ロミオ
(※雅視点)
『……ヤクザの息子が演劇するって聞いてて馬鹿にしようかと思ってたけど』
『お、おいっ! 聞こえるって、後ろにいるんだぞ!?』
『だけどよぉ、あれって……素人じゃねぇ、よな?』
幕が上がってから数分。
演劇が始まったというのにも関わらず、体育館の中はざわめきが止まらない。
どうして? もしかして、あの幾多有栖が舞台に立つから?
……いいえ、まだ幾多さんは舞台に顔を出していない。
舞台に立っているのは、演劇部員らしき人と―――
【双方、武器を降ろせ! 決着はついた! 無用な殺傷はこれまでだ!】
見慣れた顔立ちをしている少年。
ウィッグは作る時間がなかったのか、見慣れたメッシュの入った髪が舞台で揺れている。
半信半疑、だったというのが本音だった。
だって、あの坊ちゃんが文化祭のイベントに参加するなんて。ましてや、皆の注目を浴びる演劇をするなんて。
けど、実際に舞台に立っていて。このざわめきを作っていて。
『坊ちゃん……凄いですよ!』
『あれ、おかしいな。涙がさっきから止まらねぇぜ』
『ちくしょう、立派になって俺はァ嬉しいです……!』
後ろではお父さんを含めた組の人達がさめざめと泣いていた。
普通、こんな場所でそんなに声を上げながら泣いていたら注目されそうなものだけれど、今はそんなことはなかった。
何せ、それと同じぐらい周囲がざわついていたから。
坊ちゃんの有名具合がよく分かる光景。確かにヤクザの息子が―――
(こんなに上手だったら、そりゃ驚くわよね)
もう一度、私は舞台に視線を戻す。
【おいっ! 俺は踊らないぞ! 皆みたいに陽気にはなれないんだ!】
いつもの坊ちゃんらしくない、気弱で気優しそうな声音。
表情は豊かで、しっかり強気な時は強気、普段は弱々しくも柔和で安心するようなもの。
立ち居振る舞いは皆の前では堂々と、友人といる時は明るく子供らしく。
まったく……まったく、坊ちゃんと違う。
見慣れて親しい私ですら、ふと気を抜けば坊ちゃんだということを忘れてしまいそうになる。
そう、まるで舞台に立っているのは―――
「へぇ……凄いですね、竜胆先輩」
横から声が聞こえてくる。
先程道案内してくれた女の子。名前は
どこかで聞いたことのある名前のような気がしたのだけれど、初対面で色々聞くのはマナー違反だと口を閉じた。
「役に成り切ってます。まるでロミオです」
そう、まるでロミオなの。
舞台に立つ坊ちゃんは、その役の通りロミオで。
少しばかりの違和感こそ残るものの、誰もがロミオだと認識してしまうもの。
演劇だと実感するのが少し遅れてしまう。
あまりにも自然で、客席に顔を向けているロミオがどこにでもいるような少年のようで。
傍にいれば、自然と一人の人間として接してしまいそうになる。
横にロミオの友人の役である人達が立っているからこそ、余計に際立つ。
あるものをなぞって口にしてしまえば、普段の喋りからほど遠くなり、人は自然と耳にした瞬間に違和感を残す。
ただでさえ、架空の人物を演じているのだからそう感じる……はず。
なのに、坊ちゃんの吐くセリフにはそれが一切感じられないの。
「山口さん、竜胆さんって何か芝居のお勉強とかしてたんですか?」
「……いいえ、そんなことはないわ。少なくとも、三日前まではそんな素振りも気配もなかったもの」
「ふぅーん……それであのクオリティですか。才能ありありのてんこもりですね、意外です」
坂月さんはどこか関心したような表情で頷いた。
意外だと、言った部分に少し苛ついてしまったけれど、文句も何も出てこない。
意外だと思ったのは私も同じだから。
坊ちゃんにまさかこんな才能があっただなんて。
(きっと、私だけじゃない)
周りにいる生徒も、ヤクザの息子がこんなに上手いなんて思わなかったでしょう。
だからこそこんなにざわついて、驚いている。
「空っぽ……」
「え?」
「空っぽの才能ですね、竜胆先輩は」
何を言っているのかしら?
私は思わず首を傾げてしまう。
そして———
「なるほど、幾多先輩が興味を持った理由が分かりましたよ」
♦♦♦
は、ははっ。
はははははははははははははははっ!
【なぁ、本当に行くのかい? キュピレット家の仮面舞踏会に?】
なんだこれ。くっそ楽しいぞ。
【行くんだよ、ロミオ。これはちょっトした冒険サ!】
【でも、モンタギュー家とキュピレット家は敵同士。それなのに参加したとなれば……】
【なぁーニ、心配はイらねぇーサ! どうセ仮面をつけるンだからバレやしネぇって!】
自分が自分でないような感覚。
ヤクザの息子としての俺じゃない。モンタギュー家のロミオとしてここに立っているような新鮮さ。
背中に張り付いていた気持ち悪さも退屈も何もない。
もう、俺は俺じゃなくていい。
俺なんか、このままいなくなってしまえばいい。
(俺は、モンタギュー家のロミオなんだから!)
スポットライトが上から降り注ぐ。
友人のマキューシオに誘われ、いよいよシャンデリアの照らす舞踏会場へと足を踏み込むのだ。
舞台には俺達二人しかいない。
けど、俺には見える―――いくつものテーブルを囲むように立つ、煌びやかに着飾った貴婦人達の姿が。
誰も俺達の存在に気がついていない。誰も、俺がロミオなんて気がついていない。
目に見える景色が、ガラリと一変する。
(不安だ……)
もしかしたら、モンタギュー家のロミオだとバレてしまうかもしれない。
楽しそうな皆やマキューシオとは違い、内心はいつバレないかと不安でいっぱいになる。
その証拠に、今の俺の鼓動は激しく脈打ち、会場にも伝播してしまいそうだ。
―――パッ、と。
ステージ上のスポットライトが消える。
そして、すぐさま袖の入口へと全ての光が集まった。
その姿は、まるで主役の登場でも言わんばかりの演出。
(……今から何が起こるんだろう?)
来いよ。
(もしかして、キュピレット家の人が?)
来いよ。
(ロミオだって気づかれないかな?)
来いよ、
俺はもう舞台にロミオとして立っているんだから。
その願いは台本通りに叶えられる。
ゆっくりと、投げられた赤いカーペットの上を踏みしめ、袖から一人の少女が顔を出す。
仮面越しからでも、滲む不安と緊張と憂鬱。
そして、やがてスポットライト全体が顔だけではなく全てを照ら―――
(……あ?)
……あ?
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