文化祭当日

(※雅視点)


 坊ちゃんのいる学校の文化祭は木曜日、金曜日、と続いて土曜日まで行われるらしい。

 私のいる学校では一日しかなく、この学校は珍しくイベントごとに力を入れる場所で少し羨ましく思った。

 けど、それを知ったのは一昨日に幾多さんから聞いて調べてから。

 坊ちゃんは基本的に自分のことを多く語らないから、本当に困っちゃう。少しは学校のこととか教えてくれればいいのに。

 まぁ、坊ちゃんのことだから学校行事なんてイベントにはまったく関心がなかったのでしょうけれど。

 そもそも、坊ちゃんはあまり学校で馴染もうともしないし、家のせいで中々輪に入れないから諦めていたのでしょうね。


 でも、そんな坊ちゃんが―――


「……演劇、かぁ」


 混雑した空間、多い人だかり、騒がしい喧騒。

 土曜日だからか、坊ちゃんの学校は全校生徒だけではない人の多さが視界を支配していた。

 中に入ったものの、歩くのに少し苦労する。肩が当たらないか、邪魔にならないかが少し心配。

 気持ち的に大きいスクランブル交差点を歩いているような気分になってしまった。


「まさか、坊ちゃんが学校行事に参加するなんてね」


 今日は文化祭の最終日。

 そういうことで、私は坊ちゃんの出る舞台を観にここまで足を運んできた。

 もちろん、坊ちゃんのことということもあって後ろには見慣れたスーツ姿のヤクザ共が。


「おい、てめぇら! カメラは持ってきたか!」

『ばっちり、です!』

『どの角度からでも撮れるよう、複数台用意してます!』

『垂れ幕も持って来やした!』

「よっしゃ! 坊ちゃんの雄姿を観に行くぞ!」

『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』』』


 坊ちゃんが初めてこういう行事に参加するからか、お父さんを含めた組の人達が騒いでいる。

 おかげで、こんなに人が多いのに周囲の人の視線が私達に集まっていた。


『ね、ねぇ……タトゥーとか入ってるけど、もしかしてヤクザの人?』

『なんで、ここにヤクザがいるんだよ……?』

『でも、あそこにいる子可愛くない? 声かけても殺されないかな?』


 しかも、間違いなく噂の中心になっている。

 坊ちゃんが嫌がるのも、今なら嫌なら分かってしまうわ。


「……ねぇ、お父さん。恥ずかしいからやめてくれない?」

「お、おう! そうだよな、坊ちゃんの雄姿を観る前に騒ぎになっちゃ困るもんな!」

「いえ、人として恥ずかしいからやめろって言ってるんだけど」


 どういう教育環境で育てば、こんなに奔放で阿呆になれるのかしら?

 だから竜胆さんだけ来てくれればよかったのに、と。

 外せない用事があるからって断られちゃったけど、代わりに来た人選がこれなのだから少し愚痴りたくなる。


「しっかし、あの坊ちゃんが演劇をするなんてなぁ」


 そんな私の内心をよそに、お父さんが横に並んで歩き始める。


「そうね、私も聞いた時に驚いちゃった」


 それと同時に、何かが変わったことにも驚いた。

 大人びたというか、芯ができたというか……かっこよくなったのは間違いないんだけど、唐突に変化したものだから正直戸惑いが強い。

 お父さんから話は聞いたんだけど、どうやら組の人達に向かって坊ちゃんが怒ったらしい。

 その姿は、どこか貫禄さえあって……組長である竜胆さんのようだって。

 お父さんは「やっぱり組長の息子だ!」なんて言って若頭の成長に喜んでいたけど、私は少し不安。

 何かが変わったということは、今までとは違うということだから───


(まぁ、何かあったら私が支えてあげればいいだけよね)


 坊ちゃんがどんな選択をして、どの道に進んでも私は坊ちゃんを応援する。

 幼馴染っていうのもあるけど、一人の女の子として組関係なく支えてあげたいと思っているから。

 とはいえ、これが恋なのか敬愛なのかはまだ自分の中でわかってはいないけどね。


「っていうか、雅。体育館ってどっちだ? そろそろ始まるんだろ?」

「そうね、時間的にはそろそろだし……早く着かないと」


 坊ちゃんの出演する演劇は十一時から。

 今は十時半で、そろそろ向かってちゃんとした場所を確保しておきたいところ。

 けど、この人混みと意外と大きい校内のせいで体育館がどこにあるのか分からなかった。


「まぁ、適当にそこら辺の人に聞いてみましょ」


 私はそう言って、近くを通り過ぎようとした女子生徒達に近づいて声をかけた。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

