選ばれた理由
「詐欺だと思われても嫌だしね、初めましてで事務所を通すわけでもないからちゃんと説明させてもらうよ。もちろん、有栖ちゃんや娘に話したことを踏まえてだ」
時計の針が刻む音が響くリビングにて。
坂月が持ってきたお茶を飲みながら健吾さんは語り始める。
「さっきも言ったけど、僕は公私混同はしない。贔屓だってもちろんだ。他の人はするかもしれないけど、僕は僕が作るのであれば全てにおいて最高の作品を作りたいと思う派だからね。スポンサーの意見も、よっぽどじゃない限りはあまり受け付けない」
どの世界にも、コネや裏口というのは存在する。
会食なんかで関係値を作り、仲良くした相手を自分の作品にキャスティングしたりするケースが一つの例だろう。
ズルだと思うだろうが、社会とはそのようなものだ。
芸能界に限らず、他であろうとも正規ルートだけが全てではない。
元も子もない話に聞こえるかもしれないが、裏口を使って利益を生むのも一種の営業。法にさえ触れなければ、何も咎められることはない。
しかし、どうやら健吾さんはそれを嫌うらしい。
それはそうさせるほどの腕があり、本気で自分の創造性に真っ直ぐなのだろう。
「元々、今回作るMVは君を入れるつもりはなかった」
「そうなんですか?」
「正確に言えば、男の役だけが決まってなかったというのが正しいかもしれない。有栖ちゃんと野乃ちゃんは決まってたけどね」
なるほど、と。
横に座る有栖が頷く。
「君にお願いしたいのは、三角関係の間に挟まれる男の役だ」
「ちなみに、主人公は私ね!」
「私は不本意ながらあなたと一時期付き合う友人役になります」
三角関係に出てくる男の役。
今の流れを聞くと、ざっくり想像できる構図は坂月と付き合っている俺に好意を密かに寄せている有栖を描いたMV……ということだろうか?
間違っているかもしれないため、詳細はあとで聞くことになりそうだ。
それにしても───
「……いいんですか? 絶対に端役じゃないでしょう、これ」
「そうだね、ガッツリ映るよ! 三人しかいないけど!」
なのに、俺を選ぶのか。
坂月や有栖なら問題ないのかもしれない。
しかし、俺は素人。こんな大役をいただいて不安にならないわけがない。
文化祭の時とは違い、金の発生する正真正銘の仕事だ。
下手なものでも見せれば、色々なところに迷惑がかかるだろう。
(……やれるか、俺に?)
もちろん、断る気はない。
有栖の横に立つのであれば、芸能界入りは必須条件。
少しでも実績がある方が入りやすいだろうし、今回のMVで成功すれば事務所の関係者が見て再び声をかけられる可能性だってある。
目の前に転がった機会を棒に振ることはしない。
だが、不安に思うか思わないかはまた別の話だ。
「君を選んだ理由は二つある」
俺が不安がっていると、健吾さんは足を組み直してもう一度お茶を口に入れる。
「一つは、君が有栖ちゃんや娘の知り合いだということだね。今回は曲に合わせて青春を描く。実際の学友の方が気持ちも籠るだろうって考えさ」
「私に至っては、今日初めましてなんですけどね」
「有栖ちゃんは違うだろう? 少なくとも、とても仲がいいように見えるよ」
まぁ、仲はいい方だと思う。
有栖がどう思っているかは分からないが、俺の少ない交友関係の中では間違いなく上位だ。
「もう一つは、君の持っている才能だ」
その言葉に、俺だけではなく有栖までもが眉を顰める。
「あの時の演劇はとてもよかった。あくまで学生レベルって話にはなるけど、客席をちゃんと引き込めていたし、芝居に嘘が見られなかった。それはしっかり、役に成り切っている証拠だと思う。けど、もったいないとは思ったんだ」
「もったいない?」
「君は舞台には向いていない」
向いていない、というのはどういうことだろうか?
そう首を傾げていると、健吾さんは口元を緩めて横にいる坂月に投げかけた。
「その辺は、野乃ちゃんの方が思ったんじゃないかな?」
「……まぁ、そうですね」
「あ? どういうことだよ?」
「先輩の演技は確かに役に成り切っていました。幾田先輩ほどじゃありませんが、客に対しての説得力は凄まじいものだと思います」
けど、と。坂月は真っ直ぐに俺を見据える。
「舞台で求められるのはその先があります。一つのカメラが近くまで追ってくれる撮影とは違って、舞台では大勢の遠くにいる観客に対して自分を見せなきゃいけないんです。ペットボトルを拾おうとしている瞬間でも、誰かに何をするかを届けなきゃいけない」
そう言って、坂月はテーブルに置いてあるペンを手に取った。
「これが普通です。けど、舞台では───」
もう一度ペンを置き、今度も同じように手に取る……が、次は持ったペンを拾うのと同時に俺にへと見せつけるように上げた。
「あくまで一例ですが、こういう風に『今自分は何をしているのか』をどの席に座っている人に分かるよう見せなければいけません。分かりやすく言ってしまえば、大袈裟に見せなきゃなんないんですよ」
「…………」
「けど、普段の生活でこんなことしないですよね? 役に成った人物の行動を意識しすぎて、アピールという概念が欠如している」
普段の行動では大袈裟に見せることはない。
それは想像の中で生まれた役も同じことだ。いくらトレースしたとしても、あくまで想像の中にできたキャラクターの普段を現しているだけで、その人生が誰かに見られているなどと考慮しない。
普通にペンを拾う時だって、ただキャラクターが拾った時であろう行動しか俺は起こせない。
───だから舞台向きではない。
そう、言いたいのだろう。
「でも、カメラの前ではそれでいいんだ。逆に、役に成り切ってその人物が起こすであろう行動をしてくれた方が偶像にリアリティを生ませられる。僕が評価したのは、その部分」
だから君に声をかけた。
健吾さんは言い終わると、坂月の持っていたペンを受け取り、俺の方へと向けてきた。
「これからの技術は野乃ちゃんに学ぶといい。技術に関しては、うちの娘は同年代の中で群を抜いているからね」
ラストクエッション。
最後の質問を、健吾さんは口にする。
「君の才能はカメラの前でこそ輝くと思う。だから、どうだろう……僕と一緒に、最高の作品を作ってみないかい?」
それに対して、俺は───
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