組の娘

 山口雅やまぐち みやび

 うちの組の人間の娘で、俺の一つ上。よく組に遊びに来ていたことから、幼馴染と言って差支えがない相手だ。

 美しくも整った顔立ちに少し鋭くも透き通った双眸。スラッとした肢体に大人びた雰囲気を持つ少女。

 年齢は近いが、別の学校に通っており家でしか顔を合わせることがない。


(懐かしいな……)


 組の人間を見ても何も思わなかったのに、雅を見ると懐かしく思える。

 何故だろう。俺が死んだその日にも一緒に顔を合わせていたはずなのに。

 あの時よりも若々しい姿だからだろうか?


「って、坊ちゃん……その子は?」


 声をかけることもなく勝手に入ってきた雅はそのまま畳の上に腰を下ろす。

 そして、有栖と俺を交互に見て首を傾げた。


「もしかして、坊ちゃんの女?」

「なわけねぇだろ」

「その恰好で言われても説得力ないわよ」


 言われてみれば確かに。


「お、お邪魔してます……?」

「別に、私の家じゃないから畏まらなくてもいいわよ。ねぇ、坊ちゃん?」

「そうだな、お前は少しぐらい畏まってくれた方がいいと思うが」


 今時ノックもせずに部屋に入ってくるのはお前ぐらいだ。

 結局大人になっても遠慮のなさは変わらなかったな、そういえば。今更ガキに戻ってまでとやかく言うつもりはないが。


「ねぇ、桜花くん。このすっごく綺麗な人は?」


 有栖はそのまま俺に向かって尋ねた。

 人が現れたのにもかかわらず股の間から退かないメンタルは流石としか言いようがない。


「俺の幼なじみ、か? ほら、さっきスキンヘッドの男がいただろ? あいつの娘」

「山口雅よ。よろしくね」

「よろしくお願いします! 幾多有栖です!」


 有栖が勢いよく頭を下げると、一瞬だけ雅が呆けたような顔を見せた。

 しかし、何かすぐさま納得したような表情を浮かべる。


「なるほど、だからさっき組の人達が騒いでたのね」

「有栖、やっぱりお前って常日頃から変装とかした方がいいぞ」

「マスクとか嫌い。パーカーまでなら許容する」


 マスク嫌いなのか。

 近い将来、マスクだらけの日本になるんだが、その時はどうするのだろうか?


「んで、なんの用だよ雅?」

「別に用があったら来ちゃいけないわけ? いつも学校が終わったら遊びに来てるじゃない」

「受験勉強とかは―――」

「就職先は生憎と組って決まってるの」


 美人なのにもったいない。

 大学とか普通に就職でもすれば生きやすい生活を送れただろうに。

 まぁ、組の長になった時も雅の存在はかなり助かってはいたから俺……いや、組としては嬉しいんだが。


「お父さんもお母さんも喜んでいるし、竜胆さんも許可もらってるんだから別にいいじゃない……って」


 そう言いかけた時、ふと雅が有栖の持っていたタブレットに気がついた。

 そして、流れる映像を見てもう一度首を傾げる。


「へぇー……坊ちゃんにしては珍しいものを観てるじゃない。新しい趣味でも見つけたのかしら?」


 確かに、この時の俺にしては舞台を観るなんて珍しいものだ。

 大人になった時は有栖の出ていたものを観ていたが、高校時代は無関心もいいところ。

 それなのにタブレットに流れていたら確かに疑問に思ってしまうだろう。


「今度、文化祭で私達が演劇をするんです!」

「演劇を? 幾多さんなら分かるけど、坊ちゃんも?」

「あ、あぁ……」


 俺が答えると、雅は驚くというよりかは訝しむといったような瞳を向けてきた。


「ふぅーん……そっか」


 だが、訝しむ瞳もすぐさまやわらいだ。

 嬉しいような、どこか安堵したような、優しくも温かい瞳。


「なら、今度観に行かないとね」

「やめろ、来んな」

「文化祭の最終日にやりますよ!」

「そう、お父さん達にもしっかり伝えておくわね」

「おいマジでやめろ頼むからマジで来んな」


 どうしてこの歳で授業参観みたいなことをされなきゃいけないんだ。

 確かにこうしてちゃんと何かをするのは初めてだが、流石に一度大人になってなくても恥ずかしいがすぎる。

 しかも、大して練習もしてないから恥ずかしい思いをするかもしれないのに。


「ふふっ、なら私が邪魔するわけにはいかないわね」


 そう言って雅は腰を上げる。


「いや、マジで来るなよ、お前!? 来たらぶっころ―――」

「けど、ちょっと安心したわ」


 念を押そうとした俺に、雅は笑みを浮かべる。

 そして、何故か俺の頭を軽く優しく撫で始めた。


「坊ちゃん、

「……ッ」

「頑張りなさいよ、応援してるから」


 俺が何かを言う前に、雅は有栖に向かって「じゃあね」と口にすると、そのまま襖を開けて出て行ってしまった。

 本当に顔を出してきただけ。様子を見に来ただけ。

 ただただ場を引っ掻き回しただけなような気がするのだが、詰まった喉から文句が出てこなかった。

 それは、優しく撫でられた体温が久しぶりに感じたからか。それとも、応援されたからか。


「皆、いい人だね」


 俺が少し自分の感じたものに戸惑っていると、有栖が俺の胸の中でそう呟いた。


「ヤクザって生で見たことがなかったから分かんなかったけど、想像よりも温かい場所」

「まぁ、悪いやつらじゃないが……」

「おや? 照れちゃってるの?」

「はぁ!?」

「ふふっ、桜花くんかっわいー!」


 からかうような笑みを浮かべながら、有栖が俺の頬を突いてくる。


(……こいつ、水を得た魚みたいな反応しやがって)


 そもそも、男に対しての距離感がおかしいだろ? 誰にもこんなことをやっているのだろうか?

 人気の芸能人が故に、そういった部分は普通に心配になってくる。


「でもさ、桜花くんが役者を目指すんだったらいつかは話さなきゃいけないことだったと思うよ?」


 言われてみればそうだ。

 今は文化祭という一つのイベントで終わっているが、有栖と同じ場所に立つのであればいずれは露見するもの。

 今の俺は高校生に戻ったせいで未成年。何をやるにしても、親権者の同意が必要になる。

 それに———


(組は継がねぇって言わねぇとな)


 いつかは、必ず。

 しかし、今すぐには必要のないことだろう。

 高校の時に戻って、こうして有栖のいる場所を目指すと決めてはいるが、整理したいことは正直たくさんある。


 だから今は―――


「……続き観るか」

「はいはい、観よっか!」


 目先のことに集中しよう。

 文化祭が終わってでも、恐らく遅くはないと思うから。

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