『ひっ! ヤ、ヤクザ!?」

『ごめんなさいごめんなさい! 失礼します!」


 だけど、すぐさま頭を下げて走り去っていってしまった。

 何も聞けないまま、何故か声をかけただけなのに私が取り残されたような気分になる。

 だから───


「チッ……腹立つわね。あばらぶち折って鰐骨折れるまで殴り倒してやろうかしら」

「我が娘ながらなかなかに猟奇的な発言だ」


 人の話しぐらい逃げずに聞きなさいよ、別に脅しているわけじゃないんだから。

 無性に腹が立つ……でも、ここで怒って時間を潰して坊ちゃんの演劇が観られないのだけはごめんだわ。


「すぅー、はぁー……よし、あの顔は覚えたからあとでシメましょ」

「……今度母さんと娘の教育について話し合おう、そうしよう」


 後ろでお父さんが何か言っているような気がしたのだけれど……気のせいでしょう。

 私は心を落ち着かせると、次に通り過ぎようとした女子生徒に声をかけた。


「あの」

「はい、なんでしょう……って、ヤクザじゃないですか!?」


 後ろにいるお父さん達を見て女の子が驚く。

 お父さん達、帰らせた方がいいかしら? 邪魔だし、恥ずかしいし。

 さっきの子達も、多分私じゃなくてお父さん達が原因よね? なんでかしら、お父さんに腹が立ってきた。


(っていうか、この子……めちゃくちゃ可愛いわね)


 くりりとした瞳に、すっきりとした可愛らしい小顔。

 体も小動物のように小さく、愛らしい端麗な顔立ちに思わず惹き付けられる。

 幾多さんも可愛かったけど、この子も同じぐらい容姿が整っていた。

 我ながら、よくも偶然こんな可愛い人に出会えたものだ。


「安心して、ヤクザだけど怖い人達じゃないから」

「見た目がもう怖いんですけど!? 首とか頭にタトゥーとか入ってますし!」

「私も入ってるわよ?」

「なんで入ってるんですか!?」


 といっても肩だけだし。

 普段制服を着ていたらバレないし、かっこいいじゃない。


「はぁ……こんな別嬪さんでも悪の道に堕ちるなんて、思ってたよりジャパンっていう国は生き難い場所のようです」

「あなたもジャパンの国民でしょうに」


 なんでしょうね……この子、なんか面白い───って、そうじゃないわ。


「ねぇ、体育館ってどこに行けばいいか分かる? 私達、このあとある演劇を観たいんだけど」

「へ? あぁ、そういうことですか。確かに今日はヤクザのむす……り、竜胆先輩が演劇に出ますもんね!」


 説明すると、この子は納得した反応を見せた。


 まともに話が通じたようで安心したわ。

 だから途中で言い直したことには目を瞑ってあげましょう。よかったわね。


「なら、一緒に行きますか? 私も幾多先輩を観に行くつもりでしたし」

「あら、いいの?」

「まぁ、後ろにいる人達は怖いですけど、ここで無視して放置するのも変な話ですもんね」


 いい環境で育ったのね、この子は。

 思わず頭を撫でたくなってしまうような優しい言葉を受けて、思わず口元が緩んでしまう。


「なら、お願いしてもいいかしら?」

「はいです!」


 先を歩き始める少女の横をついて歩く。

 行き先がようやく分かったからか、お父さん達も一緒に私の後ろを追い始めた。


「そういえば、やっぱり幾多さんって人気なのね。あなたも演劇を観に行くみたいだし」

「そりゃそうですよ。人気女優の芝居ってだけで興味を持ちますし、そもそも幾多先輩は舞台女優じゃないんで滅多に舞台に立たないんですもん。知ってる人は注目して当然です。その証拠に、今日はこっそり記者とか芸能関係者も来ているみたいですよ」

「へぇー、そうなの」


 そう軽い返事を口にした瞬間、ふと違和感が私の中に生まれる。


(あれ? どうしてこの子は?)


 少なくとも、私は関係者がいるなんて歩いていても気がつかなかったし、見つからなかったんだけど―――


(まぁ、たまたま見つけられなかったってだけで分かりやすい恰好でもしているのかもしれないわね)


 私は頭に浮かんだ疑問を振り払い、往来の中をこの子について行くような形で進んでいった。

 何せ、そんなことよりも大事なのは坊ちゃんの活躍を観ることなのだから。




「あの、あとでそのタトゥー見せてくれないですか? ちょっと興味あります」

「いいけど……ここで見せたら驚かれちゃうから、人気のない場所でね」

「待ってください、どれだけ大きいんですかそのタトゥー」

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