役者になるには
坂月野乃。
有栖と同じ芸能事務所に所属する十六歳。
『技巧型』の女優として有名で、有栖ほどではないが多くのドラマや映画に出演。
更にはレギュラー番組を抱えており、今もなお話題に事欠かない存在だ。
彼女が魅せるものは全てが上手い。
そのため、どの役であろうが環境であろうが『子役は彼女に任せれば問題ない』とまで関係者に囁かれているほど。
実力派の若手女優。
現在、幾多有栖に肩を並べる存在として―――
「なに見てるんですか、先輩?」
「ん? お前のネット記事」
「マナー違反を堂々と犯しやがったですよこの人!?」
夕陽が沈み始め、薄暗くなった時間帯。
俺達は電車に小一時間揺られたあと、駅を降りて閑散とした住宅街を歩いていた。
「桜花くん、目の前で人のことググるのは流石にマナー違反だよ……」
「すまん、坂月。詫びに飴ちゃんをやろう」
「失礼に上塗りを重ねる趣味でもあるんですか?」
他意はなかったんだが、どうやら坂月はお気に召さなかったみたいだ。
「っていうか、俺達はどこ向かってんだよ?」
有栖から出された宿題を終わらせたあと、坂月に案内されるがまま歩いてきたが、もう景色が見知らぬ土地だ。
なんの目的も行先も聞かされていない現状、少し疑問に思ってしまう。
どこに行こうが遅くなろうが、最悪はうちの連中に頭を下げて迎えに来てもらうから構わないが。
「私の家ですよ」
「あれ? 野乃ちゃんの家って学校の超近くじゃなかった?」
「それは私が借りた方ですね。今向かっているのは実家の方です」
はて、どうして実家へと向かっているのだろうか?
まさかとは思うが―――
「マズいな……ご両親に挨拶って分かっていたら、スーツで来たのに」
「私も「桜花くんをお願いします」って菓子折りを持って来なきゃいけなかったのに」
「結婚前のご挨拶に行くわけじゃねぇですよ!?」
なんだ、違うのか。
スーツではないことに心配していたが、少しホッとした。
「まぁ、パパに紹介するのは間違ってないですけど」
「どっかに青山か青木はないか?」
「ねぇ、ちょっと戻って百貨店行ってきてもいい?」
「だから結婚の挨拶じゃねぇって言ってんでしょうがッッッ!!!」
だったら、どうしていきなり親に会わせるという流れになるのか?
俺と有栖は当然抱く疑問に首を傾げる。
「……真面目な話をしますけど、竜胆先輩はどうやったら役者になれると思います?」
そんな中、坂月はため息を吐いて少し真剣な瞳を見せる。
「事務所に所属するんだろ?」
「そうですね。じゃあ、どうやったら所属できると思います?」
「まぁ、普通は養成所から上がるか、オーディションに受かるかじゃないか?」
「その通りです。よくご存じですね」
いや、別に調べたから知っているというわけではないんだが。
ある程度大人として過ごしていれば、どんな業種の話もある程度耳に入ってくる。
「一番無難なのは養成所上がりですね。倍率も低いですし、コネと伝手がある状態からスタートできますから」
「ちなみに、私と野乃ちゃんはオーディション組だよ!」
「坂月も?」
「はいです。といっても、私の場合は幾多先輩よりもあとですけど」
有栖は小学校の頃に子役としてデビューしたと聞いた。
そんな子供の頃からオーディションは受けられるものなのかと、少し驚く。
加えて、坂月がそのあとというのにもびっくりした。
つまり、有栖よりも業界経験が低いのにあそこまで記事に書かれるほど有名になったということ。
(っていうことは、俺が想像しているよりも坂月ってすげぇんだな)
有栖しか追っていなかったから、正直他の女優や俳優というのが未だに分かっていない。
それに、大人の頃によくメディアに顔を出していた人間も、数年前の今も同じように出ているわけではないからな。
「養成所はお金がかかります。そこで業界の基礎や芝居を教えてもらえはしますけど、タダってわけじゃないですからね」
「その点、オーディションはお金がかかっても千幾らぐらいだし、お金を出さずに事務所に所属することができるんだ。倍率は高いけど」
「その代わり、メディアとかが注目している大きなオーディションはグランプリを獲ったらテレビ出演枠やら雑誌掲載とかいっぱいオプションがついてきたりします。所属するだけがオーディションってわけじゃないんですよ?」
「へぇー、勉強になるわ」
「ちなみに、幾多先輩は『世萌プロ』の三年に一回のビッグオーディション……世萌オーディションに初出場で小学生ながらも受賞したんですよ凄いでしょ褒めてもいいんですよ!?」
有栖が凄いのは知っていたけど、それは本当に凄い。
何故、坂月が誇らしげにしているのかは分からないが。
「えへへ、照れるよ野乃ちゃん~」
「その照れ顔も可愛くて素敵ですっ! 今日は帰りも遅くなりそうなので一緒にお泊りしましょう!」
「うんうん、おっけー♪」
「っし!」
口車に乗せられているような気がしなくもない。
まぁ、口を突っ込む必要はないだろう。とりあえず、有栖は乗せられやすい性格なのだと、改めて知った。
「あ、そうですそうです。実は、今言った他にももう一つ道はあるんですよ」
「他?」
「はい、そうです」
なんだろう、と。言葉に首を傾げると、唐突に坂月の足が止まる。
正面には大きな一軒家が一つ。表札には『坂月』と書かれてあり、坂月は俺達を置いていくような形で門を開けて玄関を開けた。
「倍率も高くない、加えて養成所に行く必要もないもっとも楽で簡単な方法なんですけど―――」
すると、空いた玄関からタイミングがよかったのか、一人の男が姿を見せる。
「お帰り、我が娘よ! 僕は心待ちにしてたよぉー!」
「うっせぇ、ですよパパ。往来で恥を晒さないでくれます?」
「あー、娘が冷たいー! もしかして、これが反抗期ってやつかな?」
坂月はパパと呼ぶ男と出くわして大きなため息を吐く。
すると、俺達に向かって男の腕を引いて姿をよく見せた。
「意図してないですけど、タイミングよく顔出したんで紹介しますね。この人は私のパパです。今は映画監督をしていて―――」
ふと思い出した。
そういえば、確かにオーディションや養成所以外にも方法があることを。
最も楽で、手っ取り早く事務所に入れる方法。
それは至極単純。
「今回、竜胆先輩に声をかけた一人です」
関係者によるスカウトによる所属、である。
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