ヤクザの家

『『『『『お帰りなさいっす、坊ちゃん!!!!!』』』』』


 家に戻ると、そんな野太い声が響き渡る。

 門を潜ると、和風な家まで続く石畳にはズラリとスーツを着たガラの悪い男達が並び、一斉に頭を下げていた。


「おい、毎度言うが……やめろや、普通に近所迷惑だろ」


 俺は大きくため息を吐く。

 子供の頃から何があっても家に帰るといつもこうだ。どうして帰ってくる時間に待ち構えているのかは知らないが、総出で組の人間が出迎えてくる。

 ただ学校から帰ってきただけで出迎えられては恥ずかしい。というより、いつご近所から苦情が入るか心配してしまう。


(結局、組を継いでもこの出迎えは変わらんかったがな)


 しきたりではないのに、こうして出迎えてくるこいつらの気がしれん。だからこっそりと家を抜けて有栖の雑誌を買いに行く羽目になったんだ。出迎えられるから。


「ほぇー……凄い、ヤクザなのにちゃんと表札がある」


 俺が連中の出迎えに辟易としている中、有栖は後ろで何故か『竜胆組』と書かれてある表札を物珍しそうに眺めていた。


「珍しいもんじゃねぇだろ、表札ぐらい。どっかの企業だって形は違えど表札は立てる」

「だけど、ヤクザだよ? 警察さんに気付かれないようこっそり活動するものじゃないの?」

「うちはやましいことなんてしちゃねぇよ。グレーを攻める水商売ぐらいだ」


 まぁ、それだけじゃないんだが……今のこいつに言っても仕方ないだろう。

 逆に堂々と構えておくからこそ、サツからは目をつけられないのだ。


「お帰りなさいっす、坊ちゃん……って、そちらの嬢ちゃんは?」


 一人の男が他を代表して俺に近づいてくる。

 この組で今の組長である親父の次に組を纏める山口という男。

 サングラスにスキンヘッド、首筋にタトゥーが入っているところさえなければ、娘を持つどこにでもいる一人の父親だ。


「あぁ、こいつは───」

「もしかして、幾田有栖じゃないっすか!?」


 俺が答える前に、山口が食い気味に反応する。

 すると、その声に反応した組の人間が列を崩して一斉に押しかけてきた。


『嘘!? 幾田有栖だと!?』

『坊ちゃんの連れてきた女が、まさかあの人気若手女優!?』

『マジか!? ついに坊ちゃんが芸能人を落とした!』


 流石は有栖だ。

 ヤクザにまでここまでの人気を博しているなんて脱帽ものである。


「てめぇら、少しは落ち着けって……」

「くぅー! あの人付き合いが苦手で一生友人すら拝めないと思っていたあの坊ちゃんにも、ついに春が……」

「お前、結構失礼なこと口走ってるって分かってんのか?」


 こっちを見ろ、額に青筋が浮かんでいるから。


「お、お邪魔します……?」

『おぉ! 生幾田有栖だ!』

『なぁ、もしよかったらサインとかもらえねぇか! 娘がファンなんだ!』

『なっ! てめっ、おい! ズルいぞ!?』


 俺と山口をスルーして、連中が有栖に詰め寄る。

 その光景はさながら、お忍び外出がバレたアイドルかのよう。


「あ、あのっ……えーっと……!」


 だからからか、有栖はその中心で戸惑っていた。

 いや、正確に言うと困っている。きっと、俺の知り合いだから邪険にできないとか、遊びに来ている身だから何かしなきゃとか考えているのだろう。

 そんな戸惑う有栖を見て、俺は連中に向かって───



「うるせぇッッッ!!!」



 声を思い切り張り上げた。

 この一言で、騒いでいた組の連中の動きが止まる。


「恥ずかしい真似してんじゃねぇよ、てめぇら。うちの組は玩具を前にして目を輝かせるガキか? あァ?」

『『『『『………………』』』』』

「こいつは俺の客人だ。出会い頭に粗相してんじゃねぇぞ……お前ら、指でも詰めるか?」


 フツフツと湧き上がった怒りが表に出たからか、久しぶりに低い声音が口から溢れる。

 こいつらは、皆揃っていいやつだ。慕ってくれているのも、出迎えてくれる姿や大人になった時までの時間で理解している。

 だからこそ、みっともない真似は腹が立つ。

 分別を弁えないのはそこいらのガキと変わらない。客人はもてなす相手であって困らせていいような相手じゃないんだ。


 俺は連中全員の顔にひとしきり視線を向ける。

 一様に、連中は呆けたような情けない顔を浮かべていた。

 だが───


『『『『『すみませんでしたッッッ!!!』』』』』


 一斉に俺に向かって頭を下げ始めた。


「てめぇらの下げる頭は俺に向けるもんなのか?」

『『『『『お嬢様、すみませんでしたッッッ!!!』』』』』

「い、いえっ……私は大丈夫ですから……」


 有栖が頭を下げられ、困ったような顔を浮かべる。

 俺はそんな有栖の前まで歩き、細く華奢な腕を手に取った。


「ぼ、坊ちゃん……? どうしたんですかい? いつもと少しちが―――」

「山口、あとでこいつらに言い聞かせとけ」

「う、うっす!」

「それと、有栖に茶菓子を用意してほしい。詫びもかねてな」

「かしこまりました、坊ちゃん!」


 その言葉を聞いて、俺は有栖の腕を引きながら家へと向かう。

 後ろでうちの連中の声が聞こえたような気がしたが、振り向かず足を進める。


「悪いな、有栖。うちの連中が迷惑をかけて」

「ううん、別に全然……でも、驚いちゃったなぁ」


 首を振った有栖は俺の顔を覗き込んでくる。

 まぁ、連中の反応も俺の声も驚くものだろう。突然あんなことになれば誰だってそうなる。


「イメージと違って、なんか皆いい人そうだし……桜花くん、ちょっとかっこよかったし」

「は?」

「ボス! って感じでかっこよかった!」


 そういえば、この頃の俺はあんな声を出したことはなかった。

 それどころか、ヤクザの息子という自分ステータスが嫌いで、特段あいつらが何をやっても気にせず見ていたような気がする。

 ……それもこれも、一度組の長に腰を下ろしたからだろう。

 だが───


「……お前ぐらいだよ、そんなことを言うのは」

「それって褒めてる?」


 あぁ、もちろん。

 俺にとってはこれ以上ないぐらい褒めているよ。


(怖がんねぇのは、結局お前だけだった)


 何せ、この言葉は何も持っていない俺ですら俺として見てくれている証拠だから。

 それは、俺も他の誰も持っていない何かを持っているという証左だから。


「……早く、お前のところまで立ちたいな」

「ふぇっ? まだまだ私には届かないよ?」

「分かってるよ、こんちくしょうめ」

「わわっ! いきなり頭撫でないで髪崩れちゃう!」


 嫌がる有栖に構わず、俺は頭を乱雑に撫で回し続けた。


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