違和感

 カメラワーク、という言葉がある。

 撮影技法の総称で、具体的には映画やドラマ、CMなどの素となる写真や映像を撮影する際に使うカメラの操作方法・撮影技術・映像表現技術などを指す。 あとは、カメラマンの動きや活動を意味する言葉としても使われる用語でもあったりする。

 しかし、それは決してカメラマンにだけ該当する言葉ではない。


 被写体であるモデルにも当て嵌まることがあり、もちろん役者も例外ではなかった。


【私は、あなたに対して何も思うことはありません】


 撮影が始まり、坂月が会議室のようなセットで口にする。

 周囲のキャストがスーツといった整えた服装をしているのに対して、坂月の服装はワンピースといった俺以上に場違いなもの。

 どうやら、今回坂月は刑事ものの被害者役として出演しているらしい。


 俯いているわけでもなく、悲しみに浸っているわけでもない。

 ただただ、なんの感情も灯らない瞳で真っ直ぐに加害者であろう男を真っ直ぐに見つめる。


【ただ、強いて言うのであれば……ありがとう、と。口にしたいぐらいです】

【え……?】

【あの女が死んでくれてよかったと思いますよ】


 真っ直ぐに見つめているだけ。

 カメラは加害者の男越しに向けられており、こちらも真っ直ぐ坂月を捉えていた。


(……何が違う、か?)


 俺はその様子を変わらず隅っこの方で眺めていた。

 表情に独特なものがあるわけではない。被害者らしく……はないと思う。せいせいとしたとでも言っているかのような、憑き物が取れたような感じだ。

 この撮影だけで推測できる台本の設定は恐らく『被害者だけど憎んでいた相手が殺されて嬉しい』といったところだろうか?

 背景にあるのは暴力? それとも憎しみ?

 被害者と加害者が揃っているというのに、加害者の男の方も感情に起伏はない。


 異様な設定だと思う。それ以上が汲み取れない。

 どうして法廷でもないのに被害者と加害者が同じ空間にいて、周囲に刑事の人間が取り囲んでいるのか?


(……いや、設定なんてあとで聞けばいい)


 今は学ぶこと。

 岸辺さんも、坂月も見て学べといった。

 何が違う……何を学ぶ要素があるのか、見極めて落とし込まなければ。


【そんな言い方! 実の母親だろ!?】


 刑事らしい人間が声を上げる。

 やはりプロの現場だからか、演技が上手い。素人目でもすぐに分かる。

 坂月も、他の人と立ち居振る舞いに違和感がない。有栖の方が圧があり、有栖よりも滲んでいる嘘の色合いが強いと思ってしまうが、それでも演劇部の連中とは大違いだ。


【だから?】

【ッ!?】

【だから、なんですか?】


 坂月が立ち上がる。

 そして、刑事の男の方へと近づいていった。


(……ここまでは)


 ここまでは何も分からない。

 ただ、プロの芝居を見て喋り方や表情を参考にするだけでいいのだろうか?

 俺の演技は自分で言うのもなんだが、表情や仕草は勝手についてくるものだと思っている。

 役に成りきれば成りきるほど、役として成り立つ要素は自然と成るうちに表へと出てくる。

 作ると作られるとでは大違いだ。

 どっちがいいとかは分からない。少なくとも、プロの人間が作っているのであれば作っている方がいいのだろう。俺には無理だ、自然を手放せない。


(だが、坂月は俺がどういう芝居をするか知っているはず)


 だったら、別の方面だ。

 純粋な演技以外に何かが—――


(……ん?)


 坂月が刑事の男に近づいた時、カメラの位置が変わった。

 ゆっくりと、弧を描くようにして移動していくカメラは今度、坂月達の横顔を映すように回る。

 その時、坂月は刑事の顔を下から覗き込むように近づいた。


【虐待していた親に、どうして悲しまなきゃいけないんですか?】


 分かる、恐らく会話の流れからして問い詰めようとしているのだろう。自身が口にした意味を、少しの怒りを乗せて、疑問として無機質な瞳のままで。

 それだけなら、本当に下から顔を近づける程度でいいはず。なのに、どうして退

 別におかしなことをしているわけじゃない。ただ、ここから見ていると少し今までの言動からはズレた行動のように見えて―――


「……ぁ」


 そういうことか?


「……ここからだから違和感があるのか?」

「正解」


 自然と出た呟きに対して、横にいる岸辺さんが反応する。


「ここから見たら、今の一つは違和感に感じたでしょ? それとなく自然に体を逸らしたから変にはなってないけど、違和感にはなった。でも、あれでいい―――なにせ、じゃないんだから」


 そう、俺達は視聴者じゃない。

 あくまで箱を上から覗く作り手側から見ているだけ。

 カメラの有無。坂月の言っていた言葉。

 俺達にどうこう見られても仕方ない。大事なのは、カメラ越しから覗く視聴者。


「あとで監督にお願いしてVを見せてもらえばいいよ。そうすれば答えが分かるから」

「いや、気になりますけど……いいんですか? 俺、まったくの部外者ですが」

「いいのいいの、多分。あの監督、野乃ちゃんのこと気に入ってるみたいだし、野乃ちゃん経由であれば見せてもらえるって」


 なんともマネージャーらしくない発言。

 軽いというかなんというか……見せてもらえるなら見たいが、果たして本当に見せてもらってもいいのかとは思う。

 しかし―――


「カメラワーク。ここからじゃ分からない部分にこそ、配慮の技術っていうのはあるからね」


 その技術は、是非とも拝ませてもらいたい。

 坂月がどうして凄いのか? きっと、答えがあると思うから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る