父親として

「俺はよぉ、世間一般ではあんまりいい親とは言えねぇんじゃないかと思っている」


 俺の発言を受けて、親父はゆっくりと煙草に火をつけた。

 白い煙が部屋に広がり始め、少しばかり視界が悪くなる。


「家にもロクに帰って来ねぇ、金はあるが、所詮はヤクザだ。ちょいとグレーなところにも手を染めている。まともに親らしいことをしたかと言われれば、首を横に振るだろうよ」


 世間一般の父親がどんな姿で何が模範なのかは分からない。

 しかし、親父が今まで学校行事に参加したことはなかったし、俺の素行に何を言うこともなかった。

 家では顔を会わせることの方が少なかったし、親らしいことをしていたかと聞かれれば、確かに首を横に振ってしまう。

 だが、一度組の長になったからこそ理解できることもある。組長は多忙だ。

 故に、親らしいことをしている時間も取れないだろう。


「それでも、てめぇは組を継ぐと思ったよ。俺と似ている部分は少ねぇが、ちゃんと似ている部分もあったからな。特に、ところとかな」

「…………」

「あとは、そうだな……入ってきた時、雰囲気も今までと違った。芯ができて、組織の長としての風格が何故かでき上がっていた気がした」


 それはもしかしなくても、一度組長になったからだろう。

 もう、今の俺は昔のただの高校生ではない。

 風格ができたというのなら、大人になったことが大きい。


「まぁ、それも俺の勘違いだったかなぁ」


 そう語っているうちに、煙草の残りも少なくなる。

 吸わず、空気に触れているだけで一本が消えてしまった。

 それほど長い時間語られたイメージはなかったのだが、なくなるということはそういうことだろう。


「応援は、きっとできないだろうよ」

「……分かってる」


 組を継ぐと思っていた子供が継がないと口にしたのだ。

 応援など、きっとできないに違いない。


「だが、別に許可しないってわけじゃねぇ」


 ふぅ、と。煙草を咥えてもいないのに一つ息を吐く。


「親らしいことをするんなら、ここで息子のやりたいことを抑えつけるわけにはいかねぇよなぁ?」

「……いいのか?」

「いいも何も、どうせお前はダメって言ったら家を出て行くだろ? そんな感じがする」


 正直な話、親父の言う通り……もしダメだった場合、家を出ようとも思った。

 雅は頼れないかもしれない。貯めるだけ貯めて使わなかった金があるから、それでしばらくバイトでもしながら過ごそうと思っていた。

 しかし、よくもまぁ分かったものである。

 顔に出ていただろうか? それとも―――


「流石に分かる、一応これでも親だからな。あいつの分も、代わりにやっているわけだしよ」


 あいつ、というのはお袋のことだろう。

 幼い頃に亡くし、あまり思い出らしい思い出を持ってはいないが、懐かしむような声音がそうなんだと判断させる。


「まぁ、だから好きにやれ。俺は止めはしねぇよ」


 ジュボ、と。ライターの音が響いてもう一度煙が室内に充満する。

 どこか寂し気な表情を浮かべる親父に向けて、俺は頭を下げた。


「ありがとう、ございます」


 こんな親不孝者を許容してくれて、本当に。

 きっと、組の人間も何人かは悲しんでしまうだろう。

 それを鑑みても、俺はこの発言を撤回するつもりはない。

 空っぽな俺が何かを手にするには、あいつの隣まで行かないといけないのだから。


「しかし、桜花が役者ねぇ……もしかして、あの演劇がきっかけか?」

「あ、あぁ……そうだが」

「ははっ! 確かに、てめぇの芝居はよかったよ! 組の連中に観せてもらった時、思わず感心したぐれぇだ!」


 入ってきた時の気持ちとは正反対の空気。

 上機嫌で笑う親父の姿は、襖に手をかけた瞬間に想像していたものとは大きく違っていた。


 ―――杞憂。


 その言葉が脳裏に浮かぶ。

 結局、俺の心配など周りが見えていなかったが故に生まれてしまったものなのだと、理解させられる。


「やるならしっかりやって来いよ? 必要なことは全部やってやるから、情けない真似は竜胆組の人間として見せんな」

「……分かってるよ」


 俺は立ち上がる。

 恐らく、これ以上は話すことはないから。

 腰を上げた時、胸の奥で締め付けていた何かがなくなった気がした。

 軽い足取りのまま、俺は入ってきた入口の方へと向かう。

 そして、襖へと手をかけ―――


「親父」

「ん?」

「……ありがと」


 最後にそれだけを言い残し、俺は親父の部屋から出た。

 最後、親父がどんな顔をしていたのかは見ていない。多分、先程と変わらない顔をしているに違いなかったから……いや、違うな。

 何故か、目元が潤み始めたからだろう。だからからか、ふと天井を見上げてしまう。


 懐からスマホを取り出す。

 ゆっくりと足を進めながら、数少ない連絡先から一人を選んでそのまま電話をかけた。

 すると、すぐさま聞き慣れた女の子の声が聞こえてくる。


『どうだった、坊ちゃん?』


 それを受けて、俺は―――


「ありがとう、雅」


 清々しい表情を浮かべた。



「これで憂いることなく、何かを探せられる」

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