不良の変化

『私がいないからって勉強はサボっちゃダメ!』


 という有栖の言葉は納得できるものだ。

 今まで将来のことなど考えていなかったが、こうして改めて将来のことを考えるようになって、関心を持てなかった勉強にも目を向けるようにした。

 とりあえず、今まで気分次第でサボっていた授業は受けることにしよう。


 そう思って午前中を過ごしてきたのだが、ここで一つの問題にぶつかってしまった。


(やべぇ、授業にまったくついていけねぇ……)


 授業終了のチャイムが鳴る。

 昼休憩になり、鬱々としていた授業から解放されたクラスメイトの少し高い声が聞こえる中、俺は一人机の上で頭を抱えていた。


(何がヤバいって、そもそも何が分からないのかが分からないってことだ)


 しかし、考えてみれば当たり前の話だ。

 授業はよくサボり、出席していたとしても寝ているだけでまともに聞いたことがない。

 組を継いだ時なんか余計だ。ヤクザという世界のことを勉強した程度で、学ぶような教養など触れていない。

 そのため、授業についていけないのは当然。

 有栖に出された宿題をやっていた時は、まだ有栖が傍で教えてくれていたし、今思えば比較的手の付けやすい部分だった。

 恐らく、俺のことを噂である程度知っている有栖が気を遣ってくれたのだろう。


(初日から心が折れそうだ)


 まさか自分がここまでダメだとは思わなかった。

 しかし、ここで折れてしまえばそれこそ今までと一緒———有栖に言われたことぐらいはしっかりと履行しなければ。


(……理解できそうで分からねぇ場所だけ、とりあえず聞くか)


 他に分からないことがあれば、朝か夜の時間で雅にでも聞けばいいだろう。

 放課後は坂月から学ぶ時間に充てることになるだろうし、残って教師に聞く……というのはできそうにもない。

 もし教師に聞くのであれば、授業終わりしか時間は取れない。


 とりあえず腰を上げる。

 するとクラスの空気が一瞬だけ固まったような気がした。

 ヤクザの息子がそこまで怖いのだろうか? 確かに、今までも何かアクションを起こせば怯えた様子で顔色を窺われていた。

 しかし、何故か最近……どこかだ。


(まぁ、気にすることじゃねぇな)


 教師が片づけを終えて教室から出る前に聞かなければ。

 俺は固まるクラスメイト達の横を通り過ぎて、教材を纏めていた教師の下へと向かう。


「あの」

「へっ!? え、えーっと……竜胆くんか、どうかしたの?」


 現代文の教師が声をかけられた瞬間に肩を跳ねさせたが、すぐさま眼鏡をかけ直す。

 クラスの連中達とやはり反応が違う。怖がっている部分もあり、それでも教師という立場のためにしっかり向き合ってくれる。

 しかし、驚かれているのは間違いないだろう。あからさまに声をかけられたことに戸惑っていた。


「分からないところがあったので、教えてもらおうかと……」

『『『『『ッ!?』』』』』


 俺がそう言った瞬間、クラスの中が一気にざわつき始めた。


『き、聞いたか……?』

『今日はなんか真面目に授業受けてるなって思ったけど、まさか先生に聞くほどなんて……!』

『やっぱり、文化祭の時から変わったよな。俺、今でもあの時の演劇思い出せるんだけど―――』


 学生というのは何かあればすぐに言葉にする。

 俺が悪いのだろうが、少しは心に留めておこうという気持ちは湧かないのだろうか?

 それか、堂々と言ってもらうかだ。


「わ、分からないところって……」


 周囲の生徒と同じように、先程よりも驚いた表情を見せる目の前の教師。

 そして———


「い、いいのよ……? 体調が悪かったら早退しても……」


 ……まぁ、本当に俺が悪いんだろうな、これって。


「別に体調は悪くないですから、早く教えてください。お時間取らせている身ではありますが、先生もお暇じゃないでしょうし」

「……しかも、今までに聞いたことがないぐらい礼儀正しい」


 ヤクザだろうが、大人になれば敬語ぐらい身につく。

 手を出していた商売上、必ず身に着けておかなければならなかったため、自然と口から出てしまうのだ。

 とはいえ、今まで教師に敬語など使っていなかったから驚かれるのも無理はないのだが。


「ごほんっ! ご、ごめんなさい……先生、ちょっと驚いちゃって」

「いえ、気にしないでください。自分で言うのもなんですが、お気持ちは理解しておりますので」

「でも、今思うけどちょっと先生、嬉しいわ。竜胆くんが勉強に関心を持ってくれるなんて……あれ、涙が」


 何故かここまでくると罪悪感が湧いてくる。


「この古文の現代語訳なんですが……」

「うんうん、ここのことね。それで、何が分からないの?」

「それはですね―――」


 先生は俺の質問に対して懇切丁寧に教えてくれた。

 自分だって今から休憩に入るのに、俺が理解するまで何度も何度も。

 その間、昼休憩にもかかわらずクラスメイトのざわつきは続いており、少し雑音を聞かされているような気分になったが、それでも俺は先生の話に耳を傾けた。


「せんぱーい、可愛い後輩がお迎えに来ましたよー!」


 結局、坂月が姿を現すまで疑問に思った部分を教えてもらった。

 まぁ、何故一学年上のクラスに坂月がやって来たのかはその時分からなかったが。

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