役者を目指す不良
(※有栖視点)
私だって「いやいやおかしいでしょ」とは思ったよ?
まぁ、思い出は確かに作りたかったし、私の得意分野で皆と楽しい時間が共有できるならそれでいいかなーって聞く前に首を振っちゃったけども。
でも、まさか「幾田さんを差し置いて主役なんて恐れ多いです!」って私が演劇部の子と主演を変わっちゃって。
まさか私が変わったことによってロミオも変えなくちゃいけなくなって。
返事をしたあとにこんな無茶無理な話になるなんて……普通思わないじゃん?
事の発端は今日の文化祭が始まろうとする前。
文化祭のためにスケジュールを調整して、ウキウキ気分で登校した私は教室に行ったの。
そしたら「もう準備終わってるんだ」ってクラスメイトに言われて落ち込んだ。
確かに、文化祭の当日に準備できてないなんておかしいし、内容が手製の迷路だから受付だけで人数も最小限。そりゃ、やることなんてないんだけども。
それで、今度は文化祭を回ろうとしたら……クラスの皆だけじゃなくて色んな人に捕まっちゃた。
嬉しいけど、私の体は一個しかないんだ。
流石に大勢を相手にできなくて、申し訳なくて逃げてきて―――その時に、演劇部の人に声をかけられた。
なんでも、人が少なくて実際に当日になって無理だって諦めたらしい。
私にとっては晴天の霹靂だったよ。
これで学生らしく文化祭ができるってね! 一年生の時はCMの撮影で来れなかったし!
でもさ―――
「えっ、私がジュリエットやるの……?」
「お願いしますっ! せっかく幾多さんに出ていただけるなら、やっぱり主役じゃないと……!」
……分かります?
主役が嫌ってわけじゃないけど、いきなり主演だよ? しかも、台本も今日渡されて。
流石に撮影押してる現場でもこんなパッツパツのスケジュールで組んだりしないのだうがー!
でも、ね。まだあるの、分かるでしょ?
「ロミオ、やりたくないって……なんじゃいそりゃ」
まさかのロミオ、ボイコット。
もう、演劇しない方がいいんじゃないかなぁ。
私はまだ役者一筋の人生を送ってきたから何とかなるかもしれないけど、これから代役を見つけられたとしてもすぐに覚えてもらえないって。
遠巻きにカンペでも用意するの? どこに? いやいや、無理じゃん。
そう説明したのに、演劇部の人は頑なに首を振った。その代わり誰かを見つけてくるって。
まぁ、見つからなかったら最終的にはロミオをやるんだろうけど―――
(あぁやって引け目がある人と演劇やっても楽しくないよね……)
それに、せっかくの文化祭に参加できるんだったら後悔が残るようなことはしたくない。
一生の思い出になるんだ。ただでさえ学園生活の思い出がないのに、こんな形で残るなんて私は嫌。
だから、今日一日ダメ元で探してみよう。
皆、文化祭の運営やら準備やら手伝いがあるから無理だと思うけど。
いや、お願いしたら案外受けてくれるかも。だって一日中当番で忙しいっていう人とかいないだろうし。
でも、そんな時……私は一人の男の子のことを思い出した。
多分、噂でよく聞くあの子なら文化祭に参加していなさそうだ。
学校一の不良で、ヤクザの息子。
除け者ってあんまり好きじゃないんだけど、あの子が皆に交ざって文化祭をやっているとは思えなかった。
だから、必死に探して、見つけて、断られるだろうなと思いながらもお願いしてみたら―――
「あぁ、いいぞ」
正直、驚いちゃった。まさかの即答。
少し長めの髪にはメッシュが入っていて、ピアスの穴まで開けていて、見るからに不良。
暴力沙汰になったことがあるっていうのは私の耳に届くほど何回もあるらしいし、普段からそんなに真面目な子じゃないっているのも知っている。
お願いした私が言うのもなんだけど、絶対にやらないだろうなって思ってたんだ。
それに、役者も目指しているって。
冗談かな? そう思ったけど、嘘を言っているような目はしていなかった。
本気で役者になりたいって、聞いているだけでも伝わってきた。
でも、ヤクザの息子が役者を目指していて、どこかに通っているなんて話は聞いたことがない。そんな話があれば少なくとも噂にはなるだろうしね。
まぁ、私が持っているものが手に入るっていうのはよく分かんなかったけど。
―――それから少し、屋上に行くまで言葉を交わした。
(……悪い人じゃないじゃん)
確かに不愛想で声が低くて目つきが怖いなって思う。
でも、どこか温かさも感じる。話していてちょっと楽しいって気分が上がる。
皆は知ってるのかな? さり気なく歩いてると私の歩幅に合わせてくれたこと。人がよく通る真ん中側には立たせないよう気も使ってくれたこと。
ヤクザの息子だからって馬鹿みたい。
竜胆桜花は竜胆桜花でしょ。ちょっと皆のことが嫌いになっちゃいました、ぷんすか。
そして、その人は今———
【ジュリエット……】
目の前で台本を手に持って本読みを始めた。
その姿は、文字通り……迫真に迫る。
ただ一言。それなのに一瞬で雰囲気が一変したんだ。
(……これは)
抑揚が違う、声量も違う、瞳に浮かぶ色も違う、表情は今までの不愛想が見る影もない。
誰か、この姿を一度見てほしい。
どう思う? 縋るような瞳と嬉しさを堪える姿は、見つかってはいけない状況で最愛の人と出会ったような感じがしない?
誰か、この声を聞いてほしい。
まるで、物陰から聞こえてくるけどどこにいるか分からない……そんな感じがしない?
この台本上で初めてロミオがロミオとして、仮面を外してジュリエットに会いに来るシーン。
書き換えられたストーリーでは、正真正銘初めての邂逅、クライマックス。
(って、一瞬で分かる)
これがどれだけ恐ろしいことか分かる?
ただの素人が、今さっき台本を受け取った人間が、たったの一言で理解させたんだよ?
もちろん、私は台本の中身を知っているからっていう理由もあるんだけど。
ただ、一番の理由は―――
(まるでロミオだ……)
芝居の技術がどうこうって話じゃないんだよ、これは。
逆に、演技という面では拙さすらも見える。本読み段階だから分かんないかもだけどね。
感じたイメージとすれば光る原石? いや、素材のいい人形、かな?
(なんだ、初めはちょっと心配だったけど……凄い才能、持ってるじゃん)
演じる役に入り込む力。演じた役に説得力を持たせる力。
イメージ上のキャラクターになることすら体が無条件に受け入れる。
もし、これが私だけじゃなくて監督や脚本家、他の役者さんとのイメージがしっかりと共有できたら?
もし、これが観客のイメージと合致できたら?
(ははっ……こんな人、いたんだ)
───私は読み合わせなのに、驚いて言葉が出なかった。
それと同時に、見た目からは想像できないビックリ箱に胸が踊ってしまっていた。
もしかしたら、って。
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