撮影現場

 さて、何故坂月が俺のところにやって来たのか?

 理由を話してくれなければ分からない。

 しかし、話してくれなくとも手を引かれれば自ずと分かってくる時もある。

 たとえば―――


『カメラ準備おーけーです!』

『皆さん、準備お願いしまーす』


 慌ただしく動き回る人、埋め尽くすような機材、違う世界だと主張するようにセットが置かれた空間。

 耳に届く喧噪が、空っぽのお腹に響いて少し苦しい。


「……いや、なにこれ?」


 俺はそんな様子を見ながら思わず頬を引き攣らせてしまう。

 どうしてこんな場所にいるのか? 

 どうして……という部分は未だに理解していないが、ここはという部分は理解できる。

 学校から連れ出され、車の中に連れ込まれ、しばらく走ったかと思えば大きく聳え立つ都内のビルの中。


 ……あぁ、分かっている。

 これは―――


「撮影現場ですよ? そういや初めてですもんね」

「撮影現場ですよ、じゃねぇよ。なんでいきなり俺がここにいるのか聞いてんだよ」


 現場の隅っこで頬を引き攣らせる俺の横には坂月の姿。

 着ていた学生服は何処に行ったのか、清楚に映るワンピースが視界に映る。

 そのせいで、余計にもこの場所に俺という存在が場違いだと主張させてくるようだ。


「まぁ、学校をサボるのは構わんが……」

「構うべきなんでしょうけどね」

「せめて目的ぐらい話してくれよ。今は平静を装っているが、これって見方を変えれば新手の拉致だからな?」

「何かを教えるのは構いませんけど、まずは実物を見てもらった方が早いかと思いまして」


 坂月は俺の横で小さく指を立てる。


「舞台とテレビの違いは……ズバリ、です」


 舞台は客席に人がいる。

 ドラマや映画はカメラの向こうに人がいる。

 言うなれば、観ている人間が一か所に固まっているか、観ている人間が目では見えないかの違い。

 そのため、舞台とテレビで違うのはカメラの有無も一つとして挙げられるだろう。


「テレビ役者を目指すなら、必ず先輩はカメラを意識しなければいけません。カメラに映る自分こそ、客の目に映る自分。じゃあ、具体的に何をって話なのですが―――」

『キャストの皆さん、スタンバイお願いします!』


 タイミングが悪く、坂月の言葉を遮るようにスタッフの声が響いた。


「ありゃ、始まっちゃいました。っていうわけで、行ってきます!」


 坂月はセットに向かって小走りしていく。

 それに合わせて、キャストと思われる人間も同じように別空間だと主張するセットへと向かっていった。


「お、おいっ!」

「勉強ですよ、勉強♪ 見て覚えるのも、立派なお勉強です!」


 俺の制止を無視されるのは分かっていたが、案の定何も教えずに俺の下から去ってしまった。

 現場の隅っこには、結局場違いなガキが取り残される。

 坂月がいなくなった瞬間、スタッフやプロデューサー達の視線が一気に向けられた。

 恐らく、滅多に現れない見学者がいることに不信がっているのかもしれない。それか、この見た目か。


(……まぁ、いい)


 見て覚えろというのであれば見てやろう。

 そもそも何をこれからやるのかもしれないが、撮影現場を生で見られる機会など早々ないからな。


「やぁ、君が竜胆くんかな?」


 そう思っていると、不意に横から声をかけられた。

 サングラスに明るく染めた金髪。室内だというのに色の深いサングラスをかけており、身だしなみはスーツで綺麗に整えられている。

 誰だろうか、と。思わず首を傾げる。


「あ、ごめんね。自己紹介が先だった」


 男は懐から名刺入れを取り出すと、そのまま一枚名刺を俺に渡してきた。


岸辺きしべっていうんだ。野乃ちゃんのマネージャーをやっている者です」


 名刺には『世萌プロダクション』と大きく書かれており、口にした時と同じ名前が載っていた。

 嘘を言っているわけではないようだ。本当に、坂月のマネージャーさん。


「この度は見学させてもらわせてありがとうございます。竜胆桜花です」

「あははっ! 見かけによらず礼儀正しいんだね、君は!」


 岸部さんはひとしきり笑うと、すぐにセットの方に視線を向けた。


「野乃ちゃんから見学させたい人がいるって急に言われた時は少し驚いたけど、まさか文化祭の時の君だったとは」

「観に来ていらっしゃったんですか?」

「もちろん、有栖ちゃんが出る演劇だったからね。有栖ちゃんは滅多に舞台に出ないから、興味があったのさ」


 流石は有栖だ。

 ただ舞台に立つというだけで色んな人の興味を惹く。

 これが行動一つで世間を動かす人間なのだと、改めて実感させられる。


「久しぶりに見たよ、の舞台は」

「ごり押し?」

「うん、ごり押し。技術云々を無視して思いの丈通りに芝居をする舞台。あの時はおかしいなって感じたんだけど……今思えば、有栖ちゃんは君に合わせてそっちに寄せたんだろうねぇ」


 ごり押し、という部分に思わず眉が動く。

 何やら馬鹿にされているような気がして、向ける視線が鋭くなってしまった。

 だからからか、岸部さんはすぐに手を振って否定を始める。


「ごめんごめん、別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。悪いって言っているわけじゃないしね。それを凄いとも思っている……けど、君が役者を目指すなら覚えておいてほしい。この世界は才能だけだとすぐに弾かれる」


 何を言っているのか? 俺はもう一度首を傾げる。


「舞台の上だろうが、カメラの前だろうが、役者とやっていくなら才能だけではなく『配慮という技術』が必ず必要になってくる」

「…………」

「あの時の君にはそれがなかった。けど、野乃ちゃんはその道では同年代で群を抜いてプロだよ」


 きっと、と。岸部さんは俺に向かって笑みを向ける。

 そして、すぐさま再びセットに視線を戻した。


「見ていてご覧、野乃ちゃんの芝居はしっかり学ぶことが多いだろうしさ」


 そう岸部さんが口にした瞬間、乾いた木製の音が現場に響き渡った。

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