思い出作り

「さぁさぁ、見て回るよいっぱい遊ぶよ! なんてたって、私の文化祭はこれからなんだからー!」


 などといったテンションの高い声が往来の中に響き渡る。

 愛らしくも明るく無邪気な声。その発生源が有名女優なのだから、校内を歩いている周囲の人間の視線が集まるのは当たり前の話。

 それでも、誰も声をかけようとしないのは有栖の目論見通り、ヤクザの息子が傍にいるからだろうか?

 しかし、そんな俺の疑問すら無視して有栖は輝いた瞳を周囲にある出店に向けている。

 靡く茶髪の子供らしい後ろ姿を見ながら、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「あんま先行くとはぐれるぞ」

「むっ? 桜花くんは私を子供扱いしてるな? 私はこれから背が伸びるタイプだし胸も大きくなるんだし!」


 いや、もうこの歳では望み薄だろう。

 先のことを知っているから余計に涙が出る。


「まぁ、遊ぶんだったら早く回らないといけないのも事実、か」


 文化祭の終了時間は今日の十七時。

 午前中に舞台を終えたため、着替え諸々の所要時間がかかった現在は昼過ぎだ。

 三日間もあった規模の大きい文化祭を全て回るには、残念ながら限られたものであった。


「なんか意外にも桜花くんがノリ気……」

「あ? お前を少しでも楽しませるんだったら、少しは考えておかなきゃなんねぇだろうが」


 有栖には感謝しているのだ。

 自分で手に取った選択とはいえ、今日という日まで付き合ってくれた。

 後半はほとんど記憶になかったが、恥にならないような演劇になったのは有栖のおかげ。

 筋は通すし、恩は返す。だから今日一日ぐらいは、有栖の思い出作りに協力してやらねば。


「あ、あぅ……」


 そう思って視線を戻すと、何故か目の前には頬を赤くして俯いている有栖の姿。

 いきなりどうしたのだろうか? まさか、終わったからと今更ながらに疲労が押し寄せてきたのか?


「おい、だいじょ───」

「だ、大丈夫だし桜花くんのせいだしばかあほんだらだし!」


 ここ二日、ずっと有栖と一緒にいるが……沸点がいまいち理解できない。


「もうっ、行くよ! まずはあそこの射的から!」


 そう言って頬を赤く染めていた有栖は気持ちを切り替えると、すぐさま俺の腕を引いていった。

 歩けば歩くほど、周囲の視線は俺達の方へと注がれる。

 確かに、ヤクザの息子と人気女優の組み合わせはどこかおかしく見えるだろう。


(まぁ、注目を浴びるのは慣れているし、構わんが……)


 この調子だと、いつか雅や組の連中に見つかりそうで怖い。

 目立つようなはっぴを着た恥ずかしい連中と合流して学校を練り歩くのは流石に勘弁願いたい。

 雅には頭の中でご愁傷さまとだけ言っておこう。


 頭の中で手を合わせていると、有栖が見つけた射的の屋台まで辿り着く。

 夏祭りに出てきそうな屋台だが、どこの学年のクラスが運営しているのだろうか?

 棚にはしっかりと大小様々な景品が並んでおり、横に十人は並べそうなスペースも確保されている。

 これならある程度誰にでも人気はあるため客は来そうだし、回す人間も少なく済むので中々に頭のいい出店だと思う。

 何一つとして手伝っていない俺が言うのもなんだが。


「すみませーん! 射的やらしてくださーい!」

『い、幾多有栖さん!?』


 有栖が声をかけると、店番をしていた生徒が驚く。


『ヤ、ヤクザの息子……!?』


 ついでに、後ろにいる俺を見て一歩後ろへと下がった。慣れっこだが、随分と有栖とは違う反応だ。


「ふふん、桜花くん……ここは一つ、勝負でもしないかい?」


 怯えているのか感極まっているのかよく分からない生徒からコルクと銃を受け取った有栖が不敵な笑みを浮かべる。


「まぁ、構わんが……んで、勝負は当てた数とかか?」

「それでいいよ! あ、でも大きいやつを当てれば2ポイント!」


 大きい景品の方が落とし難いのは間違いないから、妥当な勝負方法だろう。

 同じポイントにしてしまえば、大景品を狙う必要もなくなるからな。


「負けた方は、罰ゲームだよ! 分かってるかい、ベイベー?」

「ノリが鬱陶しい。ただ、罰ゲームがあった方が盛り上がるのは確かだな」


 特段勝負ごとに興味はないが、どうせやるなら勝負した方がやる気も上がるし楽しくもある。

 俺は有栖から銃とコルクを受け取って、弾を詰め始めた。


「負けた方は?」

「なんでも一個お願い!」

「安直だな……」


 お願いを聞かせると言っても、そんなにすぐにお願いをしたいことなど思いつかない。

 あまり過度なお願いはできないだろうし、ここは何かを奢ってもらうとかで済ませるか。


(……いや、あとでサインでももらうか)


 実は追っかけていたからか、死ぬ前まで少しほしいと思っていたのだ。


「じゃあね、私が勝ったらねぇー」


 有栖はにっこりと笑みを浮かべる。

 そして———



……って、お願いしようかな」



 なんと、言い表せばいいのだろうか?

 そう口にした有栖の言葉は冗談のようにも、期待が滲んでいるようにも、寂さが混ざっているようにも、楽しみも含まれているようにも……とにかく、乱雑した感情が混ざっているような気がした。

 どうしてそんなことを言ったのか、俺には分からない。

 ある程度の予測は立てられたとしても、結局は人の心などその人にしか分からないのだから。


 しかし、一つだけ言えることがある。


「言われなくても」


 俺の目標はお前の横、それだけだ。

 それが揺るがない以上、お願いの意味はほぼないだろう。

 それでも笑みを浮かべる有栖を見て、俺も釣られるように笑ってしまった。



 ―――文化祭最終日。


「じゃあ、決まりだね! ちなみに、桜花くんはなんてお願いするの? えっちぃのは嫌だよ?」

「あ? ガキには興味ねぇよ」

「むっかー! 桜花くんだって同い歳なのに私だって将来は役満ボディになるのにー!」


 始まったようにも思えるが、もうすぐ終わる。

 しかし、多分この先。俺がこの日を忘れることは、きっとないだろう。

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