開演前

「クソ……あいつらなんでここにいんだよ」


 ステージの幕内。

 袖に控えていると、ざわめいた声が大きくなっていくとつい気になってつい顔を覗かせてしまう。

 そしたら、体育館を埋め尽くすほどの人間。その中に、何故かスーツの上からハッピを着ている見慣れた男共の姿が―――


「わぁお、あれって自前のハッピかな?」

「今だけ、あいつらをぶん殴りてぇ……ッ!」


 ただでさえ目立つというのに、あのような格好をすれば注目の的だ。

 その証拠に、体育館を埋め尽くす人の中でぽっかりあいつらがいる空間だけスペースが空いている。視線もいいように集まっており、聞こえてくる声の中のいくつかがヤクザがいることに対してだ。

 それでも楽しそうに今か今かと待っているような表情を浮かべているのだから、その図太いメンタルには脱帽ものである。


「あ、山口さんもいるね! 来てくれたんだー」

「来てくれたんだ、じゃねぇよ馬鹿じゃねぇの?」


 喜ぶ要素がねぇんだよ。

 だから一緒に顔を出すな、始まってもないのにこっちも目立つ。

 とりあえず、こいつを下がらせよう。


「えー、でもいつかは観てもらうことになるんだし、いいんじゃない? 恥ずかしがってちゃ、役者だろうが歌手だろうが芸人だろうがなんだろうが無理だぜ♪」


 有栖の首根っこを掴んで袖の中へ引っ込ませると、親指を立てて可愛らしい笑顔を浮かべる。


「それはそうだが……せめて、まともに練習した時でいいだろ。身内に恥を晒すなんて好きでやりたいわけじゃない」

「だったら、恥にしなけりゃいいじゃん」


 何を言っているんだ、と。有栖は首を傾げる。

 その心持ちは、恐らく今までの経験がある有栖だから容易に持てるものだろう。

 用意周到、準備万端。コンディションも全て整っている状態なら幾分か文句はないだろうが、過程が希薄で脆いものだと「見られたくない」という思いが生まれて当然。

 しかし、有栖の言うことは……ごもっともだ。


「……そうだな、悪かった。そもそも恥にしなきゃいいもんな」

「いぐざくとりー! 分かってきたね、桜花くん!」

「てめぇがそんな調子だからな。だが、らしくもなくくよくよしすぎた」


 この埋め尽くすような人を見て緊張しているからだろうか。

 考えると、一度に集まっただけでいつもこれぐらいの人間から注目を浴びていたような気がする。

 もちろん、有栖とはまったく別の理由で。ヤクザの息子としてだ。


 ……気にすることはない。

 有栖の横に行くには、今まで以上に注目を浴びなければいけないのだから。


「っていうわけだからさ、演劇部の人達もそんなに緊張せずに頑張っていこー!」


 有栖が振り返って拳を突き上げるその先、袖の奥で固まって緊張している演劇部員の人達の姿があった。

 その背中は、今から断頭台にでも立つのかと言わんばかりのもの。

 中には、俺の衣装を合わせてくれた先輩の姿もあった。


『や、やっぱり幾多さんネームは強かった……!』

『今まで、演劇部のステージでこんなに人が集まったことなんてなかったのに!』

『っていうか、もしかしたら芸能関係者とか記者とかいるんじゃ―――』

「あ、来てるよ」

『来てるの!?』


 流石は幾多有栖。

 ただの文化祭で記者と芸能関係者を引き連れてくるとは。


「でも、桜花くんにとってはチャンスだね」

「チャンス?」

「そうそう、もし事務所の人とか来てたらさ、スカウトされちゃうかもでしょ?」


 スカウト、か。

 そういう先の話は考えたことはあったが、意識したことはなかったな。

 何せ―――


「今は目の前のことだろうが」

「にししっ、そうだね。最高の舞台にすれば結果は勝手についてくるもの! 気にせずがんばろー!」


 おー、と。有栖はもう一度演劇部の連中に向かって拳を突き上げる。

 連中もおずおずとつられて拳を突き上げてはいるが、有栖の元気とは大違いだ。


「なぁ、有栖」

「ふぇっ、どうしたの?」


 声をかけたことで、有栖が小さく振り返る。

 学生服ではない、白を基調としたワンピースに似たドレス。ウィッグはつけられていないが、薄く化粧をして着飾った姿にただ目を惹き付けられてしまう。

 だからこそ、髪を揺らして小首を傾げる有栖に俺は口にした。


「似合ってるぞ」

「ッ!?」

「お前は何を着ても、よく似合う」


 実際、今まで画面に映っていた有栖はどんな役でも何を着ていても似合っていた。

 それに見合う容姿と実力があるからだろう。

 ジュリエットとして目の前にいる彼女は、今までと同じで……いや、今まで以上によく似合っていると思った。

 あの日、死に際に見た電掲示板に映っていた時よりも、ずっと。


「あ、あぅ……」


 素直に口にしただけなのだが、有栖は顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていた。


「なんだ、照れてんのか?」

「う、うっさい! 馬鹿桜花! ヤクザの息子! あほんだら!」


 やはり照れているのか、有栖が俺の胸を殴り始める。

 言われ慣れているだろうに、何故今更照れているのだろうか?


(こんな姿、昔は見られなかったな)


 ふと、可愛らしく胸を殴る有栖を見て思う。


 あの時も、有栖の提示してくれた選択肢を選んでいたら同じような姿を見られただろうか?

 今のこの幕が上がる緊張と不安が広がる空間に、足を踏み入れられただろうか?


(……いや、できただろうな)


 きっと、恐らく。

 俺があの時、手に取ってさえいれば―――

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