

 画面の向こうにいる客は、自分がまるでその場にいるような光景を目にするのだ。

 実際に……という点を補うなら、こうして周囲の視線がある場所で行うのはベストなのかもしれない。

 話を聞いていて、不覚にも納得させられる。


「たかが実際に見られる程度がなんですか。撮影が常にスタジオってわけじゃないんですからね」

「……そういえば、今回の撮影も実際に学校の中だったな」

「まぁ、ほとんどがエキストラを雇ってますけどね。たまに、実際の生徒とかギャラリーに撮影許可をもらってやったりしてますけど」


 どの道慣れた方がいいのかもしれない。

 外で撮影すれば、たまたま出くわしたギャラリーが見てくる可能性だってある。

 それに、見られることが職業の役者が見られることに抵抗を抱いていれば本末転倒だ。


「とはいえ、実際にどこにカメラが行くかなんて始まってみないと分かりませんけどね。その場のノリでやったり、ガッツリ台本組まれた状態でやったりしてあとから映像を切り取って作るパターンもありますし、まちまちです」

「……今回はその中間ってことか」

「こんな役者ぶん投げは珍しいですけどね。台本の中身はすっからかんですよ、私こういうの苦手なのに」


 確かに、大まかな流れと少しのセリフが入っている程度だった。

 まぁ、メインは曲。ずっと喋っていれば曲を邪魔してしまう可能性がある。妥当だろう。


「じゃあ、話していてもなんですし……さっさと始めちゃいましょうか♪」


 そう言って、坂月は片耳にイヤホンをつける。

 俺も続くようにイヤホンを片耳につけ、スマホを操作した。


「俯瞰ですよ、先輩。先輩がお得意な想像イメージでカメラの場所を生徒で作るんです」


 自分の視界だけではなく、空間全体へ。

 さり気ない動作で視野を広げ、空間にいる者全てを把握する。

 カメラの位置は想像でしかできない。だから、どこにあるのかというイメージを作り出し、それに合わせてカメラワークを意識する。

 想定を確立した上での稽古。あとは、おんぶに抱っこで申し訳ないが、変な部分は坂月に指摘をもらおう。


「台本はあってないようなもの。大まなか流れを意識して全てがアドリブです。表情も仕草も、行動も───先輩がいかに登場人物に成り切れるかが、作品に影響してきます」


 ロミオとジュリエットとは違って、根幹も基盤も全てが存在しない。

 あるのは大まかに想定されたストーリーと、メインとなる曲だけ。

 舞台は学校。曲は失恋をテーマ。曲調はバラード。一人の主人公が片想いをし、友人が好きな人と結ばれてしまうという話。


(マネージャー経由で、作曲家から話は聞かせてもらった)


 どういう意味があって、どういう解釈をしたのか。

 何故このような話を作ろうとしたのか、何故片想いが結ばれなかったのか、何故この構図から始まったのか。

 背景は頭に叩き込んだつもりだ。曲も何度も聞いた。


「……おーけー、始めよう」


 作品を荒らさないための技術を身につける。

 初心者が始めるのには遅すぎるが故に付き合ってもらってはいるが、時間は全然足りていない。


(やっぱり、俯瞰しながらだとな)


 視線カメラを意識する。

 役に成り切ることだけを意識した文化祭とは違う。

 常に一つの画面に映る自分という想像が働くせいで、自分の中でイメージした役が邪魔させる。

 とはいえ、仕事を請け負ったプロとして作品を荒らさないよう最低限のクオリティは確保しなければならない。

 前と同じように成り切ることだけを優先するか、それとも配慮の技術を優先させるか。

 前に坂月は役に成り切れとは言ってくれたが、前提に俯瞰という行動が入っている。


 時間は、ない。

 両方できれば文句なしだろうが、恐らく役者としてのクオリティを上げるとすれば───


(配慮の技術、これを優先)


 作品を壊すわけにはいかない。

 主役は有栖で、俺は脇役なのだから。


【君は───】



 撮影まであと二日。

 その期限は、あっという間に過ぎていった。

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