映画監督

「まぁまぁ、座ってよ! いやぁー、娘が我が家にお友達を連れてくるんなんて嬉しいねぇー」


 家の中に案内された俺達はすぐにリビングへと通された。

 オシャレ……とは少し遠い。テーブルとソファー、カウンターのキッチンが奥にあり、端にはテレビが一台。

 それ以外はパソコンと機材、モニターで全て埋め尽くされているような感じ。

 入った瞬間に味わってしまった圧迫感が全て硬質なもので統一されている。


「いや、でも……お友達にしては君はいかついね。うん、そういうキャラ?」

「ちょっと、パパ。どっからどう見ても友達じゃないに決まってるじゃないですか。闇金の取り立ての構図ですよ、客観的」


 坂月が俺達の座るテーブルへ飲み物を置いていく。

 辛い言葉を吐いてはいるものの、一応もてなしてくれる気はあるようだ。


「有栖ちゃんは久しぶりだね。この前の撮影以来かな?」

「はいっ、お久しぶりです!」


 どうやら、有栖と坂月の父親は知り合いらしい。

 まぁ、監督であり後輩の父親であれば何かしら繋がることもあるだろう。

 しかし、そこは問題じゃない。

 今、問題にするべきは―――


「んで、坂月? 結局ここに呼び出した理由ってのは?」

「あぁ、僕が娘にお願いしたんだよ」


 坂月の代わりに、父親の方が答える。


「申し遅れたね、僕の名前は坂月健吾さかつき けんご———しがない映画監督をしている」

「結構、有名な人なんだよ? 色んな映画撮ってるし、アカデミー賞のノミネートだってしたことがある」

「ははっ、もう昔の話だけどねぇ! っていうか、所詮ノミネートだし!」


 いや、ノミネートだけでも充分凄いだろう。

 アカデミー賞は役者関係者誰もが憧れる映画の頂。その一端に触れたのであれば、胸を張ってもおかしくはない。

 謙遜している姿が、余計に大物感を与えてくる。視界に映る一児の父親の偶像が一気に箔一つで変化してしまった。


「実は僕も、この前の文化祭に足を運んでいたんだよ」


 話を変えて、健吾さんは語り始める。


「娘がメイド喫茶をするというじゃないか! これは是非ともカメラに残さないとねって!」

「クソ恥ずかしい父親で申し訳ないです」

「あははっ、相変わらずだなぁ」


 拳を握って熱く語る健吾さんを横目に、坂月はジト目を向ける。

 対面に座っている有栖は珍しく苦笑いだ。


「そしたら今度は有栖ちゃんが演劇をするって話でさ、これは当然いち関係者としても観ておかないとって思ったんだけど……」


 熱く語っていた健吾さんは俺に指をさす。

 にっこりと、柔和な笑みを浮かべたまま。


「そしたら、君を見つけた」

「…………」

「いやぁー、驚いたよ。有栖ちゃん以外にあそこまでできる人が高校生でいたなんてさ」


 それは褒められていると受け取ってもいいのだろうか?

 まだ話が見えてこない現状、素直に喜ぶのはあまりよろしくないかもしれない。

 とりあえず、俺は健吾さんの話に耳を傾け始めた。


「どこの事務所の子だろう? って思ったら、どこにも事務所に所属してないって話じゃないか。僕は驚いたよ、まさか素人だったなんて。これじゃあ、どこ経由で連絡したらいいか分かんないじゃん!」

「って、なんか騒がしかったパパの話を聞いたら、ちょうど私が幾多先輩から話を受けていた人と同じじゃんって流れになったんです」

「だから、僕は娘にお願いしたのさ―――こっちの世界に足を踏み入れる気があるなら、連れて来てほしいってね」


 色々な偶然が重なったからこそ、このような状況になったのだろう。

 もしも、有栖が坂月にお願いしていなければ、健吾さんは「ただの素人」で止まっていたかもしれないし、そもそも健吾さんが文化祭に足を運んでいなければこんなことにはなっていなかったのかもしれない。

 話を聞いているだけで、偶然とは恐ろしいものなのだと痛感させられる。


「いや、でもすっごい驚いたよ。君のは有栖ちゃんから学んだのかい?」

「別に、そういうわけじゃないですけど」

「桜花くんは自分で見つけたんですよ! しかも、たった一日で! 芝居をしたのも、今回が初めてだもんね?」

「まぁ、有栖に声をかけられてからだったし」


 前の時を含めたら二回目ではあるが、声をかけられてから始めたのは嘘ではないため問題はないだろう。


「んー……だったらなおさら、ほしいね。光る原石みっけ、って感じかな?」

「パパ、いい加減本題に入りませんか? 私は早く幾多先輩とのお泊りを楽しみたいんですけど」

「え、パパお泊りあるなんて聞いてない」


 娘のため息に驚く父親。

 なんだかんだ愚痴を吐きながらも仲がいいというのは、このやり取りだけでも窺える。

 招かれた者は完全に傍観に回されているが。


「まぁ、娘の言う通りだね。いい時間でもあるし、さっさと本題に入ろう」


 しかし、健吾さんはガラリと雰囲気を変える。

 腕を組み、真っ直ぐに有栖を見つめたまま口にした。


「有栖ちゃん、今度僕と一緒にやる仕事は覚えてる?」

「は、はいっ! 青春を題材にしたAKARIのMV、ですよね?」

「うん、そうだね。そこには私の娘も出る。ちなみに言っておくけど、贔屓じゃないよ? 僕は娘だろうが、公私はしっかり分けるからね。完全に実力と見合ったキャストとして選んだつもりだ」


 AKARIは俺でも聴いたことがある、この時流行ったアーティストだ。

 ハードなロックなどではなく、バラードを中心に活動しており、若者に今現在大人気の歌手。

 青春を題材にしているというぐらいだ。想定しているキャストの年齢はあまり高くないのだろう。

 有栖や坂月が選ばれているのも納得できる。


「話が逸れたけど、ここからが本題―――」


 そして、有栖から変わって今度は俺の方に健吾さんは視線を向けた。



「そこに君を出したい。芸能界こっちに入るなら、もちろん受けてくれるよね?」

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