帰り道
スカウトなんて稀だ。
道端に歩く人や特定のイベントで周囲よりも群を抜いて光るものがあり、関係者の好みや感情一つ触れられなければ声をかけられることはない。
よくテレビとかに映っているモデルや女優がインタビューで「街でスカウトされてー」などと言っているのは耳にしたことがあるだろう。
だから「意外とあるんじゃ?」と思ってしまいがちになるが、それはあくまで氷山の一角。日に照らされた部分しか視聴者は分からないかため、そう思っているにすぎない。
それに、大抵役者になりたい者はスカウトなど受けないのだ。
いや、少し語弊があるな……役者になる気がなかった人間だからこそ声をかけられて事務所に入っているだけで、本気で目指している人間はそもそもオーディションや養成所という選択を取っている。
だから、稀。
稀なのだが───
「はぁ……こんなことになるとはなぁ」
坂月の家に招かれ、しばらく時間を過ごしたそのあと。
暗くなり、街灯が薄く照らし始めた頃、俺は駅までの道のりを歩いていた。
「嬉しくないの、桜花くん?」
横には有栖の姿。
そして、反対側には私服に着替えた坂月が並んでいる。
お泊まりをするはずなのに、どうして俺の隣を歩いているのかというと、それは単純にお見送りらしい。
要らないと言ったのだが、それでも無理矢理ついてこられた。
そんなに危なっかしく思われているのだろうか、俺は? 客観的に見れば、夜の方こそ活動していそうな人間のはずなのに。
「嬉しくないわけじゃねぇ」
「だったら断るってことですか?」
「そうでもなくてな、あまりにもトントン拍子にことが進みすぎたっていうか……そもそも、俺は受けるって言っただろ」
坂月に出会い、坂月の父親が監督をやっていて、直接声をもらって。
事務所に所属───というわけではないが、直接メディアに顔を出す話をもらった。
実績も経歴も何もない志望者にとってはいい話でしかないだろう。
ただ、あまりにもことが進みすぎて柄にもなく戸惑ってしまっている。
「冷静に考えろ。俺は一週間も役者業に触れていないずぶの素人だ、上手くことが運びすぎて普通に怖い」
確かに前とは違う選択肢を選んだ。
しかし、選んだ結果がどうなるかなど見えてはいない。
漠然とした『有栖に教わりながら業界に踏み込む』というビジョンはあったものの、それが一年か二年か、それとももっと先か……そこまでしか描けてはいなかったのだ。
それがたった数日? 事務所に所属すらもしていないで、段階をすっ飛ばして? これが怖くないと思っているやつがいるなら出てこい。いないと思うが。
「まぁ、運がよかった……っていうのは間違いないよねー。だって、私も坂月さんが来てるなんて知らなかったもん」
「あ? お前、劇が始まる前に「関係者が来てる」って言ってなかったっけ?」
「うん、マネージャーさんとか知ってる記者さんとかは見た。でも、坂月さんは見なかったから」
だから驚いちゃったと、有栖は小さく舌を出して可愛らしくおどける。
「私は知ってましたけどねー」
「だろうな」
俺が役者になる気があるかどうかを確かめたかったとか健吾さんが言っていたし、確認した坂月が知らなかったわけがない。
顔合わせをした時黙っていたのは、純粋な俺の反応を見るためだったのだろう。
色々嵌められたような気がしなくもないが、縁を繋いでもらえてこれからお世話になるのだから文句は言えない。
「でもさ、これっていいことだよ?」
有栖は横を歩きながら俺の顔を覗き込んでくる。
「桜花くんの躍進の始まり始まり〜♪ ってね!」
どこからその発言の根拠が生まれるのか?
上は目指す気ではいるが、有栖の言葉に思わずため息を吐いてしまう。
「お前はよくもまぁ、軽々しくそんなことを───」
「なるよ」
しかし、有栖はピシャリと口にする。
その瞳は浮かべている笑みからは似合わない真剣な瞳で。
だからこそ、俺は思わず向けられた瞳に戸惑ってしまう。
「桜花くんは、これからどんどん活躍する。私はそう思っているし、そう信じてるし、願ってる」
……どうして?
どうしてお前はそんなことを言える?
今度こそ、なんの根拠も確証もないのに。
「幾田先輩も、結構先輩にお熱ですよね……嫉妬です」
「まぁ、桜花くんは……そうだね、なんて言うんだろ。私が誘っちゃった形になったからっていうのもあるけど」
有栖は少し考え込むように顎に手を添える。
しかし、すぐにもう一度笑みを浮かべて口にした。
「……同類、かなぁ」
───同類。
何故、同類と彼女は言ったのか?
同じ学校ではあるものの、役者として有栖と同類と呼べるには程遠い。
キャリアも、ステータスも、環境も、立っている場所も。
何もかも、今の俺では手の届かない場所。
なのに、同じ仲間とはどういった意味が込められているのだろうか?
俺だけではなく、坂月も同じように疑問に思った表情を見せる。
だけど、少しだけ先を歩き始めた有栖は───
「私はこれから他の撮影とか被ってるから、同じ仕事をするにしても顔を合わせられないかもしれない。学校でも、どこでも」
「…………」
「野乃ちゃんは凄い子だよ。きっと、野乃ちゃんといれば君はもっと上手になって文化祭の時とは比べ物にならないことになると思う」
その声音はどこか寂しそうで。
同時に、期待感が篭っているような気がした。
「……あまり一緒にいられないけど、さ」
なんで、がどの言葉にも当て嵌まる。
それでも、有栖は気にせず俺に向かって───
「……来てね、私のところまで。ずっと待ってるから」
なんの意味も理解させず、そう口にするのであった。
辺りは、薄暗い景色の中に静寂が支配していた。
